第5話「サバイバル」

第5話「サバイバル」


朝、俺は重い気持ちで目を覚ました。廃病院の冷たい床に寝転がっていた体を起こすと、全身に鈍い痛みが走る。昨夜もほとんど眠れなかった。黒木の死が、まだ頭の中で繰り返されている。爆発の音、血の匂い、そして黒木の最後の言葉。全てが鮮明に残っている。


残りは4人。椎名リョウ、青山ユキ、桐生タクミ、田中リク。


鈴木アイも、昨夜自ら首輪を外そうとして死んだ。彼女は30代の主婦で、息子の治療費のためにこのゲームに参加していた。でも、リープの代償で息子の記憶を完全に失い、生きる意味を見失ったのだ。昨夜、俺たちが眠っている間に、彼女は一人で首輪を外そうとした。そして、爆発した。朝になって、俺たちは彼女の遺体を見つけた。


「もう、誰も失いたくない」


ユキが呟いた。彼女の声は震えており、目には涙が浮かんでいた。


「ああ、でも、このゲームは続く」


タクミが言った。彼の声は低く、諦めのような響きがあった。


その時、スピーカーから声が流れた。黒木ではない。女の声だ。冷たく、機械的な響きがある。


「おはよう、残りの参加者たち」


「誰だ?」


俺は立ち上がり、スピーカーを見上げた。


「私は、クロエ。黒木の後任よ」


スピーカーから、冷たい女の声が聞こえた。クロエ・ミラー。俺はその名前を聞いたことがある気がしたが、思い出せなかった。


「黒木は死んだ。でも、ゲームは続く。5日目の課題を始めるわ」


クロエの声には感情がなかった。まるで、俺たちが人間ではなく、実験動物であるかのような口調だった。


俺たちは中央ホールへ集められた。廃病院の1階にある広いホールで、かつては待合室として使われていた場所だ。壁は剥がれ、床にはひび割れが入っている。窓ガラスは割れ、外から冷たい風が吹き込んでくる。


中央には、4つの装置が置かれている。銃のような形をしているが、弾は入っていない。代わりに、液晶画面がついている。黒い金属製で、重そうだ。液晶画面には何も映っていないが、電源が入っているようで微かに光っている。


「これは、記憶抽出装置よ」


クロエの声が説明を始める。


「この装置を他人に向けて引き金を引けば、相手の記憶を1つ奪える。奪った記憶は、装置に保存される」


ざわめきが広がる。リクが一歩後ずさりし、ユキが息を呑んだ。


「奪った記憶を3つ集めれば、自分の首輪が解除される。つまり、このゲームから解放される」


クロエが続ける。彼女の声は淡々としており、まるで料理のレシピを読み上げているかのようだった。


「制限時間は6時間。午前8時から午後2時まで。6時間後、生存者が2人以下なら、全員死亡。3人以上なら、全員が次の日へ進める」


「つまり、記憶を奪い合えってことか?」


タクミが言った。彼の声には怒りが滲んでいた。


「その通り。ただし、奪った記憶は忘却に回収される。つまり、仲間の記憶を奪えば、忘却が強くなる」


クロエが笑った。それは冷たく、嘲笑うような笑い声だった。


「さあ、選択して。仲間を守って全員で生き残るか、仲間を裏切って自分だけ解放されるか」


スピーカーから音が消えた。静寂が広がる。俺たちは顔を見合わせ、誰も何も言えなかった。


装置が4つ、俺たちの前に置かれた。黒い金属製の装置は、まるで俺たちを誘っているかのようにそこに置かれている。


「どうする?」


リクが震えた声で聞く。田中リクは30代前半、普段は穏やかで優しい男だが、今は恐怖で顔が青ざめている。


「装置を使わない。全員で6時間生き残る」


俺は言った。俺の声は思ったより強く、決意に満ちていた。


「でも、誰かが裏切ったら」


「裏切らない。俺たちは、仲間だ」


タクミが言った。彼は腕を組み、俺を見つめている。


「ああ。記憶を奪い合うなんて、馬鹿げてる」


ユキが頷いた。彼女の目には涙が浮かんでいたが、決意の色も見えた。


「じゃあ、装置を隠そう。誰も使えないように」


俺たちは装置を集め、ホールの隅にあるロッカーに隠した。ロッカーは錆びており、扉は軋む音を立てた。俺たちは装置を一つずつロッカーに入れ、扉を閉めた。


「これで、安心だ」


リクが言った。彼の声には安堵の色が滲んでいた。


その時、突然、壁が崩れた。ドガァァンという轟音とともに、北側の壁が内側に崩れ落ちた。埃が舞い上がり、視界が悪くなる。


「な、何だ!?」


黒いスーツの男たちが現れた。10人以上。彼らは全員、黒いスーツを着て、サングラスをかけている。表情は見えないが、冷たい雰囲気を纏っている。そして、全員が記憶抽出装置を手にしている。


「ゲームのルールは絶対だ。装置を使え」


男たちが俺たちを取り囲む。俺たちは背中合わせになり、男たちを警戒した。


「逃げろ!」


俺は叫んだ。


俺たちは廃病院の中を走った。ホールから廊下へ、廊下から階段へ。黒いスーツの男たちが追いかけてくる。彼らの足音が背後で響いている。


「こっちだ!」


タクミが先導する。彼は元刑事だけあって、咄嗟の判断が早い。


俺たちは階段を駆け上がった。3階、4階。息が切れ、足が重くなる。でも、止まれば死ぬ。


「屋上だ!」


屋上に出た瞬間、男たちに囲まれた。俺たちは屋上の中央に立ち、男たちは四方から俺たちを取り囲んでいる。逃げ道はない。


「観念しろ」


男たちが記憶抽出装置を向けてくる。装置の液晶画面が青く光っている。


「くそ!」


その時、タクミが前に出た。彼は両腕を広げ、俺たちの前に立ちはだかった。


「椎名、お前たちは逃げろ」


「タクミ!?」


「俺が時間を稼ぐ。お前は、忘却を倒せ」


タクミが男たちに向かって走った。彼は全速力で男たちに突進し、一人の男に体当たりした。


「タクミ、やめろ!」


俺は叫んだ。でも、タクミは止まらなかった。


男たちに飛びかかり、装置を奪おうとする。タクミは格闘術に長けており、一人の男から装置を奪い取った。でも、他の男たちが一斉に引き金を引いた。


ズキューン、ズキューン、ズキューン。


タクミの体が硬直する。彼は装置を落とし、その場に崩れ落ちた。


「うっ」


タクミが倒れた。彼の目は虚ろで、意識がないように見えた。


「タクミ!」


俺は駆け寄った。タクミの体を揺すったが、反応がない。記憶を奪われ過ぎて、意識を失ったのだ。


そして、タクミの首輪が赤く点滅し始めた。ピピピピピという警告音が鳴り響く。


「やばい」


ドンッ!


タクミの首輪が爆発した。爆風が俺を襲い、俺は吹き飛ばされた。視界が暗くなる。


「タクミぃぃ!!」


視界が暗転する。朝に戻った。


俺は廃病院の冷たい床に寝転がっていた。体を起こすと、全身に鈍い痛みが走る。


「はあ、はあ」


息が荒い。心臓が激しく鳴っている。


タクミが死んだ。俺は、タクミを救えなかった。


「椎名くん、大丈夫?」


ユキが心配そうに見つめる。彼女は俺の隣に座り、俺の顔を覗き込んだ。


「もう一度だ」


俺は立ち上がった。まだ諦めない。リープの能力を使って、タクミの死を防ぐ。


5日目の課題。記憶のサバイバル。今度は、装置を隠さなかった。


「装置を使うしかない」


俺は言った。俺たちは中央ホールに集まり、装置を見つめている。


「でも、仲間の記憶を奪うのか?」


リクが聞く。彼の声には不安の色が滲んでいた。


「いや。俺が黒いスーツの男たちの記憶を奪う」


「どういうことだ?」


「男たちが襲ってくる。その前に、俺が先制攻撃をする」


俺は装置を手に取った。装置は思ったより重く、冷たかった。液晶画面には何も映っていないが、電源が入っているようで微かに光っている。


壁が崩れ、男たちが現れた。ドガァァンという轟音とともに、北側の壁が内側に崩れ落ちた。


俺は装置を向けて、引き金を引いた。


ズキューン!


男の1人が倒れた。記憶を奪われたのだ。彼は装置を落とし、その場に崩れ落ちた。


「やった!」


でも、他の男たちが俺に向かってくる。彼らは一斉に装置を向け、引き金を引こうとしている。


「椎名、危ない!」


タクミが俺を突き飛ばした。俺は床に倒れ込み、タクミが俺の代わりに男たちの前に立った。


男たちが引き金を引く。


ズキューン、ズキューン、ズキューン。


タクミの体が硬直する。


「うっ」


タクミが倒れた。彼の目は虚ろで、意識がないように見えた。


「タクミ!」


俺は駆け寄った。でも、タクミの首輪が赤く点滅し始めた。


ドンッ!


タクミの首輪が爆発した。


「くそ!」


朝に戻った。俺は廃病院の冷たい床に寝転がっていた。


「また、タクミが死んだ」


俺は頭を抱えた。どうすれば、タクミを救えるんだ?


俺は、何度もリープした。


3回目、ユキが死んだ。彼女は男たちに囲まれ、記憶を奪われ過ぎて意識を失い、首輪が爆発した。俺は彼女の名前を叫んだが、間に合わなかった。


4回目、リクが死んだ。彼は娘のために戦おうとしたが、男たちに囲まれて記憶を奪われた。最後に彼は「ユイ」と娘の名前を呟いて、倒れた。


5回目、俺が死んだ。男たちに囲まれ、記憶を奪われ過ぎて意識を失い、首輪が爆発した。爆発の瞬間、俺は母の顔を思い出そうとしたが、思い出せなかった。


6回目、タクミが再び死んだ。彼は俺たちを守るために男たちに立ち向かい、記憶を奪われて倒れた。


7回目、全員が死んだ。俺たちは男たちに囲まれ、一人ずつ記憶を奪われ、最後には全員が首輪の爆発で死んだ。


8回目、黒いスーツの男たちに囲まれて全滅。俺たちは屋上に追い詰められ、逃げ場がなくなった。


9回目、装置を使って反撃するも、力尽きた。俺は男たちの記憶を奪い続けたが、男たちの数が多すぎて対応できなかった。


10回目


朝に戻った。俺は廃病院の冷たい床に寝転がっていた。


「はあ、はあ、はあ」


息が荒い。全身が震えている。心臓が激しく鳴り、頭がぼんやりしている。


10回リープした。つまり、10人の記憶が消えた。誰の記憶が消えたのか分からない。でも、確実に誰かの大切な記憶が失われた。


「椎名くん」


ユキが俺に駆け寄った。でも、俺にはユキの顔が分からなかった。彼女は誰だっけ? どこかで会ったことがある気がするが、思い出せない。


「お前、誰だ?」


「え? 私は、青山ユキだよ」


「ユキ? ああ、そうだった」


俺は頭を抱えた。俺自身の記憶が、大量に消えている。ユキの顔は分かる。でも、彼女との思い出が曖昧だ。俺たちはどうやって出会ったんだっけ?


母の顔が、曖昧だ。母は誰だっけ? 俺には母がいたはずだ。でも、顔が思い出せない。


母との思い出も、断片的にしか思い出せない。母と一緒に公園に行った記憶がある気がする。でも、いつのことだったか分からない。


「椎名くん、本当に大丈夫?」


ユキが心配そうに俺の手を握る。彼女の手は温かく、柔らかかった。


「大丈夫じゃない」


俺は立ち上がった。体が重く、頭がぼんやりしている。でも、立ち上がらなければならない。


「でも、諦めない。必ず、みんなを救う」


5日目の課題。記憶のサバイバル。


俺は、10回のリープで学んだ。黒いスーツの男たちの動き。装置の使い方。逃げるルート。全て、把握した。


「みんな、俺を信じてくれ」


俺は言った。


「装置は使わない。でも、男たちから逃げ続ける」


「どうやって?」


タクミが聞く。


「俺が、全部把握してる。男たちの動きを」


俺は続けた。


「壁が崩れるのは、開始から5分後。男たちは北側から来る。俺たちは南側へ逃げる」


「なぜ、そんなことが分かる?」


「何度も、経験したからだ」


俺は目を閉じた。10回のリープの記憶が、頭の中で渦巻いている。


「10回、リープした。10回、お前たちが死ぬのを見た」


「椎名」


タクミが俺の肩を叩いた。彼の手は大きく、力強かった。


「分かった。お前を信じる」


開始から5分後。壁が崩れた。ドガァァンという轟音とともに、北側の壁が内側に崩れ落ちた。


「今だ、南側へ!」


俺たちは走った。ホールから廊下へ、廊下から階段へ。男たちが追いかけてくる。


「こっちだ!」


俺は先導した。2階、3階、地下。俺は、全てのルートを把握している。どこに男たちが待ち伏せしているか、どこに罠があるか、全て分かっている。


1時間後。


「まだ、追いかけてくる」


リクが息を切らしている。彼の顔は汗でびっしょりで、足取りが重くなっている。


「大丈夫。あと5時間だ」


2時間後。


「椎名、お前、本当にすごいな」


タクミが言った。彼は俺の後ろを走りながら、感心したように言った。


「何度も経験すれば、誰でもできる」


3時間後。


「もう、限界」


ユキが倒れそうになった。彼女の足がもつれ、壁に手をついた。


「頑張れ、ユキ。あと3時間だ」


俺はユキの手を引いて、走り続けた。


4時間後。


「男たちが、減ってきた」


タクミが言った。男たちの足音が少なくなっている。


「ああ。彼らも疲れてる」


5時間後。


「あと1時間」


リクが呟いた。彼の声には希望の色が滲んでいた。


6時間後。


ピピッ!


全員の首輪が緑色に光った。


『課題クリア』


「やった!」


ユキが倒れ込んだ。彼女は床に座り込み、涙を流している。


「椎名、お前のおかげだ」


タクミが笑った。彼は俺の肩を叩き、満足そうに笑っている。


「ああ」


俺も、力尽きた。床に座り込み、深く息を吸い込んだ。


夜、俺たちは共同生活エリアに戻った。廃病院の2階にある部屋で、かつては病室として使われていた場所だ。


でも、俺の記憶はボロボロだった。ユキの顔は分かる。でも、出会った経緯が思い出せない。俺たちはいつ出会ったんだっけ? このデスゲームで? それとも、その前から知り合いだったのか?


タクミの名前は覚えている。でも、なぜ彼が元刑事なのか分からない。彼は刑事だったのか? それとも、俺の勘違いか?


リクの娘の話を聞いた気がする。でも、内容が思い出せない。娘の名前は何だっけ? ユイ? それとも、別の名前だったか?


そして、母の顔が


「母さん」


俺はスマホの写真を見た。写真には、母が映っている。優しそうな笑顔で、俺を見つめている。でも、誰なのか分からない。


「これ、誰だ?」


涙が流れた。俺は写真を見つめ続けたが、誰なのか思い出せない。


「大切な人だった気がする、でも」


「椎名くん」


ユキが俺の隣に座った。彼女は俺の手を握り、優しく微笑んだ。


「大丈夫。私たちが、あなたを支える」


「ありがとう」


俺は写真を見つめ続けた。母の顔が、思い出せない。母との思い出が、消えていく。俺は、何のために戦っているんだ?


その夜、また夢を見た。真っ暗な空間の中、忘却の声が聞こえた。


「10回もリープしたね」


忘却の声。それは冷たく、嘲笑うような声だった。


「お前のおかげで、10人分の記憶を集められた。ありがとう」


「くそ」


「お前自身の記憶も、大量に消えた。母の顔、覚えているか?」


「覚えてない」


「そうだろう。お前は、自分の大切なものを失いながら、仲間を救っている」


忘却が笑った。その笑い声は不気味で、俺の心を凍りつかせた。


「滑稽だね。母を救うためにゲームに参加したのに、母の記憶を失った」


「黙れ」


「あと何回リープする? 20回? 30回? 最後には、お前自身が誰なのかも分からなくなる」


「」


「楽しみにしているよ。お前の崩壊を」


忘却の声が消えた。俺は暗闇の中で一人、立ち尽くしていた。


翌朝、俺は目を覚ました。廃病院の冷たい床に寝転がっていた。体を起こすと、全身に鈍い痛みが走る。


残りは4人。椎名リョウ、青山ユキ、桐生タクミ、田中リク。


俺は、母の写真を見つめた。スマホの画面には、優しそうな笑顔の女性が映っている。


「この人、誰だっけ?」


でも、思い出せない。大切な人だった気がする。でも、名前も、顔も、思い出も、全て曖昧だ。


窓の外を見る。朝日が昇っている。空は青く、雲ひとつない快晴だ。でも、俺の心は暗く、重かった。


6日目が始まる。俺は、もう限界だ。記憶が、崩壊している。でも、諦めない。仲間を守るために。忘却を倒すために。そして、この地獄のようなデスゲームを終わらせるために。


次回予告 第6話『記憶の迷路』


「自分の記憶を取り戻せ」


6日目の課題は、記憶の迷路。自分の過去の記憶が散らばる迷路を探索し、制限時間内に辿り着けば記憶回復。リョウは、さらなるリープを重ね、全員の記憶の場所を把握する。そして、忘却の崩壊が始まる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る