第2話エルコンフィールドの風に吹かれて ――みずと笑いの芝居


 一方そのころ、伸子の二女・未希は、恵別にある自宅で、かつて母と一緒に作った紙芝居を、ファイターズのロゴが入った青い袋にそっと詰めていた。


人形のキュンタちゃんとしまえながちゃんにも「一緒にいこうね」と声をかけながら、その袋の中へ入れる。


小学1年生になった凛は、お気に入りの紫のバッグを持ちながら、

「北広嶋で待ち合わせだね」

と嬉しそうに言い、お泊りの準備を進めた。



足を運んだのは、母・伸子が暮らす北広嶋。

この街には、二年前に誕生した球場―― エルコンフィールドがある。


この日、未希は娘の凛を夫の実家に預け、

エルコンフィールドのイベントで紙芝居の読み聞かせをしていた。



北海道で、札張さっぱりドームに次ぐ規模を持つエルコンフィールド。


試合がない日でも、広々とした空間を楽しみに、多くの人々が訪れる。


芝生では子どもたちが走り回り、

若い夫婦が交互にベビーカーを押す姿も目立つ。


未希の前で、よちよち歩きの子どもが転び、

大人たちが思わず息を呑んだかと思うと、

泣かずに立ち上がり、

周りに満面の笑みを向けていた。




未希の紙芝居はこの日、二度目の公演。


なかには、わざわざ足を運んでくれたリピーターの姿もあった。



「ここは、地下のお水を増やすために大切な場所なんだ。

雨が降って、お水が地面にしみこむと、地下のお水が増えるんだよ。ええがな。」



シマエナガちゃんが、まるで博士のように説明する。



「すると、キュンタは言いました。


『へえ、へえ、へえ! しまえなが博士、さすがすごいこと知ってるね!


公園が地下水を増やすお手伝いをしてるんだね!』」


次のページをめくると、秋の風が吹き抜ける。

未希はやさしい声で続けた。


「シマエナガちゃんとキュンタは、みんなに教えてあげることにしたよ。

みんなも、お水を大切に使ってね。雨がやんだら公園に行こう。

地下水が増えるように、みんなで協力しよう!」


紙芝居の世界に、目の前の子どもたちが入り込んでいる。

未希のまわりには、たくさんの親子が集まり、

その姿を見守っていた。


ジャンパーを着た親たちの後ろに、

いつの間にか未希の義母・春江が、凛と手をつないで立っていた。


紙芝居が終わると、温かい拍手が起こった。

満足そうな未希の顔を見た凛は、そっとささやいた。


「はるえちゃん、本番はこれからだよ。」



――まるで舞台の幕が切り替わるように、

昭和のカセットデッキのボタンが、カチリと押された。


「じゃーじゃーン!」

ツピッピと、かわいい鳥の鳴き声も加わり、

芝居の第二幕の始まりを知らせる。


◇◇◇


未希は紙芝居をファイターズの紙袋にしまい、

指にはシマエナガちゃんとキュンタの人形をはめ、動き出す。


一見アドリブに見える母の人形劇には、プロデューサー役の凛のアイデアがいくつも詰まっていた。



《シマエナガちゃんとキュンタの公園劇場》

〜地下水と笑いとマイクラと〜

◇◇◇

シマエナガちゃん「ねえキュンタ、公園では何を増やすお手伝いしてるんだっけ?」


キュンタ「え? えっと……なんだっけ?」


シマエナガちゃん「ちゃんと聞いてたの? もしかして……早く帰ってマイクラやろうと思ってたんじゃない?」



キュンタ「おもってないもん!」



シマエナガちゃん「未希さんが言ってたよ。キュンタ、最近公園に来ないのは、マイクラばっかりやってるからだって」



キュンタ「ちがうよ! ただ、マイクラのアイテムが気になるだけなんだ。君の兄弟たちも見かけないけど、大丈夫なの?」



(観客の子ども、マイクラ柄のトレーナーを着てニッコリ)



シマエナガちゃん(絵を見せながら)


「これ見て。山と畑、公園のまわりで、熊や鹿、人間もみんなで笑って暮らしてる“マイクラの町”の絵だよ!」


キュンタ「うわ〜、いいねえ」


シマエナガちゃん「でも……ぼくら、絵の中にいないじゃない?」


キュンタ「定員オーバーだったんだ。だから、アイテム探してるのさ」


シマエナガちゃん「どんなアイテム?」


キュンタ「公園にある……あれだよ!」



未希(近くの子どもに)「なんだったか覚えてる?」



子ども「ちかすいー!」


シマエナガちゃん「こんなに大きな声で答えられるなんて、えらい!ええがな!みんな拍手〜!」


キュンタ「あの〜、そこのおばちゃん! マイクラ知ってる? アイテムに地下水ってあったっけ? 早く帰って確認しなきゃ〜!」


シマエナガちゃん「ちょっと待って! 今はなくても、そのうちバージョンアップするかもよ!」



(急に声を張って)


シマエナガちゃん「さーて! ここで大事なクイズです!」


観客ざわざわ……


シマエナガちゃん「北広嶋の公園から、もし地下水がなくなったら……どうなっちゃう?」


子どもたち「うーん……」


(親の顔をチラ見、でも親は苦笑い)


シマエナガちゃん「よーし! ここで三世代チーム対抗クイズ!」


キュンタ「大吉さーん、どうぞ!」



シマエナガ大吉「アタック……チャンスです!」


(観客くすくす、笑い始める)


キュンタ「もう一回! どうぞ!」


シマエナガ大吉「アタック……チャンスです!!」


(会場、爆笑)



キュンタ「はい、今笑ってるのが昭和世代〜!」


シマエナガちゃん「ポカンとしてるのが令和世代?」


キュンタ「付き合って笑ってくれるのが……平成!」


(会場、子どもも大人も笑いの渦)



未希「ねえ、シマエナガちゃん。そのおじさん、昭和でしょ?」


(観客がうなずく)


シマエナガちゃん「ほら、当たった〜!」


キュンタ「チーム分けしてたんだね!」


シマエナガちゃん「そう。北広嶋のお笑い指数を調べてたの」


キュンタ「で、どうなの? お笑い指数は?」


(少しの“間”)


シマエナガちゃん「……どうでしょう?」


(観客、くすくす)


シマエナガちゃん「どうでしょう……銅でしょう!」


(銅メダルを掲げる。会場 大笑い!)



シマエナガちゃん「大阪だったら、最初の『アタックチャンス!』で『アタックチャンス!』の大合唱だよ。あそこのお笑い指数はぶっちぎりの“金賞”レベルだからね!」



(ラジカセからアナウンス音)


「今日のシマエナガちゃんとキュンタの公演は、これでおしまいです〜」



シマエナガちゃん「じゃ、宿題だね!」


キュンタ「でも、おちがないよ?」


シマエナガちゃん(力強く)


「おちは……おちています!


 おちは……ちゃんと準備しています!


 ほら!」


(シマエナガ、足元に置いていた水のペットボトル、木のセット、銅メダルをさしながら)


シマエナガちゃん「おち は、あります」

キュンタ「おちてた!」 (水のボトルをひろう)




シマエナガちゃん「おち はちゃんとあります」

キュンタ「おちてたー!」(銅メダルをひろう)




シマエナガちゃん「おち はかならずあります」

キュンタ「おちてたぁ〜!」(木のセットひろう)






シマエナガちゃん「じゃあ、地下水は?」

子どもたち「ちかすい〜!」



シマエナガちゃん「ちゃんとつながっているはずです。それは……宿題!」



キュンタ「地下水はどこだ?」

(ふたり、紙袋の中へ戻る)





未希「キュンタとシマエナガちゃんに、もうちょっと会いたいお友だちいるかな?」

子どもたち「はーい!!!」




(キュンタとシマエナガちゃんの指人形を、子どもたちは順番に握って)



「アタックチャンス!」


「お水!お水!」


「木を植えたらいいんじゃない?」




などなど口々に言いながら、未希を笑顔で囲んだ。




◇◇◇


昭和のカセットデッキから流れるアナウンスのあと、


「手のひらを太陽に」がかかる。



この曲は、未希の劇の定番。

懐かしく口ずさむ親たちの姿もあった。


「この曲、アンパンマンのやなせたかしさんの作った曲なんだよ。」


劇を見た親子たちは、令和も昭和もひとつのチームになって、

広いエルコンフィールドにゆっくりと散らばって影をのばしていく。



娘・凛と夫・卓夫がプロデュースしたこの劇には、


「キュンタ 水を探して迷子になる」

「シマエナガちゃん・住所は玄関フード」


など、いくつものバリエーションがある。



今日は義母も見に来るということで、

初作をアレンジしたものを披露した。


「凛、どうだった?」と未希がたずねる。


「82点。地元でやるの2回目なんだし、“地下水ジュース”の話も入れたらよかったんじゃない?」


「やっぱりそう思う? でもさ、“地下水ジュース”って名前、子どもたちにピンとくるかなあ?」



「それなら、シマエナガちゃんに、もっと焦らせるとかさ。」



「凛ちゃん、厳しいのね。でも、本当に素晴らしかったわよ、未希さん。」




春江は、あたたかなまなざしで未希を見つめながら、やさしく続けた。


「聞いたわ。お母さん、長旅から戻られたって。

わたしのことは大丈夫よ。

せっかく北広嶋まで来たんだから、凛ちゃんと二人で、お母さんの顔を見に行ってらっしゃいな。」




未希は、伸子の家の方をそっと見やり、

凛の手をやさしく引きながら言った。



「きっと、父と母の“水・入・ら・ず・”の時間もいいはずだから。」


「凛、寿司太郎のお寿司、買いに行こうか?」


凛は、春江と未希の顔を交互に見て、にっこり言った。


「水、いるよ。……み・ず・は・、・い・る・よ。」



紫色のバッグを小さく揺らしながら、

足元を見つめて笑った。


三人は、秋の風に吹かれながら、

伸子の家を横目に見て、ゆっくりと寿司太郎へと向かった。


第3話へ つづく  

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