第11話 余白に残るもの


 春は、

毎年

同じように

訪れる。


 だが、

同じ春は

二度と

来ない。


   ◆


 町外れの

小さな

書店。


 かつて

倉庫だった

建物を

改装した

場所だ。


 人通りは

少ない。


 だが、

客は

途切れない。


   ◆


 リリアは、

その店で

働いている。


 本を

並べ、

埃を

払い、

注文を

取る。


 特別な

仕事では

ない。


   ◆


 それでも、

彼女は

ここが

好きだった。


 理由は、

説明

できない。


 ただ、

落ち着く。


   ◆


 今日も、

一人の

子供が

本を

探している。


「難しく

 ないの、

 ありますか」


 リリアは

微笑んで、

一冊

差し出した。


   ◆


「間違えても、

 大丈夫な

 話です」


 それは、

物語の

売り文句としては、

少し

変だ。


 だが、

子供は

嬉しそうに

頷いた。


   ◆


 夕方、

店を

閉める。


 鍵を

かけた

瞬間、

胸が

少し

痛んだ。


 理由は

わからない。


   ◆


 丘に

登る。


 昔から、

よく

来ていた

気が

する。


 誰と

だったかは、

思い出せない。


   ◆


 風が

吹く。


 草が

揺れる。


 空は、

変わらず

広い。


 そこに、

文字は

ない。


   ◆


「……ありがとう」


 誰に

向けた

言葉か、

わからない。


 それでも、

自然に

口から

こぼれた。


   ◆


 一方、

王都。


 旧スキル庁

中央棟。


 名称は

変わり、

今は

「世界記録院」と

呼ばれている。


   ◆


 セレスは、

最上階の

資料室に

いた。


 白紙の

帳簿を

前に、

ペンを

持つ。


   ◆


 かつて、

彼女は

真偽を

見抜いた。


 今は、

確認し、

照合し、

疑う。


 人と

同じ

速度で。


   ◆


「完全な

 答えは、

 ない」


 それを

受け入れるのに、

時間は

かかった。


 だが、

今は

悪くない。


   ◆


 帳簿の

一頁目。


《未確定事項

 第一号》


 彼女は、

そう

書いた。


 空白は、

埋めない。


   ◆


 遠い

街道で、

グレンは

傭兵を

続けている。


 命令では

なく、

依頼を

選ぶ。


 勝つことも

あれば、

負けることも

ある。


   ◆


「失敗したな」


 そう

笑える

ように

なった。


 それが、

一番

大きな

変化だ。


   ◆


 世界は、

相変わらず

不完全だ。


 争いは

消えず、

悲劇も

起きる。


 誰も

修正して

くれない。


   ◆


 だが、

人々は

書き足す。


 日記を、

法律を、

物語を。


 消せない

行を

抱えた

まま。


   ◆


 夜。


 どこかの

家で、

ランプが

灯る。


 一人の

若者が、

白紙を

前に

悩んでいる。


   ◆


「……どう

 書けば

 いい」


 答えは

降って

こない。


 だが、

手は

動く。


   ◆


 それで

いい。


 世界は、

最初から

そう

できていた。


 ただ、

一行の

誤解が、

それを

隠していただけだ。


   ◆


 名も

残らず、

記録も

消えた

編集者は、

もう

いない。


   ◆


 それでも、

余白は

残っている。


 選び、

間違え、

書き直す

ための

空白が。


   ◆


 物語は、

今日も

どこかで

始まっている。


 誰にも

直されず、

誰にも

決められず、

人の

手によって。


   ◆


 ――それが、

この世界の

現在形だ。


--完--

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スキル編集者。 ――能力を書き換える異端 塩塚 和人 @shiotsuka_kazuto123

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