私が『天気の子』を映画館で三回観た理由
ドラドラ
私が『天気の子』を映画館で三回観た理由
皆さんは、同じ映画を何度も観たことがあるだろうか。
おそらく、多くの人はあると答えると思う。
毎年、決まった季節になるとテレビで放送されるおなじみの映画。
昔、映画館で観て、数年後にテレビ初放送と聞けば、つい最後まで観てしまう作品。
最近では、サブスクのおかげで、好きな映画を、好きなときに、何度でも観られるようになった。
そう考えると、同じ映画を複数回観ること自体は、もはや特別な行為ではないのかもしれない。
では、映画館で、上映期間中に、同じ映画を複数回観たことがある人は、どのくらいいるだろうか。
しかもそれが、仕事や取材ではなく、純粋に趣味としてとなると、少し人数は減るかもしれない。
近年では、煉獄さんを三百億の男に、という言葉とともに、応援の意味を込めて何度も劇場に足を運ぶ推し活も話題になった。
それを否定する気は、私にはまったくない。
誰かの強い思いが作品を支え、記録を更新していくのも、映画という文化の一つの形だと思っている。
ただ、少なくとも昔の私は、そういうタイプではありませんでした。
結婚し子供もできた今は厳しいが、独身時代は、月に三、四回は映画館へ足を運ぶ程度には、映画が好きだ。
それでも、どれほど面白い作品に出会っても、もう一度映画館で観たいと思うことは、なかった。
映画は好きだが、映画館は一度きりの場所だと思っていた。
限られた時間とお金を使うなら、まだ観ていない作品を選ぶのが当然だと、疑いもしていなかった。
もう一度観るなら、テレビ放送や円盤や配信で十分。
映画館は、初体験のための場所。
そんな感覚が、当たり前のように胸の中にあった。
同じ映画を何度も観るという行為は、どこか贅沢で、どこか奇妙で、少しだけ熱に浮かされた人間のやることのように感じていた。
テレビで繰り返し放送される季節ものの映画を、何となく眺めることと、上映期間中にわざわざ同じ作品のチケットを買い、同じ席に座り、同じ暗転を待つ行為は、まったく別のものだと思っていた。
それでも気づけば私は、その「別のもの」を、何度かした。
しかもその理由は、映画そのものの完成度や、話題性や、興行成績だけでは説明できない。
そこには、当時の私の立っていた場所があり、心の天気があり、人生の空模様が、はっきりと重なっていたのだと思っている。
結果として、映画館で、上映期間中に同じ作品を観た映画は、三つだけある。
そのどれもが、作品以上に、当時の自分自身と深く結びついている。
◇ ◆ ◇
一つ目は、『シン・ゴジラ』だ。
日本のゴジラが久しぶりに復活する。
そんな触れ込みだけでも、十分すぎるほどの話題性があった。
私は公開初週に、一人で映画館へ足を運びました。
正直なところ、期待と不安は半々だったと思う。
二年前には、ハリウッド版の『GODZILLA』が公開されていた。
海外の大作映画としての迫力や映像表現を、否応なく見せつけられたあと、日本のゴジラは、果たしてそれとどう違うのか。
同じゴジラを描きながら、どこで勝負するのか。
あるいは、比べられることで、見劣りしてしまうのではないか。
そんな考えが、映画館の暗転を待つ間も、頭のどこかに残っていた。
だが、観終わったあと、その不安はきれいに消え去った。
衝撃的だった。
怪獣映画でありながら、もし今の日本で同じ事態が起きたら、どう対応するのか。
その一点を、徹底的に現実に寄せて描かれていました。
混乱、会議、報告、判断。
誰かが明確に悪いわけではないのに、事態だけが、少しずつ悪化していく。
その息苦しさが、妙に現実的で、目を逸らせなかった。
映画館を出たあと、しばらく言葉が出なかった。
面白かった、という一言では、どうしても足りなかった。
後日、会社で同僚にどうだったと聞かれ、私は結局、面白かったよ、とだけ答えた。
だが、そのまま話は終わらず、何なら一緒に行こうか、という流れになった。
そして、私は二度目の『シン・ゴジラ』を観た。
同じ映画なのに、見えるものが違っていた。
一回目は圧倒され、二回目は、登場人物たちの判断や言葉を冷静に追うことができた。
そのとき、私は気づいた。
同じ映画を映画館で観ることに、もう抵抗を感じていない自分に。
◇ ◆ ◇
二つ目は、『この世界の片隅に』だった。
戦時中の広島で生きる人々を描いたアニメ映画。
広島県民である私にとって、この作品は、単なる映画ではなかった。
私はこれも公開初週に、一人で観に行った。
派手な演出もない、静かな映画だった。
けれど、日常が、少しずつ削られていく。
それがどれほど残酷なことなのかを、静かに突きつけられる映画だった。
年末、実家に帰省したとき、家族で映画でも観に行くか、という話になった。
他の家族は、まだこの作品を観ていなかった。
じゃあ、これにしようか。
その決定に、誰も異論を挟まなかった。
私は、映画館で二回目を観ることに、迷いを感じなかった。
むしろ、もう一度観たいと思っている自分に気づいていた。
同じ場面なのに、目が行く先が違う。
一回目には気づかなかった仕草や、沈黙の意味が、胸に刺さる。
映画は、観る人の立場や、置かれている時間によって、姿を変える。
そのことを、はっきりと実感した瞬間だった。
◇ ◆ ◇
そして、三つ目が、『天気の子』だ。
前作『君の名は。』が社会現象となり、新海誠監督の名前は世界に広まった。
その新作ということで、公開前から注目度は非常に高かった。
私は迷うことなく、初週に映画館へ行った。
面白かった。
映像は美しく、音楽も心に残った。
だが、映画館で何度も観るほどかと言われれば、正直なところ、そうではなかった。
少なくとも、その時点では。
それなのに、私はこの映画を、結果として三回も映画館で観ることになる。
◇ ◆ ◇
当時、私は三十二歳、独身だった。
親からは、そろそろ結婚を、と言われ始めていた。
職場でも、同僚だけでなく、後輩たちまで次々と家庭を持ち始めていた。
就職してから、女性と付き合ったことはなかった。
職場に女性はほとんどおらず、合コンやイベントに参加する勇気もなかった。
このままではいけない。
そう思いながら、何も行動できずに、時間だけが過ぎていく。
そこで頼ったのが、結婚相談所だった。
某結婚情報誌を出版している会社が運営する相談所。
登録場所は広島市内。
住んでいる場所からは、高速を使っても二時間近くかかる。
月会費に加え、移動費もかさむ。
決して軽い負担ではなかった。
それでも、必死だった。
◇ ◆ ◇
お見合いをして初めてまた会ってみたいと言われた人との、三回目のデートで観に行ったのが、私にとっては二回目の『天気の子』だった。
私は、そのとき、初めて観るという体で映画館に入った。
二週間ぶりの『天気の子』。
面白かったが、一回目ほどの感動はなかった。
その方とは、もう一度会ったあと、相手からお断りとなった。
週末のたびに、広島市へ通う生活。
一日に複数人と会う日もあり、泊まりがけで土日を使うこともあった。
出会った人数は、十人ほど。
次も会ってもいいと言われたのは、四人くらいだったと思う。
◇ ◆ ◇
三回目の『天気の子』を観に行くことになったのは、その四人の中の一人だった。
二回目だけど面白いからいいよ、と伝えていた。
本当は三回目なのだけれど。
映画館を出たあと、外は雨だった。
その雨は、不思議とよく覚えている。
観終わったあとに一緒に立ち寄った喫茶店に、傘を忘れて帰り、二週間後に取りに行った。
そんな些細な出来事まで含めて、あの日の雨は、私の中に残っている。
結局、その三回目を一緒に観た人が、今の妻だ。
後になって振り返ると、あの時期の私の人生は、ずっと曇り空だったように思う。
時々、強い雨が降り、足元が見えなくなる。
それでも、立ち止まりながら、前に進んでいた。
『天気の子』は、人生を劇的に変えた映画ではない。
運命を一瞬で塗り替える作品でもない。
ただ、あの頃の私の時間に、静かに寄り添っていた。
物語の中で、天気は、主人公の背中を押し、行く手を阻む。
晴れは希望を、雨は迷いを象徴する。
けれど、現実の天気は、もっと曖昧だ。
晴れていても、不安は消えない。
雨が降っていても、前に進むことはできる。
あの頃の私は、答えの出ない問いを抱えながら、週末ごとに車を走らせていた。
天気を理由に、諦めることも、進むこともなかった。
◇ ◆ ◇
最後に、創作に関わる人におすすめしたい映画がある。
それは『映画大好きポンポさん』だ。
映画作りの現場を描いた作品で、撮影しては主人公が理想とする上映時間にするために削り、悩み、また撮り直す。
今でも録画に残しているし、小説を書くようになってから観返すと、その姿は、小説を書くことにも通じていると感じた。
アニメ作品ということもあり構えずに観ることができ、上映時間も九十分ほどと短い。
少し疲れている日でも、創作に行き詰まった夜でも、無理なく手に取れる一本だ。
映画に限らず、何かを作ることに関わる人には、ぜひ一度観てほしいと思っている。
創作とは、晴れの日だけで進むものではない。
曇りや雨の日を抱えたまま、それでも続ける行為だ。
私が『天気の子』を三回観た理由は、映画そのものではない。
あの頃の自分が、何度も同じ場所に立ち、空を見上げていたからだ。
天気は、変わる。
だが、変わらない思いもある。
あの曇り空の下で、私は、確かに前へ進んでいた。
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