第10話 名を持つ者
朝は、
静かに訪れた。
異能の光は、
もう街にない。
それでも、
太陽は昇る。
ラグは、
瓦礫の上に立っていた。
中央都市ルミナス・コア。
かつて、
秩序の象徴だった場所。
今は、
人の声が戻りつつある。
怒号でも、
命令でもない。
相談する声。
呼びかける声。
刻印に頼らない、
不器用な音。
ラグの胸にある刻印は、
まだ残っていた。
薄く、
だが確かに。
彼だけが、
異能を保っている。
その事実は、
祝福ではなかった。
重荷だ。
「……ラグ」
背後から、
声がした。
イーラだった。
疲れた顔。
だが、
目は澄んでいる。
「各区画で、
臨時の集会が始まってる」
「代表を、
決めたいそうだ」
ラグは、
頷く。
「俺は、
行かない」
イーラは、
少しだけ驚いた。
「もう、
戦いは終わった」
「これからは、
あの人たちの番だ」
彼は、
街を見渡す。
刻印者。
無刻印者。
その区別は、
もう意味を持たない。
「……でも、
あなたは象徴よ」
イーラの言葉に、
ラグは首を振る。
「象徴は、
いらない」
「名前があれば、
それでいい」
イーラは、
少し笑った。
「あなたらしいわ」
そのとき、
一人の少年が走ってきた。
「兄ちゃん!」
息を切らし、
目を輝かせている。
「手伝ってほしい!」
「橋が、
崩れかけてて!」
ラグは、
少年を見る。
刻印は、
ない。
それでも、
必死だ。
ラグは、
一瞬だけ迷い、
胸に触れた。
刻印が、
淡く光る。
これを使うのは、
最後にしよう。
彼は、
橋へ向かう。
人々が、
力を合わせている。
木材を運び、
縄を結び、
声を掛け合う。
そこに、
重力が加わる。
ラグの異能が、
橋を支えた。
歓声が、
上がる。
だが、
長くは続かない。
刻印が、
ひび割れた。
光が、
霧のように散る。
「……終わりか」
ラグは、
静かに呟く。
膝が、
崩れた。
支えられる。
少年の手。
大人の手。
人の手だ。
「ありがとう!」
誰かが、
叫ぶ。
ラグは、
微笑んだ。
「気にするな」
胸の刻印は、
完全に消えていた。
熱も、
残っていない。
ただの、
人だ。
それで、
よかった。
数日後。
都市の中央広場に、
簡素な掲示板が立てられた。
役職名も、
称号もない。
ただ、
名前だけが並ぶ。
ラグの名も、
そこにあった。
役目は、
「手伝い」。
それで、
十分だ。
ラグは、
空を見上げる。
澄んだ青。
異能も、
刻印もない世界。
不安は、
尽きない。
だが、
選べる。
奪われずに、
自分で。
彼は、
歩き出す。
名を持つ、
一人の人として。
この世界で。
――終わり。
刻印なき世界で、名を呼べ 塩塚 和人 @shiotsuka_kazuto123
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