第3話 どんな少年でも、いずれは大人になる。

 さて、ここでひとつ気になるのは、本当に警察がドアを叩きに来るのかどうかだ。それとも、全部アロの考えすぎで、「偉い人たち」はそもそも超越者なんか気にもしていないのか。

 残念ながら、答えはアロの不安のほうが正しかった。

 午前2時40分、アロのアパートの近くを走っていた一台のパトカーに、署から緊急連絡が入った。無線の向こうの上司の声は、聞いたことがないくらい硬い。

「すぐに指定の住所へ向かえ。中にいる人物を保護しろ。必要な手段は全部取っていい」

 そのとき、そのパトカーはアロのアパートから車で五分とかからない場所を走っていた。命令を受けた当直の警官二人は、ほとんど聞き返しもせずにアクセルを踏み込み、行けるところは信号も気にせず突っ切った。そうして、あっという間にアロの住む安アパートの前に着いた。

 幸い、そのアパートにはオートロックも暗証番号もない。入口のドアは、押せばそのまま開くタイプだ。もしそうでなければ、一階の前でどうやって入るか相談しているあいだに、確実に時間を食っていただろう。

 二人の警官はそのまま建物の中へ駆け込み、エレベーターでアロの部屋がある階へ上がる。

 玄関の前にたどり着いたのは、午前2時47分。

 数字だけ見れば、かなりの速さだと言っていい。

 二人は無線で「異常なし。指定された部屋の前に到着」と報告し、次の指示を待った。

 まもなく上司から返事が来たが、「すぐインターホンを押せ」とは言ってこない。

 まずは、少し変わった準備をするように命じられる。

 手持ちのスマホを取り出し、あらかじめ用意されていたオンライン会議室に入ること。前面カメラをオンにして、その場の映像を映しっぱなしにしておくこと。イヤホンマイクをつけて、これからの会話が全部記録されるようにしておくこと。

 それが全部終わり、映像と音声に問題がないと確認されてから、ようやく次の命令が出た。

「インターホンを鳴らせ」

 二人は言われたとおり、チャイムのボタンを押した。

 もちろん、この時点でアロとアヴィは、とっくに「亜空間の扉」の向こう側だ。部屋の中には、もう人の気配はまったくない。誰もいない。

 チャイムを一度、二度、三度……何度押しても、部屋の中からは何の反応もない。数分待っても、足音ひとつ聞こえてこない。

 やがて、玄関の前に立つ二人の警官も、イヤホンの向こうで様子を見ている指揮官も、これはおかしいと感じ始めた。

 上司の指示を受けて、警官二人はすぐに向きを変え、隣の部屋のチャイムを何度も押した。ベランダからアロの部屋側に回り込むつもりだったのだ。

 隣の部屋にはもちろん人が住んでいる。眠そうな顔をした男がドアを開けたときは、最初は露骨に不機嫌そうだったが、相手が警察だと分かると、すぐに表情を引き締めた。

 指示どおり、一人は玄関に残ってその男に話を聞く。隣の部屋から何かおかしな物音がしなかったか、人の出入りはなかったか、口論や悲鳴のような声を聞いていないか、といったことだ。

 もう一人は、ほとんど挨拶もそこそこに、そのまま真っすぐ寝室のほうへ向かった。なぜ寝室に向かったのか。その理由は単純だ。この安アパートの間取りでは、ベランダに出るには寝室を通るしかないからである。

 しかし、寝室で眠っていた妻は、ちょうど今起こされたばかりで、何が起きているのかまったく分からなかった。そこへ突然、見知らない男が自分のいる部屋に飛び込んできた。驚きと恐怖で頭が真っ白になり、鋭い悲鳴が部屋中に響き渡った。

 悲鳴を聞いた男は、とっさに寝室へ駆け出そうとした。玄関に残っていた警官は、慌ててそれを押しとどめながら、何度も頭を下げて謝り、同時に手帳を開いて身分証を見せた。

「緊急の職務です。あなた方に危害を加えるつもりはありません」

 そう繰り返して、ようやく男をなだめる。自分たちが強盗ではないと分かってもらうだけでも、一苦労だった。

 一方、奥へ向かったもう一人の警官は、寝室を抜けてそのままベランダに出た。そして、ほとんどためらわずに、隣とのベランダを分けている薄い鉄板の仕切りを乗り越え、アロの部屋のベランダ側へ移る。

 アロのベランダに足を踏み入れた彼が、まず目に入れたのは寝室の明かりだった。カーテンはきっちり閉められているのに、その向こうから光がもれている。外ではエアコンの室外機がうなりを上げている。

 つまり、この部屋の住人は起きている可能性が高く、少なくともついさっきまで普通に部屋の中で過ごしていたはずだ。それなのに、これだけ外が騒がしいのに、ドアも開けず、物音ひとつ返ってこない。

 ベランダ側の窓をそっと押してみると、内側からきっちり鍵がかかっていて、まったく動かなかった。

 彼はすぐに無線でその状況を報告した。

 上司は、窓ガラスを軽く叩きながら中に向かって声をかけるよう指示した。できるだけ穏やかな口調で、自分の名前と警察手帳の番号を名乗ること。

 そして「安全を確認して保護するために来ました」とはっきり伝え、安心してドアを開けて協力してほしいと頼むこと。だいたい、そういう指示だった。

 それでも、部屋の中は静まり返ったままで、物音ひとつしなかった。しばらくこう着状態が続いたあと、イヤホンの向こうから新しい指示が出た。

 持っている拳銃でガラスを撃ち抜け。そのあと警棒で窓ガラスを叩き割り、中に入って状況を確認しろ――そういう命令だった。

 この警官は、これまでの勤務で発砲した経験がほとんどない。まして、普通の民家の窓ガラスに向かって撃つなど、本能的に拒否感があった。彼は一瞬ためらい、命令をすぐには実行しなかった。

 イヤホンの向こう側も、その迷いに気づいたのだろう。そこで、別の声が回線に入ってきて、そのまま会話を引き継いだ。

 その人物は、まず自分の身分を簡単に名乗った。警察庁警備局長。全国の重要警備を担当する指揮官の一人だという。

 このクラスの肩書を聞かされれば、目の前の件がもう「近所のトラブル」でも「普通の刑事事件」でもなく、国家の安全にかかわるレベルに引き上げられているのだと、どんな現場警官にも分かる。

 それを理解した瞬間、この警官はもう迷えなかった。奥歯をかみしめて拳銃を抜き、窓ガラスに向かって三発続けて撃ち込む。厚いガラスには、たちまちいくつもの穴とひびが走った。

 彼はすぐに警棒を握り直し、残ったガラスを何度も叩きつけて砕き、体ひとつ通れるくらいの穴をこじ開けると、そのまま足を踏み入れて寝室の中へ入った。

 だが、寝室には誰もいなかった。

 彼はすぐさまリビング、もう一つの部屋、トイレ、浴室、そしてクローゼットの中まで、片っ端から確認して回る。結果は一つだけだった。この部屋の中には、人の姿が一人もない。

 彼はその状況を無線で報告した。しばらくのあいだ、向こう側は黙り込んでいる。数秒の沈黙のあと、別の声が聞こえた。その声は、いったんベランダに戻って待機するよう命じた。

 ほぼ同じ頃、遠くから低い轟音が聞こえ始める。その音は、少しずつ大きくなっていった。しばらくすると、武装したヘリコプターが数機、この一帯の上空へ飛んできて、公寓の上で旋回を始めた。回転するローターの音と、夜空を切り裂くサーチライトの光で、建物の住人たちは次々と眠りからたたき起こされる。

 やがて、マンションのある一帯は警戒線とバリケードで封鎖され、住民は自由に出入りできなくなった。

 ほどなくして、池袋全体がほとんど戒厳令に近い状態になる。町中の大きな通りには、警察車両と軍用車両がずらりと並び、赤色灯が点滅し、ときどきサイレンが鳴り響いた。通りかかった歩行者も車も、片っ端から呼び止められて職務質問や検問を受けた。

 もちろん、今はネットの時代だ。こんな大がかりな動きがあって、誰にも気づかれないなんてことはありえない。上空を回るヘリコプターや、封鎖された通りを、住民たちは次々とスマホで撮影し、そのまま動画をSNSに投稿する。数分もしないうちに、現場の写真や短い映像が、翼でも生えたかのような勢いでネット上に広がっていった。

 「日本・東京・池袋 軍と警察が厳戒態勢」

 そんなタイトルがついていれば、人はすぐにその先を想像する。ほんの少し前に【超越者ランキング】が世界中のSNSで一気に広まり、何十億もの人が、このよく分からないランキングを眺めていた。その中でもとくにNo.1の人物は、いま世界でいちばん注目されている存在だった。

 だから、一切はアロの考えすぎなんかじゃなかった。もしさっき部屋の中であと十何分も迷っていたら、そのあとアロを待っていたのはまったく別の展開だった。

 カメラやヘリコプターや、いろんな偉い人たちに見られながら、「親切な招待」という名目で、誰も正確な場所を言えないどこかへ「ゆっくり話をしに」連れて行かれていただろう。

 アロたちが十分に早く出ていったおかげで、軍人や警察と正面からぶつかることはなかった。

 じゃあ、これで全部終わりかというと、もちろんそんなはずがない。

 実際には、そのあともなかなか面白い出来事がいくつも続いた。

 そのあと、警察の鑑識係がすぐにアロの家に入り、部屋の中を隅から隅まで調べた。

 調べてみると、すぐにおかしな点がいくつも見つかった。なくなっている物がやたら多かったのだ。

 ノートパソコンとスマホが消えていて、キッチンの鍋や皿もほとんど全部なくなっていた。日用品も目に見えて減っていて、部屋全体が一度徹底的に持ち出されたあとみたいに見えた。

 もちろん、本当に「泥棒が入った」とは誰も思っていない。ほぼ間違いなく、住人本人が持ち出したのだと分かっていた。

 だが、そこで新しい疑問が出てくる。こんな短い時間で、どうやってこんなにたくさんの荷物をきれいに片付けたのか。

 警察たちは、それについて納得できる説明を一つも思いつかなかった。

 次に、監視カメラの映像を一コマずつチェックした。

 アロの住んでいるこの安アパートも、エレベーターにはカメラが付いていて、非常階段の踊り場にも監視カメラがある。警察はこの建物と周りの通りのカメラ映像を全部集めて確認した。

 その結果、余計に混乱する事実が分かった。あの二人の警官が到着するまでのあいだ、エレベーターにも非常階段にも、怪しい人影が出入りする様子は一度も映っていなかったのだ。

 ドアや階段やエレベーターを使っていないなら、ベランダから逃げたのだろうか。理屈の上では、ありえない話ではない。だが、すぐにいくつかの問題が出てくる。

 まず、さっき隣の部屋からベランダに渡った警官が、自分の目でベランダ側のガラス戸に鍵がかかっているのを確認している。このタイプの鍵は寝室側からでないと操作できず、外から閉め直すことはできない。

 次に、アロの部屋は8階だ。たとえ相手が超越者だとしても、「大量の荷物と普通の人間を一人抱えて、8階のベランダから飛び降りる」という行動には、それなりの説明が必要になる。

 とはいえ、この可能性も完全には捨てきれない。相手はリストに名前が載っている超越者で、身体能力が普通の人より高くてもおかしくない。

 本気になれば、荷物と妹を抱えてベランダから飛び降りて、何らかの能力で無傷で着地する、ということも、絶対にありえないとは言い切れないのだ。同時に、超越者が「姿を消す」ような能力を持っていないと、はっきり言える人もいない。

 だから、「階段やエレベーターを普通に使ったのに、カメラには映らなかった」というパターンも、完全には否定できなかった。

 じゃあ、超越者の身体能力がどこまで高いのか、実際に確かめる方法はないのか。彼らは本当に姿を消したりできるのか。

 もちろん、それを調べる方法はある。

 ランキングにはアロ一人だけが載っているわけではないからだ。No.1以外にも世界中に99人の超越者が散らばっていて、そのうち日本国内には三人いる。

 この三人も、ランキングが公表されたあと、アロと同じように「しばらく身を潜めよう」としたが、すぐに警察にあっさり捕まってしまった。その中で一番順位が高いのが、No.15の超越者だった。

 そのあと、専門チームはこのNo.15にだけ簡単な最初のテストを行った。そこで出た結論はこうだ。

 彼の身体の数値は、たしかに一般人よりはっきり高い。例えば力が強く、反応が速く、持久力もある。だが、「8階から飛び降りてもかすり傷一つ負わない」というほどではなかった。

 超越能力のほうを見ると、手のひらに肉眼で見える炎を作り出せることは分かった。だが、姿を消すようなレベルの能力は、まったく確認できなかった。

「どうやって火を出しているんだ」と専門家たちが突っ込んで聞いたとき、No.15の答えもまた頭の痛くなるものだった。

「自分でもうまく説明できません。すごくぼんやりした感覚で、頭の中でずっと『こうすればいい』って声がして、その通りにすると火が出る感じなんです」

 とにかく、専門チームが最後に出した共通の結論はこうだった。No.1がどんな方法で逃げたにせよ、その実力はNo.15をはるかに上回っている。多分、一方的にNo.15をボコボコにできるくらい強い、ということだ。

 そのあと、この作戦全体の取りまとめをしていたある偉い人が、「No.15をすぐに現場に借り出す」と最終決定を下した。それからNo.15はヘリコプターに乗せられ、横浜から池袋まで直接運ばれた。そして午前3時45分ごろ、アロが住んでいたあのアパートに到着した。

 偉い人たちがわざわざNo.15を現場に呼んだのは、超越者の視点から調査を手伝ってほしかったからだ。普通の人には気づけないような手掛かりが見えるかもしれない、と考えていた。

 No.15がなぜ協力に応じたのか。その理由も、言ってしまえばとても単純だ。彼自身も気になっていたのだ。ランキング一位のあいつが、いったいどれほど強いのか。だからこそ、池袋へ向かうヘリの中で、No.15は警察の内部回線を通して、警察が今把握している状況を全部まじめに聞いていた。

 その中で、「部屋の中の物がたくさん消えていて、とくに鍋や皿や米袋がほとんど全部なくなっている」という報告を聞いたとき、思わず心の中でツッコんだ。

(身を隠したいなら隠れればいいのに、なんでわざわざ台所の米と鍋や皿まで持っていくんだ。いや、それは逃げてるんじゃなくて、もう完全に引っ越しだろ……)

 そして、まさにこの点から、彼はなんとなく気づき始めた。自分とNo.1の差は、単に数字の上で「15位分の差がある」だけじゃない。

 むしろ、片方はエベレストの頂上に立っていて、もう片方はマリアナ海溝の底からそれを見上げている。そのくらいの差があるのだ、と。

 じゃあ、午前4時の時点で、警察は実際のところ何をつかめていたのか。答えは残酷で、ほとんど何も分かっていなかった。

 サボっていたわけでもない。マンションの周りの下水道や地下鉄のトンネルまで人員を出して、一つひとつ区間ごとに調べていったのに、自分たちでもかろうじて納得できるような「それなりに筋の通った逃走ルート」は一本も見つからなかった。

 そういう状況で、彼らに残された頼みの綱は一つだけだった。ランキングに載っているNo.15だ。

 現場に着くと、No.15は部屋に入り、まずリビングとキッチンを確認した。それからアロの寝室にも入って、中の様子を見た。

 そこは家具が驚くほど少なく、全体の雰囲気もかなりシンプルで、余計な物はほとんど置かれていなかった。

 警察がさっきアヴィの友人から聞き出した話も、彼の頭の中に一緒に並んでいた。

 アロは典型的なオタクで、ほとんど友だちもおらず、休みの日はだいたい家にこもってゲームをしている、という話だ。

 おかしいのは、まさにその点だった。アロの寝室には、オタクっぽさがまったくなかった。山のように積まれた漫画もなければ、フィギュアやプラモデルもなく、ゲームのグッズも見当たらない。

 この、やけにきれいで、最低限の物しかないせいで少し寂しく見える部屋を見ているうちに、No.15は思わず「本当にここで合っているのか」と警察を疑いかけた。

 警察は、情報源に問題はないと改めて強調するしかなかった。

 そして、アヴィの友人の話では、アロはいわゆる「アニメとか漫画にどっぷりのオタク」という感じではなくて、ただ人付き合いがあまり好きじゃなくて、一人で家で自分の好きなことをしているほうが落ち着くらしい、と説明を付け加えた。

 ここまで聞いても、No.15はどこか引っかかる感じが消えなかった。そこでついでにこう聞いてみた。

「No.1って三十歳だよな?妻か彼女がいるはずだろ。会わせてもらうことはできないか?その人に直接聞いておきたいことがある」

 しかし、警察の答えはあっさりしていた。No.1には妻も彼女もいない、としか言われなかった。一方で、アヴィの友人たちはこう話していた。

「アヴィは、『あの人は最初から彼女を作る気がない。自分の彼女に求める条件が高すぎるんだって』って言ってたよ」と。

 この言葉が警察からNo.15の耳に伝わったとき、彼はすぐにピンときた。心の中に残った結論は一つだけだった。

「こいつ、中二病だ」。

 頭の中に、現実離れした「完璧な彼女」像が一式入っているせいで、相手に求める条件が現実世界ではまず出会えないレベルまで跳ね上がっている。だから恋愛する気にもなれず、結婚なんてもっとどうでもいいのだろう、と。

 では、No.15はどうしてそんなふうに判断したのか。理由は単純だ。

 高校のときに、まさに同じタイプの中二病の同級生が一人いたからだ。

 ただ、その同級生は二か月前に結婚したばかりだった。結婚式のとき、No.15は昔の黒歴史をネタにして、こうからかった。

「お前、この一生結婚なんかしないって言ってなかったか?なんで今さら結婚してるんだよ」

 口ではそう言ったが、No.15自身はよく分かっていた。相手の変化は何も難しいものじゃない。

 どんな少年でも、いずれは大人になる。

 いつかどこかで現実を受け入れて、完璧ではないが目の前にちゃんといる好きな人を選ぶようになるだけの話だ。

 こういうことに気づいた瞬間、No.15は心の中で悪役みたいにニヤリと笑った。それは単なる悪趣味ではなく、この一つの情報があまりにもおいしい手掛かりだと分かったからだ。

 もちろん、それはすべて心の中だけの反応だった。表情は終始冷静で仕事モードのまま、眉一つ動かさない。ここで自分が「いい材料を手に入れた」と警察たちに悟らせるつもりは、まったくなかった。

 そのあと、No.15はまた本題に意識を戻し、アロの家の部屋を一つずつ調べていき、どうやってここから「消えた」のかを探ろうとした。

 やがて、アヴィの寝室の真ん中で足を止めた。そこは、1時間ほど前に【亜空間】への扉が開いていた場所だった。No.15は眉をひそめて、しばらく黙ったまま考え込んだ。

 そして、周りの視線が集まる中、彼はその場にいた全員が思わずぞっとするような一言を口にした。

「直感だけど、二人が最後にいた場所はここだと思う。多分、二人はこの部屋の中でそのまま消えたんだと思う。最初から最後まで、このアパートから本当の意味では外に出ていない。もしこの判断が合っていて、しかもあの大量の荷物を持ち出していることも合わせて考えると……No.1はかなり高レベルな空間系の能力を手に入れていて、それを自由に使えると強く疑ってる。例えば、アニメに出てくる異空間収納のバッグみたいなものとか、あるいは……瞬間移動だ」

 ここに高レベルな空間系の能力が絡んでいると気づいたからこそ、No.15のアロへの興味は一気にもっと複雑なものになった。

 その興味は、もう「この男は自分よりどれくらい強いのか」という単なる好奇心だけではなかった。

「自分にもこの空間系の能力を手に入れるチャンスはないか」という、もっと現実的な考えに変わっていた。

 前者はただの見物人としての好奇心にすぎないが、後者はもう、自分の将来や立場や得になるものに深く結びついている。

 そこで、No.15は顔を横に向けて、その場にいた本物の偉い人を見た。そして、迷いなく口を開いた。

「君たちが本当にほしいものが何かは、だいたい分かっています。若さとか、もっと長い寿命とか、より健康な体とか、できれば自分で超越者になる可能性とか……そういうものですよね。本気で生きているうちにそれを手に入れたいなら、今のうちに全力でNo.1を見つけたほうがいいと思います」

 その偉い人は、もちろんそれを否定もしなかったし、すぐにうなずきもしなかった。ただ、どこか楽しそうな目をしながら、こう問い返した。

「どうして、そう思うんですか?」

 その偉い人は、分からないから聞いたわけではなく、超越者本人がどう考えているのかを自分の耳で確かめたかったのだ。

 それに対するNo.15の答えは、その期待を裏切らなかった。

「三十分もかからないうちに空間系の能力を身につけて、ここまで当たり前のように使っている人間なんですよ。そういう人間なら、そのへんの分野で大きな突破を出すことだって、そんなに難しい話じゃないと思います。

 今の時代だって、心臓移植とか臓器移植くらいなら、もう普通にできる時代になってるんですよ。でも、アニメや小説に出てくるような空間系の技術になると、今でもほとんど夢物語に近いままですね。

 だから、僕から見れば、No.1の一番の価値は、戦闘力がどれだけ高いかじゃなくて、むしろあの頭なんです。」

「言い換えれば、彼はもう『人類の宝』なんて言葉じゃ足りなくて、二十一世紀の『知恵の神様』に近い存在だと思います。

 この一人の人間が、どれだけの経済効果を生み出して、どれだけの新しい産業を立ち上げられるのか、正直、僕には想像もつきません。

 たとえば、制御核融合みたいなレベルの技術でさえ、彼から見れば小学生レベルの話かもしれません。」

「自分のことは置いておくとしても、日本という国のこれからについては考えたほうがいいと思います。日本のことを置いておくとしても、少なくとも全人類がどこへ向かうのかくらいは、真剣に考えたほうがいいんじゃないですか」

 この話を最後まで聞いて、その偉い人は明らかに満足そうだった。

 純粋な武力なんて、もともと彼らが一番欲しがっているものではない。

 どれだけ強くても、核兵器より強くはなれない。人類はとっくに、個人の戦闘力なんかよりよほど恐ろしいボタンをいくつも手に入れている。

 彼らが本当に欲しいのは、いつだってルールそのものを変えられる、そういう発想力と能力を持った人材だった。

 もちろん、その偉い人も、No.15がなぜここまで踏み込んだ言い方をしたのか、よく分かっていた。相手の狙いは少しも難しくない。だからこそ、流れに乗るようにして、こんな体裁のいい一言を返した。

「そこまで評価してくれるなら、この先も調査に協力してくれますか。君の判断や意見は、私たちにとってかなり重要なんです」

 その言葉を聞いた瞬間、No.15の顔にはぱっと明るい笑みが浮かんだ。

 さっきの「調査に協力してくれますか」「君の意見は重要なんです」という言い方は、かみ砕いてしまえばこういう意味だ。

 ──これからどう捜すか、どこを重点的に捜すか、その方向を決めるときに、自分の言葉はかなり重くなる。

 それこそが、彼が一番聞きたかった言葉だった。だから、No.15は迷うことなく短く答えた。

「喜んでお力になります」

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