コーヌコピアの夜

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コーヌコピアの夜


コーヌコピアの夜


冬がいちばん深くなるころ、私は毎年、世界から少し距離を置く。

窓の外は凍るように静かで、昼間の光は弱く、体は自然と眠りを欲しがる。私はそれを「冬眠」と呼んでいる。


昼はうとうとと浅い眠りを繰り返し、夜になると、なぜか目だけが冴えた。


それは昔からの癖で、世界が眠りにつく頃に、私の内側だけが目を覚ます。

私の部屋には、冬を越えるための宝物がある。

茶道のエッセイ本。

レトロな喫茶店の写真を集めた大きなムック本。

スヌーピーの禅語の本。

京都の喫茶店をめぐる、静かな文章のエッセイ。


それらは子ども部屋のおもちゃ箱のように私にはワクワクするものたち。本を開くたび、私の心は「遊んで」いた。

時間を忘れ、現実を忘れ、ページの奥へとすべり込む。それは、大人になった私だけが知っている遊び方だった。


子どもたちがぬいぐるみを散らかし、床いっぱいに夢を広げるように、私は本を積み上げ、思考を広げる。


それは静かで、誰にも邪魔されない、ひとりだけの祝祭。


ある夜、私はふと「コーヌコピア」という言葉を思い出した。

豊穣の角。

溢れ出す幸せの象徴。


この部屋も、そうなのかもしれない。

何も生産していないように見えて、ただ眠り、本を読み、呼吸しているだけなのに、心は満ちていた。

そのとき、不思議な気配がした。


角の長い、レインボーカラーのユニコーンが、部屋の片隅にいるような気がしたのだ。


「ちゃんと冬眠できてるね」

そう言われた気がして、私は笑った。

ユニコーンは、子どものための存在だと思っていた。でも、きっと違う。

遊びを忘れない人のところへ、年齢なんて関係なく現れるのだ。


「ハンドケアもして、いい匂いのつるつるの手にしようね」

そんな声が聞こえた気がして、私は思い出す。

取り寄せたまま忘れていた、南フランスの香りのハンドクリーム。

ふたを開けると、花束のような香りが広がった。

指先に塗り込み、ゆっくりと手を包む。

本をめくるたび、その香りが立ちのぼり、まるで南仏の庭園を歩いているようだった。

深く息を吸う。


豆乳入りの珈琲をひとくちすする。

その瞬間、胸の奥がふっとゆるんで、なぜか不覚にも 涙がにじんだ。


悲しいわけではない。むしろ逆だ。

こんなにも静かで、こんなにも満ち足りた時間が、自分に許されていることに、驚いたのだ。


「いい時間だね」

ユニコーンはそう言って、レインボーカラーのたてがみを優しくゆらして、はにかみながら にこにこしている気がした。


全世界の遊びを愛する人類のアイドル。

レインボーカラーのその姿は、真面目になりすぎた大人たちの心を、そっとほどくためにいるのだろう。


私はまた本を開く。

夜はまだ長い。

冬は深い。

けれど、この部屋には、確かにコーヌコピアがあった。


溢れるほどの豊穣が、静かに、確かに、私の中に息づいていた。








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