第5話 晴天の雪原

 白煙が晴れると、そこには眩しい青空だけが広がっていた。

 天井に空いた大穴から暖かい陽光が降り注いでいる。あの永遠に続くと思われた猛吹雪も、魔人が消えたことで嘘のように霧散していた。


「……ふぅ。少々、やりすぎましたか」


 俺は赤熱してパチパチと音を立てるパイルバンカーを撫でながらため息をついた。

 右腕に巻きついていた幼竜はエネルギーを使い果たし、手乗りサイズに縮んでぐったりと眠りこけている。

 だが問題はまだくっついている「人間」の方だ。


「はぁ、はぁ……聖女様……」

「ん……あったかい……」


 四人一丸となって放った砲撃の反動は凄まじく、俺たちはまだ重なり合ったままで息を切らしていた。

 背中にはリーゼロッテの心拍が直に響き、太腿にはセツナが顔を埋め、右腕にはヴェロニカが濡れた髪ごと絡みついている。魔人は消えたが、俺たちの体温だけは危険なほど高まったままだ。


「素晴らしい……!神すら畏れるあの一撃、生涯忘れられません!もっと……もっと貴女様に撃ち抜かれたい!」

「離れられない……。ご主人様の匂い、濃くなった」


 リーゼロッテが背中から強く抱きしめ返し、セツナは俺のドレスの布地に頬ずりをする。ヴェロニカも汗ばんだ額を俺の肩に乗せて妖艶に笑った。


「本当に、底が知れないお嬢ちゃんだわ。……あんなデタラメな方法で『天気』まで変えちゃうなんてね。身体中が痺れて動けないわ」

「……そうですか。それは重畳。ですが、そろそろ離れていただけますか?重いです」


 俺は苦笑し、なんとか身をよじって立ち上がる。名残惜しそうに離れる彼女たちの熱気が、雪原の冷気を和らげてくれるようだ。


 足元には砕け散った黄金の破片が転がっている。かつてランプだったものの残骸だ。魔力は完全に失われ、ただのくすんだ金属クズになっていた。


「これが『願い』の代償ですか。……高くつきましたね」


 もしあの時、俺が過去へ戻ることを願っていたら。俺は本当にヴォルフガング・シュタインに戻り、この面倒な聖女の身体とサヨナラできていたのだろうか。


(……いや、考えまい)


 俺は首を振った。

 戻れたとしてもそこにはもう、こいつら(共犯者たち)はいない。

 やかましくて、重くて、鬱陶しくて――かけがえのない仲間たちは。


「……どうなさいました、聖女様?」


 リーゼロッテが不思議そうに俺を覗き込む。俺はランプの欠片を放り投げると、ふわりと微笑んだ。


「いいえ。……肩の荷が下りただけですよ」


 そう。俺の願いはもう叶っている。

 このクソ寒い雪山から生きて脱出し、温かい風呂と食事にありつく権利を手に入れたのだから。それ以上の『国』だの『永遠』だのは、今の俺には過ぎた荷物だ。


「さあ、帰りますよ子羊たち。今日はとびきり熱いシチューにしましょう」


 俺が歩き出すと三人は顔を見合わせ、嬉しそうに頷いてついてきた。

 雪道はまだ続いている。だが出口は近い。

 降り注ぐ陽光と、俺を取り囲む彼女たちの体温があるからだ。


 俺は空を見上げた。突き抜けるような蒼穹。

 過去は変えられない。失った体も年月も戻らない。だが、見上げる空の色だけは自分の手で変えることができる。


(やれやれ。……自分の足で歩く帰り道は、思ったよりも悪くないな)


 俺は懐から最後の飴を取り出し口に放り込む。甘く辛いニッキの味が広がる。

 聖女のすすけたスカートの中には重い鉄と、ほんの少しの温かい希望が残っていた。

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聖女のスカートの中には、祈りよりも重い鉄がある V ~魔法のランプは、「鉄の意志」を夢見るか?~ すまげんちゃんねる @gen-nai

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