クジラがいる街

「おーい!朝だよ!朝!おはよう!」朝の第一声からキンキンにうるさいゆうくん。

そんな大声に助けられたのもあるが眠い目をこすりながらも布団から這い出る。

昨日はなんやかんやあって疲れていたのだろう、目を閉じたら一瞬で睡魔に負けてしまった。

ゆうくんといっしょにリビングへ向かうとキッチンには木林さんが立って料理をしていた。

「おはよう、水影くん」にこりといい笑顔、こういう大人になりたいものだ

キッチンの方から木林さんが「少しは休めましたか?」と声をかけてくれる。

「えぇ、まあ」慣れていない場所とはいえ疲れていたのかよく寝られたのは事実だし。

座って座ってと言わんばかりに椅子へと誘導され、そのまま座る。

椅子に座るとことりと、食パンと目玉焼きといういかにもな朝食セットを目の前に置いてくれた。

目玉焼きはちょっと焦げていて、ちょっと焦がしちゃったごめんね、と謝ってくる。

そんなご飯まで出してくれるのに謝られる理由なんてないのに…。

「ところで何か飲む?と言っても珈琲か牛乳ぐらいしかないけど」ニコニコとメガネをかけ直す。

「乳酸飲料は俺のだかんな!」ゆうくんは昨日通りうるさい。

それじゃあ、ちょっと背伸びをして「じゃあ珈琲お願いします。」と言った。

「甘くする?」その問いの答えはもちろんこうだ「はい、たっぷりめでお願いします。」


『ーー地区のソラクジラはだいぶ近いので傘を持ってお出かけください』

三人でテーブルを囲みながら、テレビを見つつ朝食を食べる。

「あーやっぱり今日降りそうだね、傘、持ってこうか一応。」心さんは少し嫌そうな顔をしながら洗濯物は明日だなあとボソリ呟いた。

そういえば「今日どっか行くんですか?」当然の疑問だ、昨夜ゆうくんがすごく喜ぶようなところに行かされるのだから。

「一応水影くんの洋服、はまあ今着れてるのがあるからいいけど新品も買っておかないと…それになんだかんだ色々必要になってくるでしょ?」あぁ、買い物か、なんか何から何までお世話になってしまっているな。

ゆうくんは食事を食べ終え暇だったのかガタガタと揺らしつつ「あとパーティの用意!」と大喜びだ。

木林さんはフフッと笑みをこぼしつつ「それもありましたね、ですのでちょっと遠くにあるショッピングモールにでも向かおうかなと」

先程も思ったがもう何から何までお世話になっている、それも昨日あったばかりの人にだ。

「すみません、何から何まで……」自然と感謝でもあるし謝罪でもあるような言葉が出てしまう。

木林さんはメガネをクイッと直しつつ「大丈夫ですよ、これも管理人のお仕事ですし」と続け。

とはいえ、と一息置いて「一緒の場所に住んで、同じものを食べて、同じ時間を過ごす、ここまで行くと管理人とかじゃなくて同居人みたいな関係ですけどね、私達は」


「みかけー!準備できた?」部屋の扉をコンコンではなくガンガンと叩いてくる、流石に壊れるんじゃないか?

「できてるよ、ゆうくんは朝からテンション高いね」と扉越しに返す。

「そりゃあスタートダッシュが大切だしね!」そういうもんなんだろうか?と思いつつ扉を開けるとガツンとゆうくんにぶつけてしまった。

どんだけ近くに居たんだよ、そう思いつつもごめんね、いいよと軽くやり取り、相手だってわざとだとは思ってないだろう。

木林さんがリビングの方からワイシャツを着ながら「まあまあ、みなさん、忘れ物とかないですよね?」と問いかける。

木林さんは色々な家事とかやっているし準備の時間が間に合ってないのだろう。

「と言ってもゆうくんぐらいですが」ちらりとゆうくんの方を見つめた。

その視線に気がついたかのように少し不満げに「なんだよーいつも忘れ物してるみたいじゃんか」とプンプンしている、が。

「この前」ジロリと睨む「スマホ忘れて出先で迷子になったひとって誰でしたっけ?」優しいけどこの人怖いな。

先程までの威勢はどこにやらしゅんと小さくなって「はい……それはマジですみません……」とか細い声で謝っている。

皆がそれぞれ靴を履きながら木林さんはなにか気がついたように「水影くんにもスマホ買わなきゃですね」と、やっぱり迷子にはさせたくないのだろうか?

自分のもそろそろ寿命っぽいですし一応とも呟いていた。

「準備ができてるなら行きましょうか」

靴をトントンとつま先を叩き、外から合図のようにクジラの鳴き声、それとともに『楽園もどき』の扉が開かれた。



「ふーお疲れ様でした、って皆さん大丈夫ですか?」木林さんは後ろで死にかけてる自分たちを見て驚いてる。

『楽園もどき』から出発して20分ぐらいだろうか、そんなに走ってないのに五、六回走馬灯を見た気がする。

それぐらい視点がぐるぐると回り強いGを感じたのだ。

どうしたらそんな運転になるんだ。

異世界、というかこの世界で一番やばいのって木林さんの運転なんじゃないかな。

後部座席に座ってるふたりとももう風前の灯火と言った感じだろうか、かなりキテる。

「いや、ちょっと、だめかも、休む」とゆうくん、乗り物にもあまり強くないのもあるのかかなりぐったりしてる。

「水影くんもダメそうですか……?」木林さんは心配そうにこちらを覗き込む。

「いえ、大丈夫です」自信はないが多分大丈夫だろう。

「それはよかった!」あまり良くはない「橘くんはやすんでおいて、復活したら後で合流しましょう」

「とりあえず水影くんは一緒に行きましょうか」迷子になったら困るしとちらっとゆうくんの方を見つめる

「今回は、スマホ忘れてないから、大丈夫、行ってらっしゃい……」死にかけているゆうくんは精一杯の返答を返した。



「まあざっと水影くんのはこんなもんでしょうか?」

先程のダウン状態から復活したゆうくんも含め、三人とも両手に多くの荷物を抱えている。

「一人新しくはいるってだけなのにだいぶ色々なもの買ったねー」たしかに、ゆうくんの言う通り、代えの衣服やスマホ、消耗品など。

一人が増えたからと言ってここまで買え揃える必要はあるのだろうか?と自分も不思議と思った。

「あー一応ちょっと多めに買ってるんですよ」最近扉の出現事例が多くなってるらしいし、と続ける。

出現事例が増えることもあるんだ、と少し疑問に思いつつ、車に荷物を乗せる。

先程まで明るかった地面が水色とも緑とも取れるような虹色に照らされる。

ふと頭上からクジラの鳴き声が、ふと見上げるとクジラが太陽を遮っていた、ソラクジラが実態がないっていうのは本当だったんだな。

少し薄暗く、色がついたステンドグラスかのようにキラキラといろいろな光を建物や地面に落とし、絵画のように街中を彩り始める。

それに加えポツポツと雨が降ってきた「あ、雨」と呟く。

「あー降られちゃいましたね、大丈夫ですよ傘ありますから」木林さんは待ってましたかと言わんばかりに荷台を探している。

傘だろうか?先程後部座席に置いてたの見えたけど、と後部座席を見ると傘が置いてあったので扉を開き傘を差し出す。

「あーありがとうございます、どこ置いたのか解んなくなっちゃって」と傘を受け取る。

ゆうくんは少し乱暴に傘を奪って「まだパーティの用意できてない!」と駆け出していってしまった。


『旅行先では現地のスーパーに行って品揃えを見よ』という格言?を聞いたことある。

その場の特産がわかってどういうものが有名だとか、不思議なものが置いてたとかもするそうだ。

が、あまり元の世界と変わらず、色々変わっていてもそういうところはあまり変わらないんだな、と一人しみじみと納得している。

ゆうくんはあれやこれやとスナック菓子を木林さんが引いてるカートに投げ込んでいる。

木林さんはゆうくんが居ない間にそれを戻したりしている、少なくとも投げ入れてる彼はそう行われていることに気がついていないようだ。

静かな攻防を眺めつつふと外をちらりと見る、外はまだカラフルな色を地面に落とし、しとしとと雨をこぼす。

お天気雨みたいな状態、といった具合だろうか?なんとも不思議な光景だ。

それらをみても皆は何も不思議がらず、それが当たり前かのように過ごす、自分だけが孤独な気分になった。



スーパーで買物を終わるころには鯨が離れたのか雨も上がり、遠くから夕日が差してきている。

ふと車に向かって歩いているとなにかを演説している人を見かけ少しちらりと見る。

『異世界人を許すな』『鯨様が怒る』『異世界人は即刻扉に入れ』とプラカードや登りを上げつつ大きな音を出す。

「異世界人はこの世界を壊す存在だ!」「扉に入って帰ってしまえ!」「あいつらはいずれ滅びを生む!」

少しきつい言い方だが、この世界ではやはり自分たちのような存在を良しとしない人がいるのか。

昨日冊子に書いてあった『転移者と明かさない』の理由はこれもあるのか。

言いたいことはわからなくもないが……

はあ、と少しため息を付いて「こっちの道から行くのやめましょうか」と木林さんは心配してくれたのか、別の道に歩き出す。

ゆうくんは「あいつらずっと同じこと言ってるけどそんなことないってわかってんのに不思議」と呟く、ついでに気にしないでいいからなとも言ってくれた。

「どうせあいつら、パッと見ただけで俺等がそうか、そうじゃないかなんて気づかないからな」とハハッと笑う。

それもそうだ、と自分で納得しながらも少し嫌な気持ちとともに車に乗り込む。

車の中で「みんながみんな、ああじゃないですから」と木林さんが慰めてくれた。



……

ここはどこだろうか、さっきまで、友達と山の観光施設に遊びに来ていたのに。

みんなと別れた直後一人になったとき、変な扉が目の前に立っていて、それに入っても特に何かあったわけではないんだけど、さっきまで遊んでいた建物が全部なくなっていた。

わけがわからない、けれど泣きそうになりながらもとりあえず来た道を降りて街まで降りれば何かあるはず。

というかバス停もなくなってた、どうしてだろう、違うところに移動したのかな……。

とりあえず街まで降りれば、と歩みを続ける、負けるな私、泣くな私。


歩き始めてからもう二時間三時間は立つだろうか、夕日も沈み暗くなっている道をスマホのライトで照らしながら歩く、時折地響きのような大きな音が聞こえる。

怖さしかない、一瞬でも気を抜いたら泣いてしまいそうだ。

そういえばスマホで連絡すれば、と思ったが電波は一本も立ってない、それもそうだ、街灯一本も立っていない山の中だし。

そう思いながらふと前を見ると山中に少し古めな建屋が、周囲には大人の人と同世代ぐらいの少年が二人、車から荷物をおろしているようだ。

ここらで住んでる人だろうか、良かった、と少し安堵しかけよっていく。

私の声が少し大きめになりつつも「すみません」と声を掛ける。

その声に反応したのか少年が一人影に隠れてしまった、そういうつもりはなかったのに。

大人の男の人は玄関の前に立ち「どうしました?こんな時間に?」と丁寧に話しかけられる。

奥の時計はもう19時を回っている、もうこんな時間なのか。

「あの、道に迷ってしまって」緊張の糸がほぐれる。

「電波繋がんないし、明かりが見えたから」気がつけば涙がポロポロと流れ出す。

「ちょっと助けてほしいんですけど」初対面の方に助けてというのもちょっとおかしいけど、それでも助けてくれるだろう。

そんな淡い期待をしながらも男の人はあーと悩んで「街中まで送りましょうか?」と、良かった、話が分かる人だ。

自分は少しパニックになってるのか事情を説明する「信じてもらえないと、思うんですけど」涙が止まらない。


「扉に入ったら、なんか建物が消えて」と答えた。

また地響きみたいな音が聞こえた。

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