第2話エルコンフィールドの風に吹かれて ――みずと笑いの芝居
一方そのころ、伸子の二女・未希は、恵別にある自宅で、かつて母と一緒に作った紙芝居を、ファイターズのロゴが入った青い袋にそっと詰めていた。
人形のキュンタちゃんとしまえながちゃんにも「一緒にいこうね」と声をかけながら、その袋の中へ入れる。
小学1年生になった凛は、お気に入りの紫のバッグを持ちながら、
「北広嶋で待ち合わせだね」
と嬉しそうに言い、お泊りの準備を進めた。
◇
足を運んだのは、母・伸子が暮らす北広嶋。
この街には、二年前に誕生した球場―― エルコンフィールドがある。
この日、未希は娘の凛を夫の実家に預け、
エルコンフィールドのイベントで紙芝居の読み聞かせをしていた。
◇
北海道で、札張さっぱりドームに次ぐ規模を持つエルコンフィールド。
試合がない日でも、広々とした空間を楽しみに、多くの人々が訪れる。
芝生では子どもたちが走り回り、
若い夫婦が交互にベビーカーを押す姿も目立つ。
未希の前で、よちよち歩きの子どもが転び、
大人たちが思わず息を呑んだかと思うと、
泣かずに立ち上がり、
周りに満面の笑みを向けていた。
◇
未希の紙芝居はこの日、二度目の公演。
なかには、わざわざ足を運んでくれたリピーターの姿もあった。
「ここは、地下のお水を増やすために大切な場所なんだ。
雨が降って、お水が地面にしみこむと、地下のお水が増えるんだよ。ええがな。」
シマエナガちゃんが、まるで博士のように説明する。
「すると、キュンタは言いました。
『へえ、へえ、へえ! しまえなが博士、さすがすごいこと知ってるね!
公園が地下水を増やすお手伝いをしてるんだね!』」
◇
次のページをめくると、秋の風が吹き抜ける。
未希はやさしい声で続けた。
「シマエナガちゃんとキュンタは、みんなに教えてあげることにしたよ。
みんなも、お水を大切に使ってね。雨がやんだら公園に行こう。
地下水が増えるように、みんなで協力しよう!」
◇
紙芝居の世界に、目の前の子どもたちが入り込んでいる。
未希のまわりには、たくさんの親子が集まり、
その姿を見守っていた。
ジャンパーを着た親たちの後ろに、
いつの間にか未希の義母・春江が、凛と手をつないで立っていた。
紙芝居が終わると、温かい拍手が起こった。
満足そうな未希の顔を見た凛は、そっとささやいた。
「はるえちゃん、本番はこれからだよ。」
――まるで舞台の幕が切り替わるように、
昭和のカセットデッキのボタンが、カチリと押された。
「じゃーじゃーン!」
ツピッピと、かわいい鳥の鳴き声も加わり、
芝居の第二幕の始まりを知らせる。
◇◇◇
未希は紙芝居をファイターズの紙袋にしまい、
指にはシマエナガちゃんとキュンタの人形をはめ、動き出す。
一見アドリブに見える母の人形劇には、プロデューサー役の凛のアイデアがいくつも詰まっていた。
《シマエナガちゃんとキュンタの公園劇場》
〜地下水と笑いとマイクラと〜
◇◇◇
シマエナガちゃん「ねえキュンタ、公園では何を増やすお手伝いしてるんだっけ?」
キュンタ「え? えっと……なんだっけ?」
シマエナガちゃん「ちゃんと聞いてたの? もしかして……早く帰ってマイクラやろうと思ってたんじゃない?」
キュンタ「おもってないもん!」
シマエナガちゃん「未希さんが言ってたよ。キュンタ、最近公園に来ないのは、マイクラばっかりやってるからだって」
キュンタ「ちがうよ! ただ、マイクラのアイテムが気になるだけなんだ。君の兄弟たちも見かけないけど、大丈夫なの?」
(観客の子ども、マイクラ柄のトレーナーを着てニッコリ)
◇
シマエナガちゃん(絵を見せながら)
「これ見て。山と畑、公園のまわりで、熊や鹿、人間もみんなで笑って暮らしてる“マイクラの町”の絵だよ!」
キュンタ「うわ〜、いいねえ」
シマエナガちゃん「でも……ぼくら、絵の中にいないじゃない?」
キュンタ「定員オーバーだったんだ。だから、アイテム探してるのさ」
シマエナガちゃん「どんなアイテム?」
キュンタ「公園にある……あれだよ!」
◇
未希(近くの子どもに)「なんだったか覚えてる?」
子ども「ちかすいー!」
シマエナガちゃん「こんなに大きな声で答えられるなんて、えらい!ええがな!みんな拍手〜!」
キュンタ「あの〜、そこのおばちゃん! マイクラ知ってる? アイテムに地下水ってあったっけ? 早く帰って確認しなきゃ〜!」
シマエナガちゃん「ちょっと待って! 今はなくても、そのうちバージョンアップするかもよ!」
◇
(急に声を張って)
シマエナガちゃん「さーて! ここで大事なクイズです!」
観客ざわざわ……
シマエナガちゃん「北広嶋の公園から、もし地下水がなくなったら……どうなっちゃう?」
子どもたち「うーん……」
(親の顔をチラ見、でも親は苦笑い)
シマエナガちゃん「よーし! ここで三世代チーム対抗クイズ!」
キュンタ「大吉さーん、どうぞ!」
シマエナガ大吉「アタック……チャンスです!」
(観客くすくす、笑い始める)
キュンタ「もう一回! どうぞ!」
シマエナガ大吉「アタック……チャンスです!!」
(会場、爆笑)
◇
キュンタ「はい、今笑ってるのが昭和世代〜!」
シマエナガちゃん「ポカンとしてるのが令和世代?」
キュンタ「付き合って笑ってくれるのが……平成!」
(会場、子どもも大人も笑いの渦)
◇
未希「ねえ、シマエナガちゃん。そのおじさん、昭和でしょ?」
(観客がうなずく)
シマエナガちゃん「ほら、当たった〜!」
キュンタ「チーム分けしてたんだね!」
シマエナガちゃん「そう。北広嶋のお笑い指数を調べてたの」
キュンタ「で、どうなの? お笑い指数は?」
(少しの“間”)
シマエナガちゃん「……どうでしょう?」
(観客、くすくす)
シマエナガちゃん「どうでしょう……銅でしょう!」
(銅メダルを掲げる。会場 大笑い!)
◇
シマエナガちゃん「大阪だったら、最初の『アタックチャンス!』で『アタックチャンス!』の大合唱だよ。あそこのお笑い指数はぶっちぎりの“金賞”レベルだからね!」
(ラジカセからアナウンス音)
「今日のシマエナガちゃんとキュンタの公演は、これでおしまいです〜」
◇
シマエナガちゃん「じゃ、宿題だね!」
キュンタ「でも、おちがないよ?」
シマエナガちゃん(力強く)
「おちは……おちています!
おちは……ちゃんと準備しています!
ほら!」
(シマエナガ、足元に置いていた水のペットボトル、木のセット、銅メダルをさしながら)
シマエナガちゃん「おち は、あります」
キュンタ「おちてた!」 (水のボトルをひろう)
シマエナガちゃん「おち はちゃんとあります」
キュンタ「おちてたー!」(銅メダルをひろう)
シマエナガちゃん「おち はかならずあります」
キュンタ「おちてたぁ〜!」(木のセットひろう)
◇
シマエナガちゃん「じゃあ、地下水は?」
子どもたち「ちかすい〜!」
シマエナガちゃん「ちゃんとつながっているはずです。それは……宿題!」
キュンタ「地下水はどこだ?」
(ふたり、紙袋の中へ戻る)
◇
未希「キュンタとシマエナガちゃんに、もうちょっと会いたいお友だちいるかな?」
子どもたち「はーい!!!」
(キュンタとシマエナガちゃんの指人形を、子どもたちは順番に握って)
「アタックチャンス!」
「お水!お水!」
「木を植えたらいいんじゃない?」
などなど口々に言いながら、未希を笑顔で囲んだ。
◇◇◇
昭和のカセットデッキから流れるアナウンスのあと、
「手のひらを太陽に」がかかる。
この曲は、未希の劇の定番。
懐かしく口ずさむ親たちの姿もあった。
「この曲、アンパンマンのやなせたかしさんの作った曲なんだよ。」
劇を見た親子たちは、令和も昭和もひとつのチームになって、
広いエルコンフィールドにゆっくりと散らばって影をのばしていく。
娘・凛と夫・卓夫がプロデュースしたこの劇には、
「キュンタ 水を探して迷子になる」
「シマエナガちゃん・住所は玄関フード」
など、いくつものバリエーションがある。
今日は義母も見に来るということで、
初作をアレンジしたものを披露した。
「凛、どうだった?」と未希がたずねる。
「82点。地元でやるの2回目なんだし、“地下水ジュース”の話も入れたらよかったんじゃない?」
「やっぱりそう思う? でもさ、“地下水ジュース”って名前、子どもたちにピンとくるかなあ?」
「それなら、シマエナガちゃんに、もっと焦らせるとかさ。」
「凛ちゃん、厳しいのね。でも、本当に素晴らしかったわよ、未希さん。」
春江は、あたたかなまなざしで未希を見つめながら、やさしく続けた。
「聞いたわ。お母さん、長旅から戻られたって。
わたしのことは大丈夫よ。
せっかく北広嶋まで来たんだから、凛ちゃんと二人で、お母さんの顔を見に行ってらっしゃいな。」
未希は、伸子の家の方をそっと見やり、
凛の手をやさしく引きながら言った。
「きっと、父と母の“水・入・ら・ず・”の時間もいいはずだから。」
「凛、寿司太郎のお寿司、買いに行こうか?」
凛は、春江と未希の顔を交互に見て、にっこり言った。
「水、いるよ。……み・ず・は・、・い・る・よ。」
紫色のバッグを小さく揺らしながら、
足元を見つめて笑った。
三人は、秋の風に吹かれながら、
伸子の家を横目に見て、ゆっくりと寿司太郎へと向かった。
第3話へ つづく
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