第2話 「地下の少女」
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西暦二〇五六年。東京の地下深くに建造された、アサカワ製薬・第3特殊物理研究室。ここは、この国で一番、空気が悪い場所だ。腐った野心と、焦げついた回路の臭いが、常に肺の奥にまとわりつく。
豊色理花は、十四歳になった。だが、彼女の瞳に映るのは青春の一頁ではない。研究室の壁一面を覆うモニターに映し出される、荒廃した「外の世界」のニュース映像だ。
『――昨夜未明、第4スラム街にて未確認生物の襲撃が発生。死傷者は十二名……』
映像の中では、皮膚が不自然に硬質化し、筋肉が異常に肥大した異形の犬が、浮浪者を食い殺していた。それは詩島博士の研究ではない。亡き父・豊色匠が提唱した「新物理法則」を歪めて応用し、生み出された哀れな怪物だった。
「酷いもんだな。また俺たちの“ゴミ”がニュースになってるぞ」
背後から、へらへらとした笑い声が聞こえた。浅川だ。八年前、理花を拾ったハイエナ。
高級な葉巻をふかしながら、彼は遠慮なく理花のデスクに足を乗せている。
「他人事みたいに言うのね、浅川。……それと、その臭い足を私の机からどけてくれない?」
理花はモニターから視線を外さずに言った。
「あれの物理演算を書いたのは私かもしれない。でも、失敗作をスラムに捨てたのは、あんたよ」
「人聞きが悪いな。あれは“現地での実地テスト”だ」
浅川は煙を吐き出し、悪びれもせずに続ける。
「それに顧客も喜んでる。スラムの住民が減れば、治安維持コストが浮く。一石二鳥だ」
理花は唇を噛んだ。浅川が八年間、理花に要求してきたことは二つだけだ。一つは、探知されない違法薬物の開発。もう一つは、新物理法則を応用した生体兵器の製造。
「……時々、不思議に思うわ」
理花は浅川を見上げる。
「どうしてコメリカほどの超大国が、こんな極東の製薬会社に、軍事機密レベルの汚れ仕事を頼むのか」
浅川は肩をすくめ、薄く笑った。
「金と責任を、表に出さずに処理できる。それだけの理由で、ここは選ばれたんだ」
理花は反吐が出るのを堪えた。資金洗浄と責任転嫁。手を汚さずに利益だけを吸い上げる、完璧で醜悪な共生関係。それこそが、彼女が八年間、この白い檻に閉じ込められている理由だった。
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