おっさんの百合創作術
ささやん
第1話 百合のラノベを書いてみよう
「百合のラノベを書いてみよう」
そう決めて、私はパソコンの前に座った。
動機はシンプルだ。壁にアニメの可愛いポスターがあるし、机の上には、ゲーセンで取った、ミニスカのフィギュアがあるからだ。
私の作品の中にも、百合はあるが、あれは百合風である。
なんというか、綺麗な女性同士が、まあ、遠回しにしてるだけ。
ちょっと踏み込んでみたくなった。
だが、いざ画面を前にすると、指が動かない。
(困った)
まずは「そっちの動画」を数本、資料として見てみた。
しかし、そこで私はハタと気づく。
「……やっぱり、若い子やな」
これは、個人的嗜好だな。ただ登場人物は私が決める。
ただ綺麗な表現で―――、これは、無理かもしれん。
動画を食い入って見るが、香しい百合の花の香り―――どこがやねん。
それでも、練習がてら文書化を試みる。
(あかんな)
書き出して400文字もすれば、性表現が、ピーになってアウトだな。
元々、大人向けだかなら、なるほどモザイクがあっても置かずにはなるが…
そこで私は方針を変えた。「そこへ至る過程の心理描写」なら書けるのではないか。まさか「さあ、百合やろうぜ」で始まるまい。
手元のうすっぺらい本を数冊、さっと見て、投げた。
(参考にならん、やるまでが早い)
ここは、おっさん特有の妄想力で、ケースを構築するしかない。
二人のカワイコチャン、ああ、おっさんくさい言い方だな。
とにかく、どちらかの女の子の部屋。
この部屋の主は学習椅子に座り、訪ねてきた客は、ベッドの端に腰を下ろしている。
この、床という境界線を挟んだ微妙な高低差と距離感。ありきたりの設定だが、なにせ、この分野は、初心者だからしょうがない。
最初から「それ」が目的で、知人が来るはずはない。宿題か、悩み相談か、ゲームか。
正当な「理由」が必要だ。そして、そのバランスを崩す「イベント」を仕込む必要がある。
例えば、写真を見せようとしてスマホをスワイプしすぎ、SNSでの「彼氏」との生々しいやり取りを誤爆してしまう。
あるいは、片付け忘れて干しっぱなしにした、生活感の無い下着、勝負下着ってやつにするか…
ここは、どっちでも選んでも大差がない事にする。
前者なら「あ、彼、えっ、付き合ったの?」という裏切りの追及。後者なら「あれは普段履かないよね」という、相手の日常をある程度、把握している感じでの追及が入る。
ここは、下着や百合の話だけど、私の創作時の思考パターンと変わらん。
とっとと、フックを作らないと、読者が逃げる。怖いよ~
なるほど、これからは心理戦だな。
しかし、私はおっさんだから、すべて妄想に過ぎん。
(そうだよ)
だから、男好きのする百合という聖域を侵食し、作品の幅を広げてやる。
ネーミングに迷う時間は無駄だ。ラノベはスピードが命。 だから私は、状況をそのまま名前にした。 部屋に「来た側(きたがわ)」だから、景子。
なら、その反対に位置する主は「南」で、美波。 おっさんの安直な発想だな、変なラノベの主人公の名前よりマシだろ。それに動画の女の子の名前知らんもん。
ビジュアルも理屈で固定する。 北川(景子)は、一見隙のない美人系。そんな彼女が、実は「普段履かない下着」を仕込んで、顔を赤らめながらベッドの上で身を乗り出してくる。このギャップに、読者は弱いはず。
対する美波(南)は、小動物のような可愛い系だ。だが、そんな彼女が椅子に深く腰掛け、美人な景子を冷ややかな視線で「詰めて」いく。
おっと、服の設定忘れてた、とりあえず面倒なので、両方Tシャツと短パンか、ミニスカ、脱ぎやすさ優先だな。どこに、入れるべきか…
指が止まった。私は思わず絶望を覚えるほど。それほど痛恨のミスだ。安易なネーミングが、私の理想とする「責め・受け」の構図と矛盾してしまった。
本来、美人の景子が責める側であるべきだ。なのに、「来た側(北川)」という理由だけで、彼女を受動的な設定にしてしまった。
読者はすぐに切る。この設定の矛盾、展開の澱(よど)みを。
最初のつかみのシーンなのだ。 私は慌てながらも慎重に、設定の再構築を図に書いて、声に出して確認する。
美人系の景子に「隠れM」の属性を付与しようとした瞬間、私は気づく。それは動画で得た知識などではない。
作者の思考=作者の性癖の露呈、これはまずい。こんな所で精神をすり減らすわけにはいかない。これは素人の書いたラノベなのだ、性癖なんか出せるか!
(落ち着け!)
私は深呼吸をし、再びキーボードに向かう。
改めて考える。こういう話はどうだ?
ベッドに座った美波が、シーツを片手でパンパンと叩きながら、
「もしかして、――ここで?」
きゃあ、という美波の景子を冷やかすようにからかいを含んだ叫び声で、ベッドに倒れるのはどうか?
もちろん、美波のパンツが見えるのは、ミニスカだから当然だろう。
(どんなパンツにしよう、白か…)
私は一度、パソコンを閉じてお茶を淹れることにした。
――このまま、安易に行っていいのか?
(ティッシュと一緒に捨てられるような作品を私は書きたいのか?)
私は自らに問う。 読者が期待する「百合の記号」をなぞれば、そこには確かに「商機」があるだろう。だが、それは同時に、作家としての「正気」を疑われる行為ではないか。
私は、高価なティーセットのカップに、ダージリンを注いだ。
ミルクと砂糖をいれて、小さなスプーンで軽く混ぜる。
そして、剃り残しの口髭のある口で、紅茶に口を付けた。
「あら、そんなこと、おやめになって、私達女学院のクラ…」」
「マーガレット、わたくしは、貴女のことをお慕い……」
あたりに蒸せるような花の香、いや撒きすぎた芳香剤の匂いがした。
ガチャンとカップを置いて、パソコンの前に座り直した。
!?――――――――――――!!
私は、ウインドウを閉じた。書き込みをせずに。
外を見ると、ブーメランパンツの向こうに青空が見えた。
まだ、昼には早い。私は、車の鍵を持って、玄関を出た。
完
おっさんの百合創作術 ささやん @daradarakakuo
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