第3話 「白衣の中の爆弾」

「……分かったわ。話はそれだけ?」

理花は壁の〈火気厳禁〉プレートを睨む。

「その葉巻、消して。ここは火薬庫と同じなのよ」

浅川は気圧され、慌てて足を下ろして葉巻を揉み消した。

「……そういえば、例の“特殊部隊”の話は聞いたか?」

浅川は忌々しそうに吐き捨てる。

「詩島博士が作り上げた、特別な身体能力を持つ少女たちの部隊だ」

(身体能力ね)

その言葉だけが、なぜか耳に残った。次の瞬間、理花の内側で何かが軋んだ。怒りでも、恐怖でもない。もっと根の深い、名前を持たない反応。理花は知っていた。この感覚が、父のものだけではないことを。

外の世界では、特殊部隊と反政府レジスタンスが衝突し、力だけが秩序を決めている。

だが、理花は檻の中にいる。

「私は、ここで指をくわえて見ているつもりはないわ」

内なる感情を浅川に悟られないように言う。

「納期は守る。……あんたが私の邪魔をしない限りはね」


そのときだった。

ビイイイイイイッ――!

不協和音のような警報が鳴り響き、研究室の照明が赤く染まる。モニターに〈物理防壁・崩壊〉の文字が踊った。

「……チッ。私の計算式に、“他人の無能さ”という変数を入れる必要があったみたいね」

理花が舌打ちするより早く、強化ガラスの向こうで“それ”が動いた。体長三メートル。

新物理法則によって筋繊維密度を鋼鉄並みに高められた、強化グリズリー。設定ミスによるエネルギー暴走。凶暴な覚醒。

グオオオオオオオッ!!

バシャァァァン!!

強化ガラスが飴細工のように砕け散った。

こいつは今までのエラーとは物が違う。スラムにポイ捨てできるレベルではない。解き放たれた一トンの暴力。逃げ遅れた研究員が、一撃で壁のシミへと変わる。

「うわあああ!」

逃げ惑う所員たち。グリズリーが腕を振るたび、薬品の入った瓶が割れていく。研究所中がツンとする異臭で充満した。

「……最悪ね」

理花は背筋が凍った。揮発性のエーテルに、ニトロ化合物。地下に作られた閉鎖空間、そして回っているのかどうかも分からない換気扇。この研究所はすでに巨大な爆弾と化している。

「た、助けてくれぇ理花ちゃん!」

浅川が腰を抜かし、理花の足元にすがりつく。理花は浅川を見据えて言った。

「あんたの煙草の煙が、この事態を引き起こしたのよ」

もちろん皮肉だが、あながち間違いでもない。こいつの撒いた種だ。

理花は瞬時に演算(ロジック)を走らせる。逃げ道はない。ハンドガンも使えない。残された手札は、一つだけだった。


白衣のポケットの中。指先に触れる、粘土のような感触。軽い。小さい。だが、致命的に危険な塊。ほんの豆粒ほどの量でも、誤ればここ一帯を吹き飛ばす。この地下研究室ごと、自分もろともだ。

理花は一瞬だけ躊躇した。

――使えば、もう戻れない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

アポカリプス・ロジック @nihi5310

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画