転移者

「扉に入ったら、建物が消えて」

そんな少女の言葉とともに『クジラの音』が遠ざかっていく。

少女は木林さんとの会話の途中でもうボロボロと泣き出していた。

この子も『迷子』なのか、少なくとも泣き方がそれを否定していなかった。

木林さんはあぁ、最近はやけに事例が多い、とボソリと呟き険しい表情をしたようにも見えた。

が一旦呼吸を挟み「ちょっと落ち着きましましょうか?お茶用意しますよ。」とにこやかな笑みをまた出した。

少女は一瞬フリーズ、その後に融解したかのように「えっいえいえ!大丈夫ですよ!そんな」と大きく手と首をブンブン振る。

木林さんは「涙、止まるまででもいいので」と落ち着かせるかのように淡々と伝えているように。

そんな中、ぐぅ~、少女の腹の虫が鳴いた、少女は少し恥ずかしそうにアワアワと視線が泳ぐ。

そこでゆうくんが気を付かせたのか「腹減ったー!飯食べようぜ!」とフォローをした。

木林さんそれに乗っかり「ご飯も食べてっていいですよ?今日パーティなので。」とにやりと見えた。


「とりあえず御飯作ってくるのでちょっとお茶でも飲んで落ち着きましょうか。」

椅子に座っている女の子の前に木林さんはお茶を置いていく。

少女は「あっありがとうございます、すみません何から何まで。」と申し訳なさそうだ。

自分が来たときと同じなのだろう。

キッチンに入る前にソファに座ってる自分らに木林さんは「橘くん、水影くん、この世界のことは私から説明しますので、あまり余計なこと言わないようにしてくださいね」と釘を差してきた。

ゆうくんは静かだけど元気に「らじゃー!」と返事をし自分もそれに続くかのように「わかりました」と答える。

まあ下手に自分らから刺激するのもやめとけということなのだろう。

木林さんはキッチンへと入ってしまった。


カチ、カチ、カチとアナログの時計の音が静かに流れる。

キッチンからは何かを煮込んでいるのだろう、いい匂いが漂ってくる。

「そういえば」少女は静寂を破り「今日パーティなんですか?邪魔しちゃってすみません」

少し申し訳なさそうに少女は語っている。

「おう!俺の誕生日だからな!」

絶対嘘だろゆうくんそれ、と思った。

「別に祝ってくれる人一人でも多いほうが嬉しいから大丈夫だぜ!」いやけれどこれは誤魔かすためなのだろうか?

「そうなんですね、おめでとうございます!」少女は拍手をパチパチとしている。

「そうだ、折角の縁だし自己紹介タイムしとこうぜ」と威勢よく語る

「こいつは水影翔、いいやつだよ!」背中をバシバシ叩かれる、痛い。

「水影さん、今日はお邪魔しますね。」少し申し訳なさそうに語られたが自分だってまだ一日二日の人間だ……「いえ、いえ」としか返事ができなかった。

キッチンの方を指をさし「キッチン行っちゃったのが木林心!しんにーってよびな!」と「しんにー、さんですね?」

「それで俺は橘夕日!よろしくな!」ちなみに俺と翔は高校のタメだぜと付け加えた

「よろしくお願いします、私は海風滴です」と少女は軽く自己紹介をした。

「海風さんね、よろしく!」


「そういえば、皆様、苗字違いますけど」

空気が一瞬止まる、やばい、と咄嗟に思い口が動く「あっ、なんていうか遠い親戚なんだよ自分ら!」

「そうそう!」とゆうくんもつづく「仲のいい親戚さんなんですね」とクスクスと笑っていた。

「あっそういえば、ごめんなさいちょっとテレビ見てもいいですか?」みたい番組があるんですよ、といいつつ少女はカップを持ちながらテケテケとコーヒーテーブルに近寄り、リモコンを手に取る。

ちょうど昨夜も見たニュースチャンネルが流れている

『ーー地区にてソラクジラが地上への異常接近がございました。』と画面いっぱいにクジラの映像が流れる。

少女は無言で画面を食いつくかのように見つめる。

あっこれはまずいのかもしれない「へ、へぇーこんな映画最近やってるんだ」無理矢理でも、誤魔化そう。

「みかけ何言っ」肘で小突く、ハッとして「映画こんな時間にやってるんだな、特番かな?」というがその後にさっきも聞いたクジラの音がテレビから流れる。

「あの、これって」言葉を遮るかのようにゆうくんは叫ぶ「しんにー!」

「はい!なんでしょうか!」キッチンからスッと顔を出してこちらを木林さんはみている「ギブ!」とゆうくんは手でばってんのマークを作った。

すべてを察したかのように「温めてるだけだから代わって」と海風さんの前に立った。

「ごめんなさい、後でって思ったんですけど、今ちゃんとお話しましょうか。」と説明を始めた。



ここから説明されたこととは、すべて昨日聞いた話の通りだった。

とはいえ木林さんは今仕事モードではないからか少しラフめに話す。

ここが異世界であること、扉に入ったら来てしまうこと、扉に入っても戻れるかわからないということ。

それに加えてこの世界には大きな空飛ぶクジラがいるということ。

夕日はキッチンで時よりこっちをチラチラと見つめながら鍋をハラハラと見ている。

そんな中で、海風さんはパニックになりながら「異世界ってなんですか」「なんで帰れないんですか」と早口でまくしたてる。

流石にそういう課の担当だけのことはあるのかのらりくらりと答えを導いている。

誠実に答えを導き出す、これが木林さんなりの落ち着かせ方なのだろうけど、多分このやり方は海風さんにはきつい、言葉を重ねるほど、表情が固くなっていくかのように思えた。

なんで、なんで、と泣いている海風さんを見ていたら、気がついたら声をかけていた。

「自分も、昨日、こっちに来たんです」


先程の「あまり変なこと言わないようにしてくださいね」と一瞬浮かんだ。

「夕日くんもそうです、だから、貴方だけ帰れないわけじゃないんだ」

自分の中で溜まっていた不安が胸を裂く。

「ただ、少なくとも、ここは大丈夫なんです、それだけは知ってください」言葉として口から溢れる。

「この世界、まだ正直わからないです」けれどと続ける「でも不安だってあります」

言葉にできなかったことが全部溢れていた。耐えていたこと、怖いこと、わからないこと……。

「……ただ今すぐどうにかできるっていう問題でもないんです」一瞬間が開く。

「自分だって正直帰りたいです、ゆうくんだってそう、だけど帰れるかわからないし」

言葉を探すかのように、言葉を止められず吐き続ける。

「それでも」続ける「今は、ここは、大丈夫なんです、だから」

「水影!」ゆうくんが大きな声で叫びハッと我に返る。

目の前には怯えた海風さんとジロリとこちらをみる木林さん、荒い吐息を上げるゆうくんの姿があった。

ゆうくんは「もういいから!」とそのまま続ける。

そこにはいつもの元気な姿ではないゆうくんが「もういいから……」とか細くなっている。

「ごめん橘くん、一回水影くんをちょっと別のとこ連れ出して」厳しい目を木林さんはこちらを向けていた。


ゆうくんに手を引かれて外の階段を登り、屋上に連れてかれる。

その空には大きなクジラがキラキラと波紋を立てるかのように泳いでいる。

月夜に照らされたクジラは海面にカラフルな色を落とし、幻想的、としか言えない世界が広がっていた。

そんな夏の夜空の下、男二人で古ぼけて少し錆びついたベンチに座っている。

少しの静寂、最初に切り裂いたのはゆうくんだった。

「なあ、みかけちゃん」

「ここの世界、きれいだろ」ソラクジラを指をさしながら。

そんなソラクジラは時より尾びれをふわりと動かす。

波紋からは流れ星のようにキラキラと光が舞い落ちていく。

「……」

「みかけちゃんの元の世界は知らないけど少なくともそこよりきれいな景色なんじゃないかな?」

なあ、と続けられる「なんつーか俺も帰りたいみたいにいったよな?」

低いサイレンのような音が遠くから、いまではだいぶ、聞き慣れてきてしまった。

「……」

「いやいいんだよ、実際、そうだから」少し不安そうに「俺な、実は向こうに置いてきたものがあるんだ」

「帰れるなら帰りたい、事実だよ、みかけちゃんの言う通り、何も間違ってない」

ベンチに座りながら足をぶらぶらさせながらゆうくんは話を続けた。

「俺は、ずっとこのままは嫌だ、けど俺一人の力でどうにもならない」

「小さい可能性を信じて」声が少しずつ震えている、ベンチを急に立ち上がり顔が見えなくなる。

「飛び込んでいった奴らだっていっぱい居た、けど俺はそれを選べなかった」顔を手で拭うような仕草が見えた。

「置いてきたものがさ、あるっていうのにさ、可能性が低いってさ」

「……そんなことでビビってさ、おかしな話だよな」時より、喉をつまらせる。

「おかしくないよ」自分だって、そうだ、不安だしけれども帰れるかわからない扉に飛び込む勇気もない。

「……ごめんな」

「みかけちゃんだって不安なのは知っていた、明るく振る舞ってやれば少しは楽になるかなとも思ったんだ」

キラキラと幻想的な風景を背後にいつも能天気で元気だったゆうくんはここには居なかった。

ここにはただ、悩んで、悩んで、それでも選びきれない、それでも元気に振る舞っていたゆうくんが居る。

「それも含めて、不安なのだったの分かってあげられなくて」こっちを振り返る。

そこにはつっかえていたものを吐き出しきったかのだろう、少し苦し紛れではあるがいつものゆうくんの笑顔があった。

そんな笑顔を前に「自分もごめん、変に代弁しちゃって」としか言えなかった。

へへっと笑いながら「今度代弁したらゆるさねーからな」と少し鼻先が赤くなってるゆうくんはそのままベンチへと腰掛けた。

そのあと空を見ながらしばらく二人で沈黙が続く。



どれぐらい立っただろうか、トントントンと外階段を上がる音、後ろから木林さんが声をかけてくる。

「あー橘くんに水影くんここにいましたか」最後に聞いたあの時と比べ、だいぶ優しい口調になっていた。

「ご飯できましたよ、水影くんはちょっと海風ちゃんに謝りましょうね、感情的になりすぎです」

「……そこは、私に任せてくださいよ」といつもの笑顔を見せる。

「ごめんなさい」ぽんと頭を叩かれる。

「橘くんも、大きな声いきなり出すのだめですよ、耳元で叫ばれてすっごいびっくりしたんですから」

「思うところもあるかもしれませんが、みんなで暮らすのならすぐ引っ張られるのはだめですよ」

「すまん!」ゆうくんもぽんと頭を叩かれる。

ふたりとも、優しく、撫でるかのようなぽんと叩かれただけだった。

木林さんはぱんと手を叩いて、笑顔で「それじゃあ、ご飯にしましょうか」ちょっと冷えちゃったから温め直さないとですね、と下に降りていった。


リビングへ戻ると、そこには海風さんのは居なかった。

その代わりにテレビからは先ほどと変わらずニュースが流れていた。

目の前にはシチューやトーストなどが並んでいて、スプーンなどが置かれたお皿が置かれたままだった。

「海風さんはもう食べ終えました、今お風呂に入ってます」木林さんは「覗いちゃだめですからね」と軽口を叩く。

あぁそれと、と続ける「お祝いのケーキは、明日にでもしましょうか」


食事も終え、各々リビングでそれぞれ別々なことをしていた。

また買い出し行かないといけないですね…。とボソボソとつぶやきながら事務作業を行っている木林さん。

スマホでなにかゲームをしているけど疲れからか今にも落ちそうになっているゆうくん。

そんな中で自分は先程のこともあり少しボーっとしながらテレビを眺めていた。

そこに海風さんがフラッと来た、自分を見たとき一瞬体をすくめた様に見えた、それもそうだろう……。

お風呂上がりなのもあって先程よりすこしラフな格好をしている、男性モノだからだろうか?

「ありがとうございます、お風呂先にいただきました。」と落ち着いた様子で木林さんに話しかけている。

「水影くん、ちょっと」とくいくいと呼ばれる、謝ろうと言葉を喉を通る前に海風さんは「おやすみなさい!」とパッと部屋に飛び込んでしまった。

「少し、時間は掛かりそうですね」小さな声でうむむと唸りつつ眠りそうになってるゆうくんを叩いて「二人でお風呂入っていってくださいね」と送り出された。


浴室では、湯船でゆうくんと二人並んで入っていた、別にそこまで狭いというわけでもないが。

『不安』を口にしたのもあってか、すこし一人でいるのが怖い、のか?

自分でも自分の気持が掴みきれていないと感じている。

排気口の回る音だけが響く。

そういえばさ、と夕日は呟く「さっきのみかけちゃん、すっげーやばかったぞ。」こちらに水パシャパシャとかける

「支離滅裂だし、早口だし、言ってることごちゃごちゃだし」

「えっそんなにだった…?」自分の中では、多少の暴走はあってもちゃんと言えているかのように感じていたが……

「そう、そんなにだった。」とゆうくんは続ける「しんにーの静止も振り切ってたしね、すんげーやばかった。」

「とはいえ、完全に馴染みきってて不安も一切ありません!平気です!みたいな完全人間ではなかったことはちょっと嬉しいわ」あの時の俺と同じだとついで呟いた。

「まあ、ゆっくりでもいいから馴染んでいこうぜ」少しずつでいいからと、付け加えながら。

「そんでうみっちもこの世界で馴染んでみんな仲良くチーム迷子組でも作ろう!」


チーム迷子組って、なんだよ。

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空飛ぶクジラは今日も泳ぐ やよゆ @yayoyu

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