第6話 二年ぶりの再会は、秋の本屋とバラの香り。


◇◇◇


1 幹事会の待ち合わせは、本屋


「幹事会をしよう。」


幹事会といっても、実際に会うのは二人だけ。

コロナ禍の頃から、会う口実のように続けていた。


待ち合わせは江別の本屋。

煉瓦造りの、食・知・暮らしの三棟からなるライフスタイル提案型書店だ。


店内には、コーヒーの香りがふんわりと漂っている。




約束よりだいぶ早く着いた伸子は、本の背表紙をひとつひとつ眺めていた。




「やっぱり、日本の本屋っていいな……」




そっと肩に触れる手。振り向くと――そこに響香がいた。


目があった一瞬、時間が止まったように感じた。


「元気そうで、よかった」




伸子は思わず小さく息をのんだ。


そして、言葉にならない気持ちを込めて、そっとつぶやく。




「……おかえり」




◇◇◇




2 会えていない孫




カフェスペースの横を歩きながら、響香が少し声の調子を変えて話しかけた。




「凛ちゃん、元気? 伸子さん、帰ってきて喜んだでしょう?」




「二年なんて、あっという間ね」




伸子は、娘から届いた孫・凛の写真を思い浮かべながら答えた。




「ランドセルの色、驚かなかった?」




「うちの子は薄紫よ」




「うちは黒に赤のストライプ。コンサドーレカラーなの」




「今どきはタブレットも入るランドセルなんですって」


一瞬、二人とも黙ってほほえむ。


「うちの孫は、一年生でノートパソコンまで配られたそうよ」



「小学生の進化についていけないわね」




◇◇◇




3 園芸コーナーと未希のメモ




「凛ちゃん、おませさんになってたんじゃない?」



響香が聞くと、伸子は少し照れたように笑った。



「実はまだ会えてないの。先週の未希のイベントに来られなかったのよ。旦那さんの実家に泊まる予定だったし」



「……そっか。……ありがとう。この時間、私たちのために作ってくれたのね」



「会いたかったもの。ずっと。凛にも、明日には会えるわ。もうすぐ誕生日だしね」



「凛ちゃんが生まれたのって、秋バラが咲き誇ってたころだったものね。そういえば、アンジェラはどう?」




「未希ったら、忙しいのにバラの本まで買ってくれて。本当にありがたいわ」


ちょうど、園芸コーナーの横をとおったときだった。


「“クエスチョン(?)強剪定”って、ページにメモまで挟んでいたの。」


【?・強剪定】

長旅の留守中に未希が残したメモのことを、伸子は響香に話した。


平台には、未希が選んだ本『はじめてのバラ』が積まれている。


「この本よ。」


その表紙には、背丈ほどもある大きなピンクのバラの鉢植えの横で、作者の似顔絵が微笑んでいた。



―気軽に楽しく、満開に!



「初心者にも分かる言葉で書かれてるといいけど……」



ページを開くと、「強剪定――枝先を長く切る」とある。




「初心者にはちょっと難しいわね。剪定って言葉自体が、もう壁みたいなもの」




二人は目次を探し、剪定のページを見つけた。


メモが挟まれているページだ。



「ピエール・ド・ロンサール」「6月リセット」「モンスター化」――


読むだけで戸惑いそうな言葉に、二人は思わず笑みをこぼした。


「バラのモンスター化、たしかに怖い。」

「ふふ」


「……クエスチョンとびっくりマークの百連発だったでしょうね、未希」




伸子は旅先でも見ていたという、作者のユーチューブの話をそっとした。


海外で名前も知らず見ていた著者の誠実な声が、再び聞こえてきた気がした。


「私もみてみよう。」

響香は、著者の名前を手帳に書き込んでいた。

◇◇◇




4 春の剪定、そしてバラの芽




「剪定、どうしてる? 北海道仕様の本ってあまりないよね」




「結局、自己流よ。早春、誰も気づかないくらいの時期に」




「でも切らないと大変になるのよね。気づいた頃には、もう遅いし」




本屋のカフェ奥にある大きな窓の外に目をやると、秋の緑が目に飛び込んできた。




響香は、雪の下から芽を出したバラを思い浮かべる。




ポンポネッラの枝先に、小さな光のような芽が見えるようだった。




ハサミを手に取った春の自分を思い出す。


枝を見つめ、想像力を働かせながら剪定をしていた日々。




伸子とかたれなかった二度の春が、この再会で彩を増し、戻ってきたように感じられた。



◇◇◇




5 べらぼうベンチ




「あそこよね。おととしの秋、幹事だよりを出したの。覚えてる?」




響香はベンチを指さし、答えを待たずに続けた。




「あのベンチを見ると、いつも悔しくなっていたの。あの日、何を食べたのか思い出せなくて。でも、やっと思い出せたわ。中のフードコートで、ラーメンだったわ」




「ラーメンでも、いいよ」




伸子は笑って言った。




何を食べたいかなんて、ほんとうは、どうでもよかった。




「まさか。絶対今日は、メモリーよ」




ふたりは本屋の裏の木々に目をやりながら、裏口へと歩いた。




木々からの風がそそぐベンチに、「五分だけ」と腰かけた。




「べらぼうよ……こんな時に使う言葉かな?」




ふと話題は飛び、NHKの大河ドラマの話かと思えば、そうでもなかった。




「来年の大河は蔦屋重三郎なんだって。本屋にはもう関連本がずらっと並んでるわね」




思い返せば、おととしの秋も、コロナの嵐が行ったり来たりしていた。




ふたりは花人クラブの幹事として、エンタメの企画を練っていたが、風向きはいつも気まぐれだった。




結局、各自が5、6枚の「幹事だより」を作って持ち寄り、


メモリーの庭を散策し、このベンチで封をして、食事会の代わりにした。




幹事としての計画はどれも不発だった。




それでも、ふたりの、花フェスはなふるのそれぞれの視察や銀河庭園での企画づくり――


まるで学祭の準備のように、べらぼうに楽しかった。




どれもが、セピア色の青春のページのように、静かに輝いていた。




「べらぼう――」




使い方はちょっと曖昧だけれど、あの時間にはぴったりの言葉だった。




「うん、素敵」




二人の前を、幼子を連れた同世代の女性が横切った。




そして後から、肩に白地のバッグをかけた母親らしい女性が、ゆっくりとスマホを見ながらついていく。




「明日、凛ちゃんに会うの楽しみだね」




あたたかかった空気は少しだけ冷たくなり、秋の匂いをいっぱい含んでいた。




ふたりはベンチを立ち上がり、静かに伸子の車へと歩き始める。




響香は一瞬足を止めて振り返った。




「べらぼうベンチ」




伸子の車に向かう道すがら、過ぎ去った時間のひとつひとつに、


歩く足音がそっと重なり、柔らかい光の粒となって心に落ちていくようだった。



◇◇◇


第7話へつづく


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