4.Jamma Ja!

「マッズ!なめてんのこのピザ」


ピザの味の官能検査をしてほしい。とムーラとミラグロスに言われた後、もくもくと出された物を全部食べたうえで、津守未来はどこから言葉を選んだものか。と考えて、ストレートに言葉を発した。カウンターキッチンが奥にあるリビング、と言った風情だが、鎧戸が閉められていて、ネオンは入ってこない。今は夜時間だ。


「ああやっぱおいしくない。っかしいなあ。ちゃんとモデル設定上は問題ない筈なんだけど」


味覚設計上は完璧なんだけどなあ、とムーラはぼやいていて、そうして。


「多分温めたら美味しいんだと思う」


「ふーむ?」


「でもたぶん想定してるのはナポリ風だからデリバリーで食べると味が落ちすぎててダメ。素直にパンピザか軽めのニューヨーク風の生地を選べるようにした方がマシだと思う。あとまあチーズがよくないのは……」


「参考までに聞くが、牧畜なんかできると思うか?」


「……それは仕方ないと思う。けどこれはデリバリー向けじゃないよ。だいたいナポリ風のピザなんかピッツェリアの窯の前に座って食えってものじゃん」


そんな会話をしている理由は、本当にピザ屋をやっているので、俺たちはピザを食えないので、食って味を見てほしい。とムーラとミラグロスに言われたためだ。地味にきちんと需要がある。ただし、マズいピザ屋として別の意味で有名だった。


「店の前で食わせるならナポリ風のピザは出して良いと思うけど、テイクアウトはパンピザかニューヨーク風にしたほうがいい。というのが私の意見かな」


「なるほどなあ」


そういって、さて、と本題をムーラが切り出し始める。


「明日はミラグロスと準市民権の申請に言ってもらう。あとは……」


「あとは?」


「FCSに地表行動プログラムを入れる施術に行ってくれ。あとは日用品の買い出しだな。俺らは歯ブラシも要らないからな」


「……どうしてそこまで?」


「荷物が破損しました虫歯になりましたでは困る」


「なるほどね」


まあそれもそうか。という納得が、津守未来にあった。そうして、俺は依頼主に用がある。という事を言って、ムーラは席を立つ。残ったのはミラグロスだ。FN FALを分解して清掃していたところで、顔を上げる。


「明日はよろしく」


「……どうも。分解清掃、しなくてもいいんじゃ?」


「まあ習慣ってヤツっスよ」


ミラグロスは摩滅した部品がないかをチェックして、薬室に弾が入っていないことを確認し、トリガーを引いて落ちることをかちんっ、と音をさせて確認する。マガジンから弾を抜き、除湿剤を入れた透明のケースに放り込んでいた。その一連の流れを見て慣れた手つきで行っているので、津守は感心する。


「ところで、銃を探した方が……」


「あー、そうそう。まあFCSも入れるっスからね。対応した拳銃くらいは持ってもらうっスよ」


「あなた達を撃って逃げるとは思わないの?」


「フルボーグ相手に拳銃で、っスか?死ぬ気があるならおすすめするっスね」


ミラグロスは続けてそれとも軍隊上がりかなにかなのか、という一言。まあ年齢的にもそれはないだろう。という見透かしはある。


「それにあんたを縛ったってしょうがないっスけど、準市民権の申請時点で位置情報は保護監督責任者、つまり師匠と私には共有されるっスよ。保証人ってことスからね」


「……ああ……なるほど、闇医者にそういうトラッカー入れさせるのかと思った」


「別に入れても良いっスよ。ただそういうのはクラックされやすいんで正規の代物のほうがマシっスね」


なるほどだからか。という納得がある。親切でやっているというよりは追跡をやりやすくするためでもある。ということだった。


「で、仮住まいはどうするっスかね。ホテルを取ることもできるっスけど」


「ここじゃダメなの?」


「悪いとは言わないっスけど、私と師匠が二階でゴチャゴチャやりつつ、一階じゃバイトがうろうろしてるっスよ?」


「どうせホテルなら缶詰めでしょ。拉致られたら困るんじゃない?」


「ま対応の手間はかかるっスね。フーム。そういう事っスか」


「だいたい軍が私を確保しようとしてるんでしょ?」


「む、ムムム」


確かにそうだ。とミラグロスは考える。とはいえ。


「まあ言うて東京の軍がここには入れねえっスから」


「でもコマンド部隊は入ってこられると思うけど」


「ん、んー。まあ確かに。私らも熱排出のシャフトから入ってきたっスからね……」


「あなたかあの嫌味な男が詰めてるここなら私も安心できる」


「師匠は嫌味っスか」


「私が411歳だって思い出させたあの人が嫌味じゃないと思うの?」


「まァ確かに」


だいたい自分の名前を店につけてるとか自己顕示欲丸出しじゃない。と腹を立てた津守が言い出して、ああー、違う違う。とミラグロスは言う。


「ムーラは本名じゃないっスよ。鷹司房春が本名。お公家さんみたいでしょ?」


まあ詐称の可能性もあるっスけど。とミラグロスは続けた。軍でのあだ名っスね。と続けた。なんかどっかで聞いた名前だな、と津守は考えた。


「師匠はアメリカの大学で地球科学関連の学部からROTCに行ったんで、アメリカ軍で10年くらい勤めてるんでついたあだ名っスね。サイボーグで種無しになったからスペイン語でラバの意味のムーラ。って呼ばれてるっス」


「確か悪い意味があった気がするけど」


「おっ、知ってるっスね。まあアルゼンチンの反乱鎮圧任務に……私がこうなるハメになった時に悪口で言われてたっスからね」


遠い目を、目のない顔で何となくわかる仕草をミラグロスはした。積もる話が山ほどあるっスけど、お酒が入らないとこういう話はできないっスからね。と言った。津守は、それなら、と話の接穂として。


「ミラグロスってあだ名?」


「本名っスね。奇跡って意味っスよ」


「奇跡……」


「なんスかー。あんただって未来じゃないっすか」


「いや悪いって意味じゃなくて」


「引き気味だったじゃないっスか。まあ普通の名前っスよ。普通普通」


「……うん、あの、えっと」


「うん?」


ごめん、お手洗いってこの建物あるの。と津守は聞く。あるけど。と言って、あ、あー。と応じた。トイレットペーパー買ってくるからちょっと待ってて、と。掃除はしてあったが水が流れるか検査をして、バルブを大慌てで開けて、ああ、じゃあと急いで出て行った。


「……嵐みたいな人」


はあ、とため息をついて、一人きりになった。ぼうと周りを見る。ピザがある。それをもむもむとかじって、やっぱ水っぽくておいしくないな。とつぶやいた。


「ママとかあいつとか、あー、友達もここにいないんだ。……ぜーんぶおいてきちゃった。どうなったんだろ」


多分、全部氷の下。飢餓の時代を潜り抜けたからか、背の低い連中ばかりの時代だった。津守未来。152cm、5フィートの女。比較的背が高い方。真の意味で、時間の孤児。

言葉がそれほど変わっていないのは、おそらくは保存の努力がされてきたからだろう。民族的アイデンティティが紐帯として求められた云々、と脱線して、ふと涙がこぼれているのを感じた。


「ああ、ひとりなんだ」


足をさする。おまえだけだね、私と同じなのは。そう念じながら。






「くそ」


親父に話をする。という事だけがムーラにとってはひどく気分が重い。仕事をもらっている立場なのだから贅沢を言うな。という気持ちはあるし、そもそも表の仕事でピザ屋をやっている側で雇っている人間にだって責任があるのだから、四の五の言うべきではない。

荒事師として密輸事業にかかわっているミラグロスにだって責任がある。情に掉させば流される、だったか、ちかうか。そうじゃない。感情論で言えばあの男に唾でも吐きかけてやりたいが、それをしたところでどうにかなるわけではない。


人間に人間の飯を食わせようと思うなら、感情でどうこう言うべきでないことは多い。金に色はついていないし、金がないのは首がないのと同じだ。結局、首がないので渋面を作る羽目になっているのだから。


ケーブルを首筋に刺し、自分を端末につなぐ。ディスプレイがないのは全身換装をしているから映像をカメラ越しに見るのと、自分自身の脳に映像を仮想的に流すのと大差がないからだ。間に映像変換装置であるディスプレイが挟まるだけラグが増える。などとどうでもいいことを考えて、待てよ、ラグなしにあのクソ親父の顔を見なければならないのか。ディスプレイ買おうかな。と考えてしまった。


 通話先を呼び出している。仮想的なウィンドウにはおそらく自分の生身だったころのアバターが映っているのだろうと思ったが、相手のアバターは表示されていない。とはいえ通信が暗号化はされている表示はあるため、きちんと相手も暗号化クライアントを使用しているらしい。鷹司房冬という名が表示される。父の名だ。


「こちらムーラ・ピザハウスです。荷物の話ですが」


「ああ。それで?」


「無事回収完了。輸送準備のためにFCS追加処置及びデータチップスロット作成処置の処置費用、並びに着陸装置を追加費用として申請したい」


「フム。無ければ困るのかね?」


「地上を行く必要があるため最低限の自衛ならびに移動方法のインプリントが必要。かつサイボーグ化身体の機械化率が低いので降着装置抜きでは死にます」


「足はスラスターユニットがあった型のように記憶しているが」


「仮にそうであっても弾道弾の終端速度に耐えられるものは現状存在しません。脚部のみであった場合は」


あるなら俺が使ってるよ。という事は言わない。相手の、鷹司房冬の聞きなれた豊かなバリトンの声。話者に尊敬の念を適切に抱かせるよう設計された音声。


「状況は理解した。領収書さえ切ってくれれば追加費用を許可する」


「ありがとうございます。期日までには段取り通り運搬します」


いくつかの調査候補のうち、正解をいきなり引き当てたため、10月までの期限がだいぶ短縮されているが、貨物の輸送日程は変わらない。もぐりこむ段取りの方もだ。人一人を安全に運ぶ、となると結構な手当が要る。別にフルボーグ二人が移動するだけなら個人装具はあるし、問題は本来ないのだ。


「ところで。父とは呼んでくれないのだな。房春」


自分の頭に血が上るのを意識した。くそ。確かにこいつは俺の親父だ。間違いない。こういう呼び方、言い方をするのはこの男でしかありえない。それを飲み込んで、言葉を発想とする。沈黙が長く、しかし客観的には数秒落ちる。


だめだ、お前はプロだろう。ミラグロスやピザ屋の従業員にだって責任がある。当たり前のことを考えろ。プロとして依頼人に激昂していいことなど何もないし、そもそも相手は気にしてすらいない。そのはずだ。


「仕事の話をしております」


「フム。コネで仕事が回されたと思わないのかね?」


面白がっている。恵まれた環境と体を捨てて、サイボーグになってアメリカから帰ってきたドラ息子がどういう反応をするのか、毛を逆さになでて弄んでいるのだ。落ち着け。金に色はついていない。


「プロとして依頼されたものと自負しております。当方としては報告内容は以上ですが、何か他にありますでしょうか」


「やれやれ。わかった。頼んだよ、ムーラ・ピザハウス」


通信が切れる。ただ話しただけなのに疲労感がある。どうもあの親父と話すのはだめだ。御年400歳を超える、メトセラ、不死の人間の体を持つ男。その男に戯れに作られた『息子』として、ふるまいそうになってしまう。


「くそ」


通信が切れてから毒づいている自分のせせこましさにも、やはり悪感情を抱いてしまう。金がないのは首がないのと同じ。とはよく言ったものだ。気に入らないやつに頭を垂れるしかない時に胸も張れない。









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