閑話-精霊に拾われた忌み子

 両親の手によって「忌み子いみご」として捨てられた赤子を胸に抱き、ラズリアは里へと帰還した。  

 漆黒の帳が下りる深夜であったが、里の住人たちは不浄な人間の気配を敏感に察知し、家々から這い出してきた。鼻の利く亜人あじんたちにとって、人間の放つ特有とくゆうの匂いは、生理的な嫌悪感を呼び起こすものだったのだ。


 いかに無垢な赤子であろうと、人間は人間。かつての惨劇を忘れていない亜人あじんたちは、皆一様に苦々しい表情を浮かべていた。


『なっ……母上、そいつは人間……?』


 異質な魔力の揺らぎを嗅ぎつけたのか、炎の精霊ヴィータがラズリアの前に立ちはだかる。


『ええ、そうですよ。この子は私が、ここで育てることに決めました』


『なっ!? 正気ですか母上! いかに餓鬼だろうと人間は人間だっ!』


『……確かに、種族は人間です。しかし、この子はただの人間ではない――”忌み子いみご”なのです』


『っ!?』


 その言葉に、ヴィータの顔が驚愕に染まる。  

 ――忌み子いみご。生まれながらに異常な身体能力を有し、人間に仇なす権能ギフトを宿した異端。明確な定義はないが、産声を上げた瞬間に親を傷つけるような力を発現させた場合、その子は忌み子いみごと見なされ、産んだ親共々忌み嫌われる。


 だが、それはあくまで人間側の矮小わいしょうな物差しに過ぎない。  

 精霊の視点から見れば、その異質さは可能性。正しく導き育て上げれば、対人間用としてこの上ない「最強の兵器」に成り得る存在だった。


『なるほど……忌み子いみご。こりゃまた、とんでもねぇ掘り出し物を拾ってきましたね』


『ええ、この魂がどう変貌するか、興味が尽きません。ですが困ったことに、私には赤子を育てた経験がありません。どうしたものでしょうか』


『だったら、エルフの連中に任せりゃいいんじゃねぇすか? あいつらは俺ら精霊と違って子を産むし、長命な分、育児のノウハウも腐るほど持ってるでしょうから』


 ヴィータの進言は合理的だった。  

 長命なエルフは種族的に受胎率が極めて低いが、それゆえに一族の中に子が生まれれば、全員がかりで育てる習慣しゅうかんがある。エルフこそ、この里における育児の泰斗たいとであった。


『では、エルフたちに任せるとしましょうか。ヴィータ、族長を呼んできなさい』


『はいはい、分かりましたよ……』


 面倒そうに応じたヴィータが姿を消すと、ラズリアは残された赤子の頬を優しく指先でなぞった。


『名前はどうしましょうか。……ふふ、楽しみです。貴方は一体、どのような花を咲かせるのかしら』


 暗がりの大樹の下、精霊は誰に見せるでもない艶やかな笑みを浮かべていた。


 ◇


 エルフたちに育児を委ねてから、一週間。  

 そのわずかな期間に、赤子は数回にわたって権能ギフトを暴走させ、あろうことか居住区の部屋を数棟、物理的に破壊はかいしていた。


「ラズリア様ぁ、この子の権能ギフト、どうにかしてくださいよぉ……!」


 育児を手伝っていたエルフのペトラが、泣きそうな顔でラズリアに泣きついてきた。


『確かに、この権能ギフトは厄介ですね。植物であれば加工品ですら操れるとは、まさに規格外です』


 ラズリアは、赤子が持つ権能ギフト――『植物使い』の驚異に目を細めた。  ――『植物使い』。植物と意思を疎通させ、思うがままに支配する力。一見地味な能力に思えるが、その神髄は「百聞は一見にしかず」を地で行く凄絶なものだった。


 最初の暴走は、赤子が里に来た初日に起こった。  

 エルフたちが珍しそうに赤子を囲み、期待の眼差しを向けていた時のことだ。大勢の気配と不慣れな雑音に目を覚ました赤子は、恐怖から火がついたように泣き出してしまった。


 瞬間、異変が起こったのは赤子が寝かされていた木製の揺り籠だった。  

 すでに加工され死んでいるはずの「木」が、赤子の叫喚きょうかんに呼応して猛烈な勢いで芽吹き、巨大な樹木へと変貌したのだ。  

 天井を突き破り、壁を食い破って成長し続ける魔樹。それが、この子が刻んだ最初の破壊の記録だった。


 以来、赤子の揺り籠は金属製に変えられ、部屋も植物の一切を排除した「金属の檻」となった。これでようやく落ち着くかと思われたが、事態はさらに深刻な方向へ進む。


「里の肌着はすべて木綿製ですから……今じゃ、あの子に近づくときは全裸ですよ、全裸……!」


 ペトラが赤面しながら訴える。服の繊維すらも『植物使い』の対象となり、不用意に近づけば服そのものが牙を剥くのだ。


『ふむ、それは流石に不便ですね。金属もこの里では希少品……ふふ、どうやらこれこそが「母」としての最初の試練のようですね』


 妙案を思いついたラズリアは、ヴィータとペトラを呼び寄せた。


『ヴィータ、ペトラ。貴方たちはこの里でも、私に次ぐ魔力エーテルの持ち主です。今から話すことは、その膨大な魔力がなければ成し得ない……相応の危険を伴う儀式です』


『なんだよ母上……いったい、何を始めるってんです?』


「えぇ、僕ってそんなに魔力エーテルあったんだ……」


 無自覚だった自分の才能に驚くペトラ。


『貴方たちには私と共に、あの赤子と≪盟約≫アグリメントを結んでもらいます』


『なっ……!?』


 ヴィータの顔が引きつる。


≪盟約≫アグリメントとは、契約魔法の最上位。魔力の回路を連結させることで、あの赤子と魂の根幹で繋がる……いわば、深い「仲良し」になるための魔法です』


 ラズリアは不都合なデメリットを巧みに伏せ、微笑みながら説明した。


「ほえぇ、仲良し……うんっ、いいですよ! やります!」


『あ、アホかペトラ! ≪盟約≫アグリメントっつーのは、あの餓鬼と命……生命力マナを完全に共有するってことだぞ! 餓鬼が死んだら、道連れで俺たちも死ぬんだよ!』


「……えぇっ!? 何それ、一蓮托生じゃないですかぁ!」


『まだまだですね、ヴィータ。もう少し魔法の深淵を学びなさい』


『……んだよ、言いたいことがあるならハッキリ言えってんですよ』


『確かに生命力マナを共有するという認識は合っています。ですが≪盟約≫アグリメントは、術者と従者が共倒れになるような不完全な術ではありません』


『じゃあ、本当のところはどうなんだよ』


 ラズリアは瞳に妖しい光を宿し、言葉を継いだ。


≪盟約≫アグリメントとは、意志の完全共有を行うと同時に、契約者全員の生存を「一人の存在」に依存させる魔法。――つまり、私、ヴィータ、ペトラ、赤子の四人の中で、最も膨大な生命力マナを持つ者が生きている限り、他の三人は「不死」となるのです』


『……!』


『そして、この中で最も莫大な生命力マナを持っているのは……そう、あの赤子なのですよ』


『なんだって!?』


 ヴィータが叫ぶ。生まれたばかりの赤子が、高位精霊であるラズリアの生命力マナを凌駕しているなど、到底信じ難い話だった。


『あの餓鬼が母上より生命力マナが多い……? ……ってことは、あいつさえ死ななきゃ俺たちは死なねぇが、あいつが死んだら全滅ってことじゃねぇか!』


『ふふ、ですから死なせないように必死で育てましょう。もし無事に育て上げたなら……その時は、「最強の盾」であり「最強の矛」となる。どうです、ゾクゾクするでしょう?』


 ヴィータは背筋を走る悪寒を覚えた。  

 この精霊は、一体どれほどの怪物を作り上げようとしているのか。だがその恐怖は、次第に激しい武者震むしゃぶるいへと変わっていく。  

 ラズリアを超える化け物が生まれる瞬間を、特等席で見られるのだ。これほど面白い賭けがあるだろうか。


『……ハハッ! 面白ぇ、乗ってやろうじゃねぇか!』


『ヴィータはやる気ですね。……ペトラ、貴方は?』


 難しい理論に頭を悩ませていたペトラは、最後にラズリアが言った一言だけを反芻した。


「えぇっと……つまり、その魔法を使えば、あの子が何を考えているか分かるってことですよね?」


『ええ。貴方の思いもすべて伝わってしまいますがね』


「じゃあ問題ありません! 意思疎通ができれば育児も楽になるし、喜んでやりますよ!」


 どこまでも真っ直ぐなペトラの返答に、ラズリアは満足げに頷いた。


『決まりですね。では、行きましょうか』


 三人は、静寂に満ちた金属の檻――赤子の眠る部屋へと足を踏み入れた。


 ◇


 部屋の中央、金属製の揺り籠の中で、赤子は安らかな寝息を立てていた。  

 三人は無言のまま、視線だけで呼吸を合わせる。  

 魔法を使えないペトラが体内の魔力エーテルを限界まで霧散させ、ラズリアとヴィータがそれを触媒にして巨大な魔法陣を空間に編み上げていく。


 この規模の術式にミスは許されない。制御を誤れば魔力破壊エーテルバーストを引き起こし、里ごと消滅しかねない危険な綱渡りだった。


 床一面が蒼白の光に包まれ、複雑な紋様が脈動し始める。


「っ! ラズリア様、あの子が目を覚ましました!」


 魔力の胎動を感じたのか、赤子がぱちりと目を開けた。そこには恐怖の色はなく、ただ爛々と輝く瞳がラズリアを捉えていた。


『泣きはしませんか。……準備は整いました。発動しますよ』


 充満した魔力が陣に収束し、眩い光が視界を塗りつぶしていく。


『母上っ! 次だ! 次はどうすりゃいい!?』


 補佐を務めるヴィータが苦しげな声を上げる。繊細な魔力制御を苦手とする彼女にとって、この密度は地獄の責め苦に等しい。


『耐えなさい。……さて、仕上げです。この子の名前を』


 ≪盟約≫アグリメントの最終工程。それは術式の核となる「真名」を刻むこと。  ラズリアは、直前まで迷っていた。


『カレン、リォル、ランカ……ふふ、どれもこの子には優しすぎますね。ならば――っ!?』


 突如、部屋の魔力が狂ったように逆流した。


『母上、これはっ!?』


「うぅぅ、押し潰される……っ!」


 原因は、赤子だった。  

 彼は三人の魔力に触発されたのか、遊び半分で自らの内に眠る膨大な魔力エーテルを解放したのだ。その奔流は、精霊であるラズリアですら制御に全力を尽くさねばならないほどに強大だった。


『……くふふ、あははははっ! 素晴らしい! 何という輝き! 生まれて一週間でこれほどの魔力を弄ぶとは! 貴方は間違いなく、私以上の化け物になるわ!』


 歓喜に狂いながら、ラズリアはその暴威を力ずくでねじ伏せ、一つの契約へと凝縮させた。


「ラズリア様、早く……っ!」


『分かっていますとも! さあ、来なさい!』


 蒼い光が赤子の身体へと飲み込まれていく。


『……さあ、共に行きましょう。貴方の名は、”アレス”』


 瞬間、部屋を埋め尽くしていた魔力が真空に吸い込まれるようにアレスへと収束し、猛烈な突風が吹き荒れた。


「お、終わったんですか……?」


『……ああ、無事に付与完了だ』


 床に伏していたヴィータとペトラが、汗だくになりながら顔を上げる。


 ――もう一回! もう一回見せて!


「っ!?」


 直接脳内に響く無邪気な思念。  

 ペトラとヴィータは顔を見合わせ、愕然とした。


『これが……意志共有……。あんなにはっきり聞こえるもんなのか……』


「これって、どうやって話せばいいんですか?」


『簡単なこと。ただ強く念じればいいのですよ。これで……ふふ、私たちに「隠し事」はできなくなりましたね』


『……ったく。で、名前は結局「アレス」か。強そうな名じゃねぇか』


「ほえぇー、アレスくん。かっこいい名前をもらえて良かったね!」


 ちなみに、この共有はアレスを介した一方通行。ラズリアが陣に細工を施したため、彼女たちのプライバシーは(アレス以外には)守られている。


 ――もう一回やってよ! ねえ!


「びえぇぇぇぇぇんっ!!」


 期待した光のショーが終わってしまったことに耐えかね、アレスは激しく泣き出した。


『おやおや、アンコールをせがまれてしまいましたね。では、後始末は任せましたよ、二人とも』


『ちょっ、もう一回なんて出来るわけねぇだろ! 逃げるな母上ぇぇ!』


「ま、待って服着て……あぁぁ僕の下着が芽吹いてるぅぅぅ!」


 植物の暴走と赤子の泣き声が響く部屋を後にし、ラズリアは静かに微笑む。


『結局、神髄には気づかなかったようですね。いつか彼らが「自分たちの命の重さ」に気づく時……それが楽しみでなりません』


 運命に導かれた「忌み子」と精霊たちの、賑やかで歪な日々の始まりであった。




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植物使いの百鬼夜行 らいお @Raio0328

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