大樹の大聖堂

 ラズリアの語った昔話――始祖カルロスとの出会いから別れまでの壮絶な記録を聞き、アーデルハイトはただ驚愕に震えるしかなかった。


「ま、まさか始祖のお師匠様だったとは……」


「この話は初めて聞きましたが、まさか一国の王を育て上げるとは。流石は母上ですね」


『ふふっ、カルロスはそれなりに見込みのある人間でしたね。……だが、見込みのあった人間はカルロスのみ。その後の人間は私にただただ嫌悪感を与えるのみであった』


 ラズリアはアーデルハイトを冷徹に睨みつけながら言い放つ。  その鋭い眼光に気圧されたアーデルハイトは、思わず半歩身を引いた。冷や汗が止まらず、甲冑の下の肌着は汗でぐっしょりと濡れ、冷え切っている。


『……とはいえ、貴様はカルロスの子孫だ。今一度国に訪れるのも一興やもしれぬな』


「……それは、フォレスティエ王国国王に謁見する、ということで……?」


『そうだ。口伝が今世まで伝わっているのであれば大事無いであろう』


 アーデルハイトはその「口伝」について、父である国王から何も聞き及んでいない。  

 それは当然であった。過去にラズリアとカルロスの間で交わされた約束は、現国王から次代を担う後継者のみに伝えられる秘め事。王女であっても継承権の遠い彼女に伝えられるはずがないのだ。  

 また、その口伝が今世まで途絶えずに残っている保証もない。伝える間もなく王が崩御すれば、その約定は永遠に失われてしまう。


 アーデルハイトはしばし考え込んだ後、恐る恐る口を開いた。


「……分かりました。では、一度私が国に帰還し、国王にラズリア様が訪れる旨を伝え、準備を――」


『いいや、それでは時間が掛かる。今すぐに出るぞ』


 言葉を途中で遮られ、アーデルハイトはあんぐりと口を開けた。  

 アポイントメントもなしに国王へ謁見するなど、前代未聞の暴挙である。人間社会の常識など通用しない――いいや、人智を超えた精霊にとっては、それが「当然」の判断なのだろう。


「母上、行ってらっしゃいませ。母上不在の間、里については俺にお任せください」


『あら、何を言ってるのアレスちゃん? ママと一緒にお出かけよ!』


「……は? な、何を仰っているのですか母上! 俺と母上が不在となると、誰がこの里を守るのですかっ!」


 アレスは思わず声を荒らげた。里の守りへの懸念もさることながら、彼にとって大嫌いな人間の国へ行くなど拷問に等しい。  

 しかし、この里においてラズリアの決定は絶対。アレスに拒否権など存在しないのである。


『里の守護ならヴィータに任せればいいじゃないの。……ヴィータ、”来なさい”』


 ラズリアが魔力エーテルを込めて言の葉を発すると、眼前に火の粉が舞い踊った。その火花は瞬く間に勢いを増し、燃え盛る炎の中から一人の女が形を成していく。  

 紅葉色の長い髪を乱雑に切り揃え、服装も気だるげに着崩したその姿は、一見して不真面目な印象を与えた。


『何か用すか、母上。あたし今、昼寝してたんすけど』


「……ヴィータ姉さん、もう夕方だよ。昼寝にはいささか遅すぎる」


 大きな欠伸と共に伸びをするヴィータ。アレスは片手で顔を覆い、深い溜息を吐いた。この怠惰な姉とのやり取りには、いつも疲れさせられるのだ。


『ヴィータ。これから少しの間、私とアレスはこの地を離れます。その間、里の守護を頼みますよ』


『げっ、そういう事かよ。何であたしなんだよ。そういう面倒事はエルフの野郎にでも任せりゃいいだろうがよ!』


 ヴィータは極度の面倒臭がりであった。里を守るために常に探知魔法を張り巡らせるような真似は、彼女の性分に合わない。


 ――エルフ。森と高い親和性を持ち、魔法と弓に長けた長命種。  

 四方を森に囲まれたこの里において、彼らほど守護に適した種族はいない。ヴィータの言い分にも一理あった。


「……姉さん。確かにエルフは異変の察知には長けているけど、俺と母上を除けば、姉さんが一番強いんだ。有事の際に実力で対応できるのは姉さんしかいないでしょ」


「また、精霊……。いったい何体いるの。もう嫌……」


 次から次へと現れる「物語上の存在」に、アーデルハイトは完全に力なく肩を落とした。パニックを起こさない方が不思議な状況である。


『ヴィータ。一人が面倒だと言うのなら、エルフと共に守りなさい。ペトラにでも声を掛けて協力してもらいなさいな』


『げっ、ペトラかよ……』


 ペトラは里のエルフの中でも一、二を争う弓の名手。故に警護に就く機会も多いのだが、彼女とヴィータは顔を合わせるたびに喧嘩になる。ガサツなヴィータと真面目な優等生のペトラ。正反対な性格ゆえに、馬が合わないのだ。


「フェル、起きてるか」


 アレスはショルダーバッグをトントンと叩き、中で丸まる妖精の様子を伺った。


『……なぁにー?』


 寝ぼけ眼を擦りながら、フェルがバッグから顔を出す。


「寝ていたところ悪いが、ペトラを呼んできてくれるか」


『ん、了解! いってきまぁす!』


 フェルは元気よくバッグから飛び出すと、そのまま大聖堂を後にした。  

 その様子を見て、ヴィータは不機嫌そうに顔を歪める。


『……おいアレス、フェルをどこに飛ばした』


「ペトラを呼びに行かせた」


『おいコラ、余計なことしてんじゃねぇよ!』


『あらあら。やっぱりアレスちゃんはしっかり優先順位が分かってる良い子ね』


 わあわあと騒ぎ立てる一家の様子を眺めながら、アーデルハイトは悟った。もはや物語の精霊像など信じるだけ無駄だと。彼女は膝を抱えて頭を丸め、ついには「もうどうにでもなれ」と開き直り始めていた。


「……ァレスくぅーんっ!」


「えぇ、今度は何が聞こえるの……なにぃ……」


 アーデルハイトが顔を上げると、大聖堂の窓の外に、猛烈な土煙を上げてこちらへ向かってくる人影が見えた。


「ひっ! 何かが来るっ!」


『うわぁ、アイツもう来やがったのかよ』


「ヴィータ姉さん。ペトラは脚が速いからね。知ってるだろ」


 ヴィータが露骨に嫌な顔をし、ラズリアがクスクスと笑う中。  

 大聖堂の扉が勢いよく開き、その人影はアレスを目がけて突進した。


「アレスくんっ! フェルから聞いたよ、僕に何か用があるんだよね! やったぁ、君が僕を頼ってくれるなんて嬉しいなぁっ! 君のお願いだったら何でも聞くよっ!」


「今度はエルフだ……」


 憔悴しきったアーデルハイトの前で、ペトラは碧銀へきぎんの髪を振り乱しながら、アレスに熱烈な抱擁を交わしていた。彼の胸元に顔をうずめ、グリグリと擦り付けながら温もりを堪能している。


「はぁぁぁぁぁ……アレスくん、いい匂い。あったかくて、ホントに、しゅきぃ……」


「あ、ああ。確かに用があったんだが……って、フェルはどうした? 呼びに行ってくれたはずだが」


「フェルなら『話ばっかりでつまんない』って家に帰ったよ!」


「あいつ……」


 気まぐれな妖精らしい振る舞いに、アレスは呆れるしかなかった。


「それでっ! アレスくんは僕に何を頼みたいんだい?」


 アレスは、ヴィータと共に里の守護を担ってほしい旨を簡潔に伝えた。  

 聞き終えた途端、ペトラはヴィータと同じく露骨に嫌そうな表情を浮かべる。いがみ合ってはいても、そのあたりの反応は似たもの同士であった。


「だからさっきから腐れ火蜥蜴くされひとかげがいたんですね。ああ嫌だ嫌だ。焦げ臭くてたまったものじゃないよ」


『んだと軟弱白モヤシなんじゃくしろもやし! もういっぺん言ってみやがれ!』


 瞬時に始まる口喧嘩。罵り合いながらも、ペトラはアレスを離そうとしない。


「姉さん、ペトラ、落ち着いて。いくら嫌がっても、これは母上の命令なんだから従うこと」


『そうですよ二人とも。これは私からの命令です。私とアレスがいない間、里を頼みましたよ』


 一触即発の二人も、ラズリア直々の”命令”という言葉を聞いては黙らざるを得なかった。


『ヴィータ、ペトラ。里を頼みますよ。……では、人間よ』


「は、はいっ!」


『フォレスティエ王国、国王の元へ向かうぞ。今出れば、明け方には王都に着くであろう』


「い、今からですかっ⁉」


 外はすでに日が落ち、深い夜の帳が下りている。この時間に森へ入れば魔物の餌食になるのは明白だが、アレスとラズリアにとって夜の森など庭も同然であった。


「いってらっしゃい、アレスくん。僕は君の帰りを待ってるからね」


「ああ。いってくるよペトラ。ヴィータ姉さんと喧嘩しないようにね」


 アレスは別れの挨拶として、ペトラの頬にそっとキスをした。  キスをされた衝撃でキャーキャーと騒ぎだす彼女を背に、一行は大聖堂を後にする。


 フォレスティエ王国を目指して歩みだすアレスとラズリア。  

 久しぶりの親子での遠出に笑顔を浮かべる二人に対し、その後ろを歩くアーデルハイトは――言うまでもなく、その顔を蒼白に染めていた。


 伝説の王を育てた精霊と、親に捨てられた忌み子、そして一国の王女。  相容れない三人の、奇妙な旅が幕を開けた。




---------------------------------------------------------------------------------------

作品へのフォローや★評価などで応援していただけると、とても嬉しいです。

執筆モチベーションにも繋がりますので、よろしくお願いいたします!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る