茨木童子物語 羅生門の月
@haru21300
第一章 幼少・放浪編
第1話 橋のたもとの金ぴか
昔々、都を今の京都に移し平安と呼ばれていた頃、
とある夜、摂津の国・茨木の里を包んでいたのは、ねっとりと肌にまとわりつくような重い霧であった。
里の外れにある貧しい農家では、一人の女が産気づき、必死に苦しみと戦っていた。
「……ひ、ひぃっ!」
産婆の短い悲鳴が、赤子の産声よりも先に静寂を切り裂いた。
囲炉裏の傍らで祈るように手を合わせていた父親の五郎左は、
その声に弾かれたように寝所へ駆け込んだ。
そこで見たものは、産婆が腰を抜かし、真っ青な顔で後ずさりする姿だった。
産床の中で、母親は力尽きて深い眠りに落ちている。その傍らで横たわる赤子の頭には、闇夜を拒絶するかのような、鮮烈な黄金の髪が揺らめいていた。
さらに、赤子が小さく口を開くと、そこには成人にも劣らぬ鋭い牙が白く不気味に並んでいた。
「……鬼や。鬼の子が生まれたんや!」
産婆は這いずるようにして家を飛び出した。
残された五郎左は、恐怖に突き動かされるまま赤子を粗末な布に包んだ。
異形は災いそのものだ。この子が里にいれば、一家どころか里全体が呪われる。
「恨むなよ。お前がここにおったら、皆めちゃくちゃになってまう……」
五郎左は震える足で夜の霧の中を走り、村外れの川に架かる橋へと向かった。そこは、現世と常世の境目と言い伝えられる場所。五郎左は橋のたもとの湿った草むらに赤子を置き去りにし、一度も振り返ることなく駆け去った。
雨が降り始めた。 黄金の髪を濡らした赤子は、自分を捨てた親の背中を目で追うこともなく、泣きもせずただ黒く渦巻く空を見上げていた。
一時経った頃だろうか、 雨の中ボロい笠を被り、
質素な服を纏った一人の老人が一頭の馬を引いて現れた。
「……なんや、この雨。えらい景気ようなってきたなぁ」
鎌じいと自称するその老人は、ぬかるんだ道に愚痴をこぼしながら、ふと足を止めた。
橋のたもとから、尋常ならざる「気」が立ち上っているのを感じたのだ。
「……なんや? 犬か、それとも河童か」
鎌じいが草むらをかき分けると、そこには、雨に打たれながらも金色に輝く髪を持った赤子がいた。赤子は鎌じいを見ると、琥珀色の瞳を爛々と輝かせ、小さな手で鎌じいの指をガシッと掴んだ。
「痛っ! 痛い痛い痛い! 離せ、このクソガキ! 指、折れるわ!」
生まれたてとは思えぬ力に、鎌じいは顔をしかめた。だが、その瞳には恐怖の色はない。むしろ、この異形を面白がるような光が宿っていた。
「……あーあ。さては、その見た目のせいで捨てられたんやな。茨木の連中は信心深いからなぁ。こういう『普通やないもん』はすぐ鬼や言うて放り出しよる」
鎌じいは、雨に濡れた黄金の髪を撫でた。
「しゃあないなぁ。わしも一人で退屈しとったとこや。
おい、金ぴか。わしの家、来るか? 飯ぐらいは食わしたるわ」
鎌じいは赤子を抱き上げると、自分の古びた上着の懐に突っ込んだ。
「名前……そうやな。茨木の橋の下におったんやから、『ラキ』でええわ。
安直やけど、呼びやすいのが一番やろ?」
赤子は懐の温もりに安らいだのか、「きゅう」と小さく声を上げた。
「へへっ、現金なやっちゃな。よし、帰るぞ。ラキ」
こうして、鎌じいと世に呪われた黄金の鬼の子による奇妙な二人の生活が
幕を開けたのである。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます