第12話「リプレイ・デス」

第12話「リプレイ・デス」


10年後、2034年11月。東京は冬の訪れを感じさせる冷たい風が吹いていた。椎名リョウは36歳になり、母のALS治療は最新の再生医療技術により劇的に改善していた。歩行補助具を使えば、母は自分の足で歩けるまでに回復していた。


デスゲーム被害者支援会は全国15都市に支部を持つまでに成長し、メンバーは300人を超えていた。中心メンバーは桐生タクミ、田中リク、青山ユキ、レイ、そしてクロエ。彼らは毎週のように新たな被害者を救出し、カウンセリングを行い、社会復帰を支援していた。


しかし、デスゲームは終わっていなかった。むしろ、形を変えて拡大していた。


全国各地で報告されるデスゲームは年間500件を超え、参加者は累計5000人に達していた。東京、大阪、名古屋、福岡、札幌、仙台。主要都市だけでなく、地方の小さな町でもデスゲームが発生していた。


さらに深刻だったのは、デスゲームの多様化だった。廃病院や廃工場だけでなく、VR空間でのデジタル・デスゲーム、SNSを使った心理戦型デスゲーム、さらには記憶そのものを賭けたオンライン賭博まで登場していた。


2034年11月15日、午後8時。支援会の事務所に一通のメールが届いた。送信者は「白石ハルト」。件名は「最後の告白と、最初の招待」。


リョウはメールを開いた。添付されていたのは、動画ファイルだった。


画面に映ったのは、白髪交じりの疲れ切った男の顔。白石ハルト、58歳。10年前に逮捕され、終身刑を受けたはずの男だった。


「椎名リョウ、久しぶりだな。いや、君にとっては久しぶりではないか。私は毎日、君のことを考えていた」


ハルトの声は静かで、どこか諦めたような響きがあった。


「私は今、府中刑務所の独房にいる。窓もない、6畳の部屋。ここで10年間、私は考え続けた。なぜ私はデスゲームを作ったのか。なぜ1億人以上の記憶を集めたのか。その答えを、今から話そう」


画面が切り替わり、古い写真が映し出された。笑顔の少女。12歳くらいだろうか。長い黒髪、大きな瞳、無邪気な笑顔。


「これが私の娘、白石サクラだ。2012年生まれ、2024年12月24日、12歳で死んだ」


リョウは息を呑んだ。ハルトに娘がいたことは知らなかった。


「サクラは10歳の時、脳腫瘍を発症した。悪性グリオーマ。治療法はなかった。手術をしても、放射線治療をしても、腫瘍は成長し続けた。そして、腫瘍は海馬を侵食した」


ハルトの声が震えた。


「海馬は記憶を司る部位だ。サクラは少しずつ、記憶を失っていった。最初は学校の友達の名前を忘れた。次に好きだったアニメのキャラクターを忘れた。そして、母親の顔を忘れた。私の顔を忘れた」


画面には病室の写真が映し出された。ベッドに横たわる少女。その瞳は虚ろで、何も映していなかった。


「最後の日、サクラは私を見て言った。『おじさん、誰?』。私は答えられなかった。娘は、父親である私を忘れていた。そして、その夜、サクラは息を引き取った」


ハルトは目を閉じた。長い沈黙が流れた。


「私は娘の記憶を取り戻したかった。いや、娘が失った全ての記憶を、世界中から集めて、娘を蘇らせたかった。馬鹿げた妄想だと分かっていた。でも、私には他に何もできなかった」


リョウは画面を見つめた。ハルトの動機は、自分と同じだった。大切な人を救いたい。ただそれだけだった。


「私は2025年、メモリア・コーポレーションを設立した。表向きは医療技術開発企業。しかし裏では、記憶抽出技術の研究に全てを注いだ。そして2027年、私は忘却と出会った」


画面が暗転し、黒い影のような存在が映し出された。


「忘却は私に取引を持ちかけた。『記憶を集めれば、娘を蘇らせる方法を教える』と。私は信じた。いや、信じたかった。そして、デスゲームを作った」


ハルトは深く息を吸った。


「最初のデスゲームは2028年。参加者は10人。報酬は5000万円。全員が死んだ。私は何も感じなかった。娘を蘇らせるためなら、何人でも犠牲にすると決めていた」


リョウは拳を握りしめた。


「2年間で、私は50回のデスゲームを開催した。参加者は合計500人。生存者は150人。記憶を失った者は300人。死者は50人。私は1億人分の記憶を集めた」


ハルトの声が低くなった。


「そして2030年、忘却は私に告げた。『記憶を集めても、死者は蘇らない。お前は騙されていた』。私は全てを失った。娘も、目的も、人生も」


画面には、崩れ落ちるハルトの姿が映された。


「君が私を逮捕した時、私は安堵した。やっと、この地獄から解放されると思った。でも、刑務所でも地獄は続いた。毎晩、夢を見る。サクラが、被害者が、私を責める夢を」


ハルトは顔を上げた。その目には、深い絶望と、かすかな光が宿っていた。


「椎名リョウ、私には償いが必要だ。でも、刑務所で死ぬだけでは償えない。だから、最後のゲームをする。いや、最初のゲームと言うべきか」


画面が切り替わり、巨大な建物が映し出された。国立競技場だった。


「明日、11月16日午後3時。国立競技場で、100人規模のデスゲームが開催される。主催者は私ではない。私の技術を盗んだ者たちだ。彼らはメモリア・コーポレーションの元社員で、私の逮捕後に技術を持ち出し、新たな組織を作った」


リョウは驚愕した。デスゲームは、まだ続いていた。


「組織の名前は『リコレクション』。記憶を商品として売買する闇市場を運営している。彼らは明日、100人の参加者から記憶を抽出し、富裕層に売る予定だ。100人分の記憶は、1人あたり1億円。合計100億円の取引だ」


ハルトは立ち上がった。


「私は脱獄する。そして、君と共に戦う。100人を救い、リコレクションを壊滅させる。これが、私の償いの始まりだ」


画面が暗転し、最後のメッセージが表示された。


「国立競技場、明日午後3時。私を信じてくれ。もう一度だけ、私に償う機会をくれ。白石ハルト」


リョウは動画を止め、深く息を吐いた。


ユキが不安そうに尋ねた。「リョウ、どうするの?ハルトを信じられるの?」


リョウは長い沈黙の後、答えた。「分からない。でも、100人が死ぬのを見過ごすことはできない。俺は行く」


タクミが腕を組んで言った。「俺も行く。ハルトが本当に償う気があるのか、この目で確かめる」


リクが頷いた。「俺も行く。100人を救うためなら、リスクを取る価値がある」


レイが微笑んだ。「私も行く。リョウが行くなら、私も一緒」


クロエが冷静に言った。「私も行く。リコレクションの情報は、私も少し掴んでいる。彼らは危険だ。でも、倒さなければならない」


リョウは仲間たちを見渡し、強く頷いた。「ありがとう。みんな、明日、国立競技場で会おう」


翌日、11月16日午後2時30分。国立競技場の外には、警察車両が数十台停まっていた。しかし、競技場の内部には誰も入れなかった。全ての入口が電子ロックで封鎖されていたからだ。


午後2時45分、リョウたちは裏口から侵入した。クロエがハッキングで電子ロックを解除し、6人は静かに内部へ進んだ。


競技場の中央には、巨大な装置が設置されていた。高さ10メートル、直径20メートル。球体の表面には無数のケーブルが繋がれ、その先には100個の椅子が配置されていた。


椅子には、100人の参加者が座らされていた。全員の首には赤い首輪が巻かれ、頭にはヘッドギアが装着されていた。参加者は20代から60代まで、男女比は半々。全員が恐怖に震えていた。


観客席には、10人の男女が座っていた。全員が黒いスーツを着て、タブレットを操作していた。彼らがリコレクションのメンバーだった。


そして、観客席の最上段に、1人の男が立っていた。白石ハルトだった。


リョウは驚いた。ハルトは本当に脱獄していた。


ハルトはリョウを見つけ、小さく頷いた。そして、拡声器を取り出し、叫んだ。


「リコレクションの諸君、ゲームは中止だ。参加者を解放しろ」


リコレクションのリーダー格の男が立ち上がり、冷笑した。「白石ハルト、元社長。刑務所から逃げ出してまで、何をしに来た?もう君の時代は終わったんだ」


ハルトは静かに答えた。「私の時代が終わったからこそ、君たちの時代も終わらせる。記憶は商品じゃない。人間の尊厳だ」


リーダーが笑った。「尊厳?君が言うか?君こそ、1億人の記憶を奪った男じゃないか」


ハルトは頷いた。「その通りだ。だから、私には償う責任がある」


その時、リョウが中央に飛び出した。「ハルト、1人じゃない。俺たちも一緒だ」


タクミ、リク、ユキ、レイ、クロエが続いた。6人はハルトの前に立った。


リーダーが舌打ちをした。「邪魔をするなら、全員殺す」


リーダーがタブレットを操作すると、100人の首輪が赤く点滅し始めた。爆発までのカウントダウンが始まった。残り5分。


リョウは叫んだ。「クロエ、システムをハッキングできるか?」


クロエが首を振った。「無理。このシステムは多重暗号化されている。解除には最低30分かかる」


リョウは歯を食いしばった。リープを使えば、別の方法を探せるかもしれない。しかし、リープすれば誰かの記憶が消える。


その時、ハルトが前に出た。「私に任せろ」


ハルトは中央の装置に向かって歩き始めた。リーダーが銃を構えた。


「動くな、ハルト。1歩でも近づけば撃つ」


ハルトは歩みを止めず、静かに言った。「撃て。でも、私が死ねば、装置は暴走する。この装置は私が設計した。私の生体認証がなければ、完全には制御できない」


リーダーが躊躇した。その隙に、ハルトは装置の制御パネルに手を置いた。


「今から、装置を逆転させる。100人の記憶を抽出するのではなく、装置に蓄積された記憶を100人に返す」


リーダーが叫んだ。「馬鹿な!そんなことをすれば、装置が過負荷で爆発する!」


ハルトは微笑んだ。「ああ、爆発する。でも、100人は助かる」


リョウは叫んだ。「ハルト、やめろ!お前も死ぬぞ!」


ハルトは振り返り、静かに答えた。「私は死んで償うつもりはない。でも、死ぬ覚悟で生きるつもりだ」


ハルトが制御パネルを操作すると、装置が激しく振動し始めた。100人のヘッドギアが光り、首輪が外れて落ちた。


参加者たちは目を覚まし、混乱しながらも椅子から立ち上がった。


「逃げろ!全員、競技場から出ろ!」


タクミが叫び、参加者たちを誘導し始めた。リク、ユキ、レイ、クロエも続いた。


装置の振動が激しくなり、火花が散り始めた。ハルトは制御パネルから手を離さず、装置を安定させようとしていた。


リョウはハルトに駆け寄った。「ハルト、もう十分だ!一緒に逃げよう!」


ハルトは首を振った。「まだだ。装置が完全に停止するまで、あと30秒。お前は先に行け」


リョウは叫んだ。「馬鹿野郎!お前1人で死なせるか!」


リョウはハルトの腕を掴み、無理やり引っ張った。しかし、ハルトは動かなかった。


「リョウ、私には生きる理由がもうない。娘も死に、罪も償えない。ここで死ねば、少しは楽になれる」


リョウは怒鳴った。「違う!お前には生きる理由がある!お前がいなければ、デスゲームは止められない!お前の知識が必要なんだ!」


ハルトは目を見開いた。


「お前は償いたいんだろ?なら、死ぬな!生きて、戦え!デスゲームを撲滅するために、俺たちと一緒に戦え!」


リョウの言葉が、ハルトの心に届いた。ハルトは制御パネルから手を離し、リョウと共に走り出した。


2人が出口に到達した瞬間、装置が大爆発を起こした。競技場の中央が炎に包まれ、天井が崩れ落ちた。


リョウとハルトは地面に倒れ込み、爆風をやり過ごした。


数分後、2人は立ち上がった。競技場の中央は瓦礫の山と化していた。しかし、100人の参加者は全員無事だった。


リコレクションのメンバーは警察に逮捕され、事件は解決した。


病院でリョウとハルトは並んで座っていた。2人とも軽傷で済んでいた。


ハルトが小さく笑った。「君に命を救われるとは思わなかった」


リョウも笑った。「お互い様だ。お前も100人を救った」


ハルトは真剣な表情になった。「リョウ、私を仲間にしてくれるか?私はデスゲームの全てを知っている。技術も、組織も、黒幕も。その知識を使って、デスゲームを撲滅したい」


リョウは手を差し出した。「もちろんだ。ようこそ、デスゲーム被害者支援会へ」


ハルトはリョウの手を握った。2人は強く握手を交わした。


3年後、2037年。白石ハルトは刑期を大幅に短縮され、保護観察付きで釈放された。彼はデスゲーム撲滅財団を設立し、全財産を投じて被害者支援と新たなデスゲームの監視に尽力した。


リョウとユキは結婚し、娘が生まれた。名前は怜(れい)。レイから1文字を取った。


5年後、2039年。デスゲームの発生件数は年間50件まで減少した。しかし、新たな脅威が現れていた。


ある日、リョウのスマホに謎のメッセージが届いた。送信者不明。


「記憶のゲームは、これから本番だ。2045年、ソーシャル・クレジット社会が完成する。そこでは、記憶が全てを支配する。A級からD級まで、人間は記憶の価値で分類される。準備はいいか、椎名リョウ?ああ、そういえば、君は3年前の記憶を失っているな。思い出したいか?」


リョウは画面を凝視した。3年前の記憶?自分に失われた記憶があるのか?


その時、ハルトから電話がかかってきた。


「リョウ、緊急事態だ。3年前のデスゲームの記録が見つかった。そこに、君の名前がある」


リョウは息を呑んだ。


「3年前、君は別のデスゲームに参加していた。そして、全ての記憶を失った。今の君は、その時の記憶を失った君なんだ」


リョウの手が震えた。自分に、失われた過去がある?


画面には、1行のメッセージが浮かび上がった。


「第2部『忘れられたリープ』で、全ての真実が明らかになる」


(第1部・完)

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『リプレイ・デス~死に戻りの代償~』 山太郎 @125803

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