楽観的望郷論

猫煮

あるいはただのバカSF

 過疎化という言葉が 2010年代と異なった意義を持つようになったのは、ここ十年ほどのことである。とはいえ、その起源を追えば、始まりはいささか時代を遡った頃のことだ。記録にある限り、この種の事件が初めて起きたのは、統計を取り始めて以来、日本人口が八千万人を二年ぶり四回目に下回った夏のことである。


 最初の記録者は、本前田豪三郎という自動車特殊運転技師だった。職業から分かる通り、本前田豪三郎は二等コミューン以上の共同体には属すことができない低級労働者、いわゆる「レッドカラー」であったが、これは彼の出身地も無関係ではない。


 豪三郎の出身地は当時の本邦でも居住人口密度の低かったN県S市であった。この地域的ハンディがあるにも関わらず職能持ちになれただけ豪三郎は優秀な男だったかもしれないが、結局はコミューンレベルでの壁を超えることはない程度の資質でもあった。それでも勤務態度は誠実であり、周辺人物からの評価も良好である一方、実家との反り合いは悪かったようである。


 その豪三郎が出身地のN県S市E村への帰省を試みるに至ったのは、消滅間際の生まれ故郷に残した父親である、本前田徳次郎との連絡が付かなくなったからだとされる。これは例えば以下のような彼のSNSの投稿などから推測されたにすぎないが、他に目立った事由の確認はない。


『親父のヤツ、ついにくたばったか?』


 豪三郎は生まれ故郷へと向かう自動車の中で、迷いながらもSNSへとあからさまに悪態じみた投稿を済ませ、押し殺してため息をついた。並の仕立てのスーツの尻ポケットに携帯端末を無造作に押し込んだところを見るに、特に反応を期待してのことではないのだろう。職能を持たない四等国民未満のフォロワーたちからの反応が矢継ぎ早に届くが、その通知に対して興味も持たず、豪三郎は所在無げに車内を見回す。


「お客さん、あんな辺鄙な場所になんの御用です?」


 豪三郎がしまったと思う間もなく、彼の退屈さを目ざとく捉えた女の特殊運転技師は振り返り、安心感を与える意図された笑みで語りかけた。この女は豪三郎が主要コミューン外へと移動するに当たって、近場で有効なライセンスを持つ特殊運転技師をアルゴリズムによる仲介を用いて雇用したものであると記録されている。この自動車には、女が近場の准三等コミューンに所属する運転技師であることを証明するライセンスが、掲示義務の必要にも増して誇示されていた。


「親父に会いにね。里帰りですよ」


 一種の職業病によって咄嗟に真実を口にした豪三郎は、それまでへりくだっていた女の目の奥に灯った嗜虐的な光を見たのか、口の中で小さく舌打ちをした。豪三郎自身はレッドカラーの自動車特殊運転技師であったが、業務範囲が三等コミューンおよび准二等コミューンでの対人運搬の周辺であることもあって、服装は准二等コミューンに準じたものである。しかし技師としての真実性評価ガイドラインに準拠した適性検査によるライセンス更新を一ヶ月前に受けていたこともあって、取り繕うよりも先に言葉が出たようだった。


 あるいは、豪三郎の客としての搭乗に対する不慣れから生じた反応だったかもしれないが、ともあれそのことが運転技師の女に分かるはずもない。


「へえ、お客さん。六等の出でしたか。それなら親族の方も鼻が高いでしょう。故郷に錦とは言いますが、どのようなお土産をお持ちで?」


 女は血を吸った蛭のような舌を上唇に這わせると、数段増しに丁寧な口調で豪三郎に問うた。豪三郎は軽く組んだ手の小指をすり合わせると、肩を竦める。


「そんな大層なもんじゃないですよ。それに、俺が出た頃はまだ人もいて、准三等コミューンだったので」


 嘘ではないが、E村は彼が故郷を後にしてから二ヶ月後には、就労人口についての査定によって四等コミューンとなっていた。


 豪三郎のそっけない声に女は面白くなさそうに鼻息を鳴らすと、運転システムの点検をするフリで話を切り上げた。業務中の豪三郎であれば焦燥感の湧くような白けた空気が車内に広がったが、証言では、当の本人と言えば彼自身が驚くほどに心が女への嘲りで満たされていたようである。そもそも、彼の故郷も六等コミューンへと格下げされて三年は経過している。その周辺で仕事をするような技師など、対人の仕事をまともにこなしたことがあるはずもない。事実、女は人間を対象とした業務に不慣れなようであり、その対人的なふるまいはこの時代の『中間層』における典型だった。


 豪三郎は見慣れた清潔さの行き届いた車内にあって、自分が優位であると思えたことが面白かったのだろう。女のいじけた肩越しに計器を見ながら、豪三郎は自らも気付いていないだろうが、笑みを浮かべていた。豪三郎は目を閉じて客席の背もたれに体を預けると、満足げに深呼吸をする。


 これに不満げだったのが運転技師の女だった。


「親父さんは何の適性を? このあたりは思想家居住区だったと思うんですが」


 女の問いに呆気にとられた豪三郎は、すぐさま仰天して跳ね起きた。この機械化された時代において、ここまでの差別用語を耳にするとは思わなかったからであろう。事実、女のこの発言は後世において、差別意識の根深さを象徴する例としてよく用いられている。


「さあ、そういった話をする家ではなかったんでね」


「何かあるでしょう、蔵書の種類とか」


 怒りを押し殺すような豪三郎の声に、女は追撃の余地があると見たようだ。ホワイトニングを受けていない歯を剥き出しにして笑いながら、重ねて問いかけた。気心の知れた仲ならば、絶縁状を叩きつけられてもおかしくないほどの侮辱である。それでも豪三郎が物理的手段による説得を試みなかったのは、彼が寛容だったからではなく、彼自身が自動車特殊運転技師であったからだろう。当時においてももはや形骸化していたとは言え、運転システムの稼働には依然として登録された技師との相互認証が必要とされていた時代であった。


「まるで四等国民のような物言いだな」


 豪三郎の低い呟きに、今度は女が目を剥く番だった。准二等コミューンに奉仕する豪三郎であるから、このような物言いは職務中の彼ならばするはずもない。しかし、故郷が近付いたこともあってか、彼の嗜虐的な側面が顕になっているようだった。


 精神的幼形成熟を果たした者によく見られる排除行動を舌打ちで消費した女は、豪三郎に剣呑な視線を送る。女の行動に豪三郎は自らの絶対的優位を悟ったのだろう。彼は優しげな瞳になって女に笑いかけた。


「君こそ、このあたりの出身かな?」


 耳まで朱に染めた女に、豪三郎は尋ね返す。先程の彼女自身の発言を受けて、いよいよ押し黙ってしまった女。そのうなじがひくつくのを尻目に、豪三郎はスーツから携帯端末を取り出した。彼は通知欄に表示されたSNSのリアクション数に目もくれず、写真フォルダから父親の写真を探す。長いタイムラインをたどる代わりにフィルターを用いて探しだされたその写真には、豪三郎とその家族の笑顔。そして、白髪交じりの男がカメラを見つめながら、一人だけ不機嫌そうな皺を浮かべていた。このカメラを睨む男が豪三郎の父、徳次郎である。


 豪三郎が徳次郎の適性について知らないと言ったが、これは完全に正しくはない。確かに豪三郎は父親のパーソナリティについて面と向かって尋ねるような、野放図な子供ではなかった。しかし、徳次郎の言動の端々から、あまり歓迎されない資質である哲学的傾向を幼心に読み取っていたのだろう。豪三郎の親族の証言からは、豪三郎が徳次郎をわずかに軽蔑していたことが示唆されている。


 実際、記録によれば徳次郎は四等国民であったし、思想流布の疑いで公安にマークされていた記録も残されている。にも関わらず、豪三郎が徳次郎の様子を確かめるために里帰りをし、あまつさえ回想するにあたって写真を確認するのは、思考上の一種の職業病に違いなかった。それは自らの不完備性を正常に把握しているための適正行動であったが、内容の反社会性もあってか豪三郎は眉間に皺を寄せていた。


 このようにして互いに傷を隠して相対する二人の人間を乗せた自動車は、その車内に回復困難な沈黙を漂わせて走り続け、この沈黙を破ろうとする者もいないままに目的地へと進んだ。


「つきましたよ、お客さん」


 その静けさを破ったのは、やはり人ならざる機械である。自動車がソフトに停止し、インジケータの点灯で運転技師の女に到着を知らせたことで、彼女は義務に応じて口を開いた。その声に、目を閉じて組んだ手の小指をすり合わせていた豪三郎は目を開けると、慇懃無礼に了解の旨を返す。そして開かれた扉の向こうに広がる人の気配がない住宅群を寂しげに眺めながら、外に見えた実家の門へと足を踏み出した。


 そして、豪三郎は自動車の席に腰を下ろしていた。


「おかえりなさい、お客さん。もう出しても?」


「いや、待ってくれ」


 女が事務的に問うが、豪三郎は目を白黒させて戸惑っているようだった。女が面倒くさがるのを隠そうともせずに脱力したのを尻目に、豪三郎は顎下を掻きながらも再び外へと足を踏み出す。


 そして、豪三郎は自動車の席に腰を下ろしていた。


「もうよろしいですか?」


 豪三郎が無意識に組んだ手の小指を擦り合わせていると、尋ねる声がある。彼が声のした方向を振り向くと、技師の女が心配の混じった訝しげな眼差しを向けていた。豪三郎が言葉を探すように唸っているのを眺めていた女だったが、やがて焦れたように車外を指差す。豪三郎が仕草に従って目を向けると、段ボール箱が一つ寂しげに置かれていた。有名な宅配会社の古いパッケージが描かれたその箱は、天面こそ閉じられていたもののフラップがテープで固定されておらず、風に揺られて今にも開きそうに見える。


「あれは?」


「お客さんが家から運び出した物ですが、何かのご冗談で? 無学な私には分かりかねますが」


 豪三郎が思わずと言った様子で口にすると、女は厭味ったらしく答える。しかし豪三郎が反応も返さずに押し黙って考え込む様子が、女の予想に反したと見え、彼女の表情も困惑の色を濃くしていった。しばらくの沈黙の後、女が口を開こうとするのに先んじて豪三郎が話しかける。


「君があの荷物を取ってきてくれないか?」


 女はその実質的な命令に素直に頷いたが、その動作は意図的に緩慢だった。


 型落ちとは言え、公的に管理された自動車である。女が何かを呟いている様子は窓からも伺えたが、その高い気密性によって声までは豪三郎に聞こえない。しかし、その言葉の意図するところは女の姿から明らかであるように見えた。豪三郎はその女の様子を携帯端末のカメラで追いかけながら、一つ鼻息を鳴らす。しかし、すぐに恥じ入ったように唸ると脇を締め、携帯端末を支え直した。


 荷物に向かうにあたって一度自動車を振り返った女は、カメラが彼女を追いかけていることに気がついて唇を歪めたが、鋭い目を豪三郎に向けてから職務に戻る。荷物のそばで屈んだ女は、段ボール箱の底に手を入れようとしてにわかに動きを止めた。そして、侮るような瞳を豪三郎に向けてから腰を入れて立ち上がった女の手には何も乗っていない。


 女は意地の悪い笑みを浮かべながら自動車のトランクへと歩み寄るが、その空の手には荷物が乗っているような姿勢である。この気味の悪いパントマイムは女が荷物をしまい込む仕草をするまで続けられ、取り繕ったものの意地の悪さが透けて見える笑みの女は、さも一仕事をしたという風で運転席へと戻ろうとした。


 女が自動車の中へと入ったその時である。女の顔から表情が抜け落ち、呆けたような目が宙を睨んだ。人とも人形ともつかぬような面持ちの女は、滑らかに席へとつく。と、クッションの弾力に尻が押されたことが気付けになったのか、女の顔に表情が戻った。


「ああ、いえ。では、仰せのとおりに」


「まあ待ってくれ」


 困惑を取り繕うように表情を作った女が再び車外へと出ようとするのを、豪三郎が引き止める。訝しげな様子の女に、豪三郎自身も困惑した顔ながら尋ねた。


「私もああだったのかな」


 曖昧な豪三郎の言葉に首を傾げる女。豪三郎は少し考えてから言い直す。


「つまり、私もああいうパントマイムをやっていたのかな?」


 豪三郎の言葉に女は得心がいったようだったが、同時にさらなる困惑を顔に浮かべた。奇妙なことに、豪三郎はこの時初めて女に対して共感を覚えたと後に述懐しているが、実際の彼の表情には彼我に応じたそれぞれへの苛立ちが浮かんで見えた。女が何か尋ねようとするのを豪三郎は手で押し留め、携帯端末に記録された動画を彼女に見せる。女は動画が進むに従って目つきを鋭くしていったが、最後まで見終わると、取り繕って笑みを浮かべた。


「お客さん、差し出口ですがね。これはあまり趣味が良くないですよ」


 女の発言の意図がわからない様子で、首を傾げて尋ねる豪三郎。女は笑みを引きつらせながら、声を震わせる。


「そりゃあ、私は結局レッドカラーですがね。お客さんはここらの出だけあって、そういう人間の傷つけ方をよくご存知のようだ」


 豪三郎は咄嗟に反論しようとしたが、女の意図が掴みきれぬようで、口ごもる。その間にも女の言葉は続き、彼女の顔は泣き笑いのように歪んでいった。


「こんな田舎まで来て、わざわざお仕事をお恵みくださってもね。それをフェイク動画まで作って笑いものにするなんてのは、いや、本当に趣味が悪い」


 補足すると、女が言ったような倒錯的な趣味が、この時期に二等国民の一部クラスターで流行したのは事実である。当時の二等コミューンの構成員の中には、彼らが従事する機械知性協働での社会発展に対する不信感が潜在的には尚も根強く、その言行不一致から生じる不快感のはけ口として、人間知性を過度に貶める行為を取る者も少なからず存在した記録がある。しかし、この場に限って言えば彼女の弁は全くの誤解であった。


「待て。これはフェイクじゃない」


 意識してのことか、豪三郎は狼狽えを隠さず語りかけた。ここに至って、彼は故郷にいた頃の精神状態へと完全に戻っているようだったが、女にそれを気にする余裕はない。むしろ、その気安げな言葉運びが彼女の職業意識を慮外へと置き去ったようで、女はついに泣き顔になった。


 感応した豪三郎も困り顔になるが、数秒かけて言葉を探したようで、落ち着いて女に話しかける。


「どういう理由だかわかりませんが、この車内と外部にはある種の断絶があるようです。それは物質的なものであり、そしておそらくは認識的なものもだ」


 そこまで言って、豪三郎は外の段ボールに目線をやった。吹く風が強くなったのだろうか、段ボールのフラップはさらに激しく揺れ動き、死産の卵の中で雛が最期にもがいている様子にも見えた。豪三郎はすぐに視線を女に戻すと、日常的に使い込んだ穏やかな声で語りかける。


「この上、さらに何かあるのかもしれませんが、ともかく尋常でない状況であることは確かなようです。ひとまずこの場を去りましょう」


 このころの自動車特殊運転技師には、運転システム認証への限定的上書き権限が付与されていなかったための言葉である。現在の公共システム運用における脆弱性に関する補足規定で定められた例外を含む改正が施行されるのは、この事件の五年以上後のことであるが、この豪三郎の対応は現在の法規にも即した懸命なものであった。即ち、豪三郎が准二等コミューンへの奉仕作法に則った具体的対応を行った結果として、女の精神状態はいくらか安定したようであった。


 女が頷いて、帰路につこうとした瞬間である。ひときわ強い風が吹いたようで、段ボールの天面が完全に開き、中の荷が一瞬だけ顕わになった。


 豪三郎の見開いた目の先には段ボールの中央、背表紙が見えるいくつかの哲学書の上に乗せられた、紙製のバインダー。その表紙は劣化が激しかったが、何度も補修の跡が見え、手書きで何かのメモがいくつも書き加えられている。


「親父の字だ」


 豪三郎は思わずと言った様子で呟いた。豪三郎はこのバインダーについて一切の心当たりがない様子だったが、後の証言ではフォトアルバムであると直感したと述懐している。反射的に女の発車を制止しようと手を伸ばした豪三郎だったが、止めたところで意味がないことであると気づいたのだろう。手を下ろし、小さくなっていく箱を空虚な目で眺め続けていた。


 以上のようなことが、現在では「土地の可用性消失」と呼ばれる現象が最初に記録された事件において起きていたとされる。これらの情報は後に行われた裁判に提出された証拠を参照し、豪三郎および運転技師の女それぞれの携帯端末に記録されたログや、公用自動車の稼働ログおよび運転システムの証言を分析し、さらにはその後の現地調査で行われた、機械的サイコメトリーからの粗復元などを根拠に再構成したものである。ただし、人物の解釈など、一部には注釈および脚色を加えてある。


 このありふれた事件に対して特筆すべき点は、後年、可用性消失をめぐる紛争が相続税などの課税処分の取り消しや徴収の執行停止を求める行政事件訴訟として展開したのに対し、この事件は終始、差別的言動による人格権侵害を争点とする民事訴訟として処理された点である。というのも、現在の人々には居住者の死亡によるコミューンの無人化によって可用性消失が発生することが広く知られているが、この事件に対する訴訟が提起されるまでは世間一般に全く認知されていなかったからだ。


 この可用性消失によって、まず動揺したのは当然、国家である。しかし、現在もなおそうであるように、組織の巨体ゆえの動きの重さによって対応が遅れ、結果として行政事件訴訟へと発展した。次に動揺したのは不動産業を営む者たちである。彼らの資本である土地の評価が揺るがされる事態とあっては巨額の取引が連日行われ、公的には関連性が認められていないものの、未確認ながら刃傷沙汰まで起きたとされる。この次に動揺したのは製造業を中心とした企業である。なにせ、当時の工場はオートメーション化が現在水準とほぼ変わらず、機械化されたラインへのリモートでのメカニカル・ボディによる管理が一般的だったため、『無人』であることは珍しくなかったのだ。


 さらにいくつかの人々が可用性消失によって混乱をきたしたが、もっとも遅れて動揺したのは市民たちだったという。


 確かに対岸の火事との言葉通り、身につまされなければ我が事でもない事件に関して、人々は一般に鈍感である。しかしコミューンの分断が進みつつあったこの時代において、少なくない人々が可用性消失の影響を受けたことが、公的文書の他にも公開されたSNSのサーバー上のデータとして記録に残っている。


 一方で、騒動が沈静化したのもこの動揺した順におおよそ従っていた。業界全体に通じた資本の危機だけあって、不動産業界の動きは古今に例を見ないほど迅速で、国が対応策を打ち出すよりも先に協定の枠組みを形成していた。続く製造業も、領域内外での情報および物品のやり取りが不可能になる対象は人間が行為者である場合に限ることが判明すると、土地代程度しか影響がないと判断しすぐさま矛を収めた。このあたりで、国も暫定的な対応策を打ち出し、しばらくして法整備もなされた。


 その他の人々も各々の落とし所を見つけて沈静化していったが、最後までくすぶり続けたのはやはり市民であった。


 市民たちの可用性消失に対する反応は初期こそ法的な側面が強かったものの、後期においてはSNS上での反応が主であった。例えば以下のような反応だ。


「あの故郷の家には、柱に俺の身長が刻んであるはずなんだ。それを、もう見に行けない」


 具体的な事象は違えど、彼らは一様に土地の可用性が失われたこと自体に関連して反応を示している。機械を介しての情報のやりとりは可能であるのに何故このような反応を続けたのか、この解釈については、今も議論が尽きない。


 この手がかりとして有望だと思われるのは、最初の事件の当事者である豪三郎が後年行った、以下の証言であろう。


「私が次に故郷の家へと赴いた頃には、段ボール箱は風雨にさらされて酷い有様でした。私は車内からメカニカル・ボディを操作して箱を回収し、中の紙媒体については洗浄を施して復元を行いました。とは言え、最も気にかかっていた紙製のバインダーは損傷がひどく、半分以上が喪失していました。そして、その時私が感じた喪失感は、半分という言葉では全く足りませんでした」


 この喪失感に関する豪三郎の一見素朴に感じられる受け止めは、この十年で自然にコミューンの八割を喪失した、世界人口八千万時代の我々が種族維持のためのコミューン間の団結を考えるに当たり、物質的執着の面で重要であるように思える。一方で、情報上の事実として、豪三郎と徳次郎との間でコミュニケーションが行われた痕跡がこの事件より遡って十年の間確認できていない点は特筆に値する。


 ただし、豪三郎の続く短い証言も考慮すべきだろう。


「しかし、私はこの時、それ以上の解放感を感じたのです」


 この、我々が慣れ親しんだ感覚も同じくヒト種に根強いのであるならば、この現状もまた自然な状態である可能性が高まるからだ。果たして、我々の知性がどこまでの喪失を許容するのか。私には、豪三郎のケースを見る限り、底しれぬものがあるように思えてならない。

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