第9話 文明の終焉


最初に、

音が消えた。


都市を満たしていた、

低い振動。


異能制御回路が発する、

絶え間ない唸り。


それが、

嘘のように途切れた。


ルミナス・コアの空が、

色を失っていく。


刻印の光が、

街路から、

建物から、

人々の身体から、

一斉に薄れていく。


「……なにが、

 起きてる?」


誰かの声。


混乱は、

すぐに広がった。


刻印者たちが、

自分の腕や額を見つめる。


触れる。

確かめる。


「光らない……」


「能力が……

 出ない……」


恐怖が、

都市を包む。


これまで、

呼吸のように使っていた力。


それが、

突然なくなった。


ラグは、

中央塔の高台から、

その様子を見下ろしていた。


胸の刻印が、

微かに熱を残している。


自分だけが、

例外だ。


その事実が、

重くのしかかる。


街の一角で、

事故が起きた。


浮遊異能で支えられていた建物が、

崩れ落ちる。


悲鳴。


刻印に頼り切っていた生活が、

一瞬で牙を剥く。


「落ち着いて!」


誰かが、

叫ぶ。


だが、

秩序は戻らない。


管理局は、

沈黙していた。


命令も、

指示も、

降りてこない。


文明は、

異能に依存しすぎていた。


ラグは、

歯を噛みしめる。


「……間に合え」


彼は、

通信端末を起動した。


イーラから、

送られてきた最後の情報。


《刻印停止後、

 数時間は混乱が続く》


《だが、

 都市機能の一部は、

 手動に切り替え可能》


《人が動けば、

 立て直せる》


信じるしか、

なかった。


ラグは、

塔を下りる。


街に、

足を踏み入れる。


人々の視線が、

一斉に向けられる。


恐怖。

怒り。

期待。


すべてが、

混ざった目。


「お前が、

 やったのか!」


怒号が、

飛ぶ。


ラグは、

立ち止まらなかった。


「壊したのは、

 刻印の支配だ」


「文明じゃない」


声は、

震えていた。


だが、

止めなかった。


「これからは、

 自分で動け」


「支え合え」


「刻印がなくても、

 生きられる」


誰かが、

笑った。


嘲笑。


「綺麗事だ!」


「今まで、

 誰が楽をしてたと思ってる!」


その言葉に、

ラグは向き直る。


「俺もだ」


静かな声。


「俺も、

 踏みにじられてきた」


「それでも――」


拳を、

握る。


「奪い返すだけの世界は、

 もう終わりにする」


沈黙が、

広がる。


そのとき。


倒れていた刻印者が、

立ち上がった。


「……手を、

 貸してくれ」


彼は、

無刻印者に向かって言った。


初めての光景だった。


躊躇。

だが、

差し出された手。


握られる。


人の手だ。


刻印ではない。


それが、

連鎖していく。


一人が立ち、

また一人が立つ。


都市は、

混乱の中で、

形を変え始めていた。


ラグは、

空を見上げた。


灰は、

降っていない。


それでも、

澄んではいない。


中途半端な空。


今の世界と、

同じだ。


文明は、

終わった。


だが、

人は残った。


ラグは、

胸の刻印に触れる。


この力も、

いつかは消える。


そうでなければ、

意味がない。


彼は、

歩き出す。


崩れた文明の中を。


終わりの先へ。


次に作るのは、

支配ではない。


選び続ける、

世界だ。

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