5.鬼界

 次の日、準市民権の宣誓を終えた。市に奉仕することを誓う、みたいなことを宣誓することになり、聞いてみたら『犯罪まがいのことをやってるこっちが保証人になってるんだから、向こうだって期待してない』というみもふたもないことを言われてしまった。追跡装置はMEMSで、電源が切れればそれで終わるものだった。代謝系に問題がなければ体から害のない形で出ていくものだ。


 そうして、買い物を始める。そして買ったものの中でトイレットペーパーと言うものについては、今も昔も大して変わっていない。2000年ごろも同じだったろうし、2600年でもそうだった。3000年代でも同じ。雑貨店についても、大して変化はない。使い道の全く分からないもの、欲しいものがないから同じ用途のものはないか。と聞いてようやく使い道が分かるもの。最大の問題は、一文無しということだった。


「他人を財布にする買い物がこんなに心苦しいなんて」


「結構買ったうえでそれを言われるとなかなか面白い気持ちになるっスね。財布の側としては」


「最終的には請求先としてあの嫌味な男が居るんでしょう?」


「あー。そっスね」


「顔面神経痛を起こす顔面がないのが残念だけど、楽しいじゃない?」


「うーん図太い」


まあそれはそれとして、と流している自動運転タクシーを捕まえてクリニックにやってきた。サイボーグ改造専門の場所で、効率は高いが、定期的な透析を必要とするホワイトブラッド用の本格的な透析設備もある。


「うわフルボーグばっかり。どれもすごい体してるな……」


「まーうちらはフルボーグっつっても長距離行軍向けの仕様っスからね」


露骨に人間から外れた大型もいれば、ファッションで常にファックサインのホログラムを投影しているものもある。ミラグロスも鬼界カルデラにやってきてからそういうことをやっているが、どちらかと言うと抽象画を流しているので、ああいう下品なのもいるんだ。と言うのが津守の心境だった。ミラグロスのボディはスマートそのもの。

長距離を走ることが可能なガゼルやインパラのような印象がある。さすがに全裸と言うわけではなく、シャツにカーゴパンツという簡単な服は着ている。反対に、ムーラの方は同系統のボディだがより馬力のある太い人工筋肉を入れているようだ。そんなことを考えている。


 受付にミラグロスがFCSと学習チップなどの外部記録装置をつけるためのソケットを入れるもの、無線ネットワークや『財布』と呼ばれる決済ネットワークの端末につなぐためのものなどを入れる予約をしていたからどのくらい待つか。という事を問うている。


「1時間くらいだってさ」


「タクシーのメーター回ってるのにですか?」


「オートで荷物を運ぶように指定してる。師匠が荷物を下ろしてくれるそうっスよ」


「はあー。じゃあ大変だ」


「サイボーグだったら余裕っスよ。まあ単純に手が2本しかないからあれっスけど」


処置の方は単純だった。最初にバッテリーセルとして機能する群体のMEMSが注射される。家か町中にあるの充電パッドに腕をかざせば自動的にMEMSが集まり、再充電されるしくみ。とはいえ単なるいたずらか、悪意がある人間の細工か不明だが、クラックするための処理されていることも多いので、自宅のものを使う事を医者に勧められた。ひどい場合になると群体を一か所に集中させ、それを爆裂させるという殺人的な手法もあるらしい。


次に、という事で首筋に神経と連結する情報入力用ポートを作るものが張り付けられ、ちくちくという感触がある。神経束に向かって何かが作られているちりちりとした感触。使い方は、というとリーダーにチップをはめて、それをくっつければ情報がロードされるというものだ。


FCSは脳にFCSリンク用システムを作るためのMEMSが注射された。バッテリー警告も視野に写るようになる。視野に銃の登録がないのでクロスヘアも表示されない。

仮登録して試すと、銃口付近から想定される弾道の軌跡を表示し、弾道のパラメータや射撃姿勢から想定される着弾点を描くもの。その気になれば壁の向こうに照準もできるものだ。パッシブな計算であるため、敵から露見もしない。およその距離と身長から人がこのくらいの大きさに見えている、という当人の癖をMEMSを学習するまで少々時間がかかる。という事だった。


「これからやる財布ってどこに入れるんですか?」


「あー。まあ手の甲だけどさ。たいていは」


「たいていは」


「時々腕はあるけど手がない人見たっスよね?」


「ああ、確かにいました」


鉈で手をぶった切って財布を奪ってくろくでなしもいるから。というのがミラグロスの言い分だった。なるほど。


「……じゃあ手の甲だとまずいんですか?」


「まあ人間そんなにサイズが変わらないから手の甲をおすすめするっスね。あんまり筋肉が多いとか、動かすところだと破損することもあるし……」


「……あー。気をつけろ。ってこと?」


「そ。まあ露骨にサイボーグの足してるあんたを狙う奴はいないと思うっスけど」


ミラグロスからの歩く危険物みたいなもんっすよ。あんたは。という反応。実際、固定が古い方式のため、大腿骨をチタンに換装し、がっちり固定しているのでちょっとやそっと走ったり暴れたり、それこそ電磁スラスターで軽く飛んでも平気だ。飛ぶ、と言うよりは滑空に近いが。


「しかし、メンテで外すにしても生体認証がいるんスねえ、その足」


「まあ……商売道具だし」


複数の、例えば強要されていないかどうかを判定する機構もある。今基準から見ればその気になれば突破はできるだろうが、リスクを考えるとやるべきではないものだった。当たり前だが正規の手順で外せなければそれは結局使えないし、日常生活にも支障をきたす。部分サイボーグでも入浴の習慣などがある場合はそこだけカバーで覆って入るという事もあるが、普通は外すか入れても問題ないものを使っている。


「400年前にしてはいまでも通用する。って考えるとなかなかっスね」


「まあ、だって人間の耐えられる限界が変わってないなら性能もあんまり変わってこないでしょ……」


「お、ミラはインテリっスねー。さすが411歳」


「……それ、私のあだ名?やめてよ、年齢ネタは。もう……」


「あー、すんません。どうもこう……デリカなんとかがなくって」


津守は肘でミラグロスの脇腹を小突く。ミラグロスは未来が上手く言えずにミラになってしまう。何となく片方にとっては嫌味な男で、もう片方は師匠という共通のある種の敵ができて、何となくは仲良くなってしまった。と言う感がある。手術と呼ぶに値する類の処置はほぼないが、とはいえ神経束や脳に処置をするため、30分くらいは座っておいて、さらに1日くらいは経過観察が必要である。とされた。左手でバッテリー充電ができるように設定し、右手に財布を入れるつもりだ、と言った。財布の方は切開が必要なため、これからやることになる。


「MEMSではだめなのか」


と30分経ってから医者に聞いてみたが、技術的には不可能じゃない。ただ、これについては単純に壊れた時に小便から財布が出て行きました、し尿処理場に散らばっています、回収は現実的ではありません。は君は困ると思う。という端的な一言を賜った。ネットワーク上にローカルデータではなく元データはあるから現実的に困ることはないとは思うが、と続けた。


「そもそも財布なんて7歳くらいでやるもんだからね」


じゃあ局所麻酔打つよ。と言いながら右手にフシュッと音をさせて注射し、しばらく経つと。


「ハイ終わり」


「え、もう終わり? 縫い付けとかは?」


「どこの野戦病院から来たんだい、君。今は組織をくっつけるフォームを吹き付けて自動で接合してくれるようになってるよ」


自動でやってもいいんだけどあれ高いからね。という一言だった。手術すら流れ作業で可能になっているらしい。と思ったが違った。


「いや、単純に保険がきかねえって事。準市民権の時に手数料と一緒にミラグロスが払ってたでしょ。2か月分の保険を先払いしてくれてたんだよ」


ほい、自分のアイデンティティや財布のアカウントと紐づけやりな。機能してるか。と問うてくる。FCSシステム関連の表示ドライバと互換性があるらしく、網膜上で文字入力などが可能になっている。リンクができたのか、こう入力したい、と思った通りの文字が入力できた。


「できました」


「おっし、じゃあ機能してる。窓口で錠剤渡すから痛みが出たらそれ飲んで。今日は拳銃撃ったりしないでよ。傷口開くこともあるから」


そうすっと縫わないといけないんだよな。めんどくさいことにさ。と言いながらほら出て、と手術室から追い出されたため、窓口で待っていると、麻酔が抜けてきた。


「保険って払ってくれてたんですね」


「あ?あー。準市民権を得るには先払いしないとなんスよ。保険料払わないで逃げちゃうヤツ多かったから」


「……ああー」


「給与所得はないから所得税はかかんないっスけど、住民税はかかるんで滞在日ぶんは入れてるっス」


「ところで、なんで市民権を取らせてくれたの?」


「なんでって……そりゃあんた、あんたが攫われたときに別の都市国家から来た軍が拉致ったら取り返す名目が立つからっスよ。自力救済が基本原則だけど、拉致とかになると鬼界自衛軍も協力してくれるし」


まあアテにはしない方が良いっスけど。と続けた。市民権よりなにより、担当者へ嗅がせる鼻薬、つまり賄賂が一番効くらしい。そうミラグロスが言ったあと、うわー、腐ってる。と返す。


「おかげであたしらは儲かってるんスけどね」


まー密輸業者なんてそんなもの。というところだった。ところで、とミラグロスの声が響く。


「さっきから私は近距離通信で話してるっスけど、気づいてるっスか?」


「え?」


FCSに近距離通信用のものが入っている。という事は聞いていたが、思った以上に肉声に近い。肉声、という概念がミラグロスに適用されるのかと言う問題はあるが。


「まあ今はオープン通話みたいなもんなので、後で暗号鍵渡すっス」


そういって、ミラグロスは立ち上がって支払いをする。ここでしばらく暮らしていく基盤、と言うものまで整えてもらって、なんというか、何とも言えない気持ちに津守はなった。





「何かすることってある?」


津守未来が帰ってきたとたん、開口一番聞いてきたのはこれだった。


「……商品開発ついでに自分の食事を作るとか?」


「へ?あ、あー。ピザを作れってこと?」


「そう。俺らはピザ屋だから」


そうムーラに言われ、毒気を抜かれた表情をする。宅配とかあるんじゃないか、という事を言われて、ああ、と続けた。


「ピザ屋っつっても襲ってくることも結構あるから」


「それは……?」


「本当のピザを運んでることもあるけど、市内のあちこちにいけないものを運ぶ仕事をすることもある」


だからピザ屋なんだ。と言った。アツアツの30分で運ぶピザデリバリー、というような短時間短距離の違法な代物を運ぶ仕事をするのも『ピザ屋』だった。地表面を行きかう運び屋もその延長でピザ屋と通称されている。


「だから運び屋のことをピザ屋ともいうんだ。本当は大昔のSF由来らしいけどな」


まあ同業者でも表の事業が本当にピザ屋ってのも珍しいが。というところ。アメリカのシカゴ居留地で食ったディープディッシュピザが旨かったからそれを出そうと思ってたんだ。と言ったところ、しかし。


「しかし?」


「雇ったシェフに『ディープディッシュのことをピザというな。黙れ、俺がマンマに殺される。ナポリ風なら作ってもいい』と言われてしまってな」


「そりゃまた」


まあ基本的なレシピは俺が考えたが、デリバリー向けじゃないから店で出す方じゃないのは君に考えてもらえないか。ということだった。


「さすがに食品開発は……」


「キッチンラボがある。そこは使ってもいい」


「へえ」


そういって、津守はそちらに歩いて行った。しばらく姿が消える。ライフルの簡単な清掃をして、次は拳銃に取り掛かる。こちらも対サイボーグ用の炸裂弾が入っているが、この弾薬はバレルが磨滅しやすいので、適切なメンテナンスを欠かすと破裂しやすいのだ。

とはいえ、使っているのはFNハイパワーで、基本的に使わない趣味性の高いものだった。

こちらにサイト類をつけていないのは、FCSというより確からしいものが存在するからで、津守が撃ったものより高機能で弾道計算もより正確なものとなっている。全身サイボーグが強力なのは、臓器がない空いたスペースでより強力な計算機資源がつかえるからでもある。日常生活で充電が基本的に不要なのは、昼時間に出ている人口太陽がエネルギーを変換してくれるからだ。

その気になれば指先からものを見ることもできる装甲化スマートスキンの恩恵である。指先だけ出してプローブカメラの代わりをすることもできる優れモノだ。

 ややあって、津守が戻ってきた。ピザを抱えて。照り焼きチキンとマヨネーズがかかったもの。


「シェフはなんて?」


「俺に作らせなければそれでいい。味が落ちるのは私も気にしてたんだ。って言ってた」


「素直じゃないな。あいつ」


そんなことを話しながら、大きな口をあけて、津守がピザを食べていた。横にメモ用紙を置いて、味の特徴などをメモしながら。









------------------------------------------------------------------------------


面白かったら小説のフォロー♡の応援する、応援コメント、★で称えるをお願い致します!皆様の応援が力にというかもっと即物的に言うとやる気につながります!(真顔)


------------------------------------------------------------------------------

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

次の更新予定

2026年1月11日 20:00
2026年1月12日 20:00

スノウボール・アース&ピッツァ・デリバラーズ 小藪譲治 @mibkai

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画