第3話「記憶の交換」

第3話「記憶の迷路」


第3日目の朝


目が覚めると、午前7時だった。


窓の外から、朝日が差し込んでいる。鳥の鳴き声が聞こえる。まるで、普通の朝のようだ。


でも、ここは廃病院。デスゲームの真っ只中だ。


俺は起き上がり、周りを見渡した。


ベッドは8つ。全員、無事に朝を迎えられた。


昨日、クロエが記憶を失った。夫との最後の記憶を差し出して、全員を救ってくれた。


俺は、クロエのベッドを見た。


彼女は、まだ眠っている。穏やかな寝顔だ。


記憶を失っても、彼女は生きている。それだけで、良かったと思うべきなのか。


でも、記憶を失うということは、その人の一部が死ぬということだ。


クロエは、もう夫の最後の言葉を思い出せない。


「愛してる」


その言葉を、永遠に失った。


俺は、胸が痛んだ。


「おはよう、椎名」


リクが声をかけてきた。


「おはよう」


俺は答えた。


「今日も、頑張ろうな」


「ああ」


俺たちは、食堂へ向かった。


食堂には、簡単な朝食が用意されていた。パンと目玉焼き、コーヒー。味は悪くない。


「みんな、揃ったな」


タクミが言った。


桐生タクミ。35歳。元刑事で、がっしりとした体格。頼りになる男だ。


「ああ。8人全員、無事だ」


ケンジが答えた。


山田ケンジ。40代。会社員で、妻の治療費のためにここに来た。


「でも、今日の課題は何だろうな」


ハルカが不安そうに言った。


山田ハルカ。30代。看護師だったが、病院を辞めて借金を抱えた。


「分からない。でも、昨日よりも難しいかもしれない」


ユキが言った。


青山ユキ。22歳。医師を目指している学生。優しくて、芯が強い女性だ。


その時、スクリーンが点灯した。


案内役の顔が映る。


「おはようございます。第3日目の課題を発表します」


全員が、スクリーンを見つめた。


「第3日目の課題:記憶の迷路」


記憶の迷路


「記憶の迷路?」


誰かが呟いた。


「これから、あなたたちには迷路を攻略していただきます」


案内役が説明を始めた。


画面に、巨大な迷路の映像が映った。高い壁に囲まれた複雑な構造。出口は見えない。


「迷路の中には、それぞれの記憶が映し出されます」


「正しい記憶を選べば、出口へ辿り着けます」


「でも、間違った記憶を選べば...罠が発動します」


罠。


その言葉に、俺たちは緊張した。


「罠とは?」


タクミが聞いた。


「毒ガス、落とし穴、電撃など、様々です」


案内役が冷たく答えた。


「罠に引っかかれば、死にます」


「くそ...」


タクミが呟いた。


「ルールは以下の通りです」


案内役が続ける。


「2人1組で、迷路を攻略してください」


「ペアは、くじ引きで決めます」


「制限時間は、4時間です」


「午前8時から正午まで。それまでに全員が脱出できなければ、首輪が爆発します」


4時間。


それが、俺たちに与えられた時間だ。


「では、くじ引きを始めます」


スクリーンに、くじ引きの箱が映った。


「1人ずつ、くじを引いてください」


俺たちは順番に、くじを引いた。


俺のくじには、「3」と書かれていた。


「では、同じ番号の人同士でペアになってください」


俺は周りを見渡した。


「3番...誰だ?」


その時、ユキが手を挙げた。


「私も3番です」


ユキが近づいてきた。


「椎名くんとペアなんだね」


「ああ。よろしく、ユキ」


「こちらこそ」


ユキが微笑んだ。


他のペアも決まった。


リクとタクミ。


ケンジとハルカ。


アイとミサキ。


クロエは...1人余った。


「クロエさんは?」


ユキが聞いた。


「クロエ・ミラーさんは、特別枠です」


案内役が答えた。


「昨日、記憶を差し出してくれたので、今日の課題は免除します」


「免除...」


俺たちは安堵した。


少なくとも、クロエは安全だ。


「では、迷路へ移動してください」


案内役の声が響いた。


迷路の入口


俺たちは、病院の裏手にある広場へ移動した。


そこには、巨大な迷路が建設されていた。


壁の高さは5メートル以上。木製で、頑丈そうだ。


入口は4つ。それぞれのペアごとに分かれている。


「椎名くん、行こう」


ユキが俺の手を引いた。


俺たちは、3番の入口へ向かった。


入口の前に立つと、案内役の声が聞こえた。


「ルールを再確認します」


「迷路の中には、分岐点がいくつもあります」


「各分岐点では、2つの記憶が映し出されます」


「正しい記憶を選んで進んでください」


「間違った記憶を選ぶと、罠が発動します」


「制限時間は4時間。正午までに脱出してください」


「では、スタート」


入口の扉が開いた。


俺とユキは、迷路の中へ入った。


最初の分岐点


迷路の中は、薄暗かった。壁には、蔦が這っている。湿った空気が、肌にまとわりつく。


俺たちは慎重に進んだ。


50メートルほど歩くと、最初の分岐点に着いた。


道が2つに分かれている。


右の道と、左の道。


そして、それぞれの道の前に、スクリーンがあった。


右のスクリーンには、俺の記憶が映っていた。


小学生の頃。


俺と母が、病院にいる。


医師が、母に何かを説明している。


「椎名ミチルさん、検査の結果、異常はありませんでした」


母が安堵の表情を浮かべる。


「良かった...」


でも、この記憶は違う。


母は、小学生の頃には病気じゃなかった。


これは、偽の記憶だ。


左のスクリーンには、別の記憶が映っていた。


小学生の頃。


俺と母が、公園で遊んでいる。


母が笑顔で、俺にブランコを押してくれる。


「リョウ、もっと高く?」


「うん!」


俺は笑っている。


これは、本物の記憶だ。


「左だ」


俺は言った。


「左の道が正しい」


「どうして分かるの?」


ユキが聞いた。


「右の記憶は偽物だ。母は小学生の頃、病院にはいなかった」


「左の記憶は本物。母と公園で遊んだ記憶がある」


「分かった。左に行こう」


俺たちは、左の道を進んだ。


道は正しかった。罠は発動しなかった。


「良かった...」


ユキが安堵のため息をついた。


第2の分岐点


さらに進むと、第2の分岐点に着いた。


今度は、ユキの記憶が映っていた。


右のスクリーンには、ユキが高校生の頃の記憶。


制服を着たユキが、友人たちと笑っている。


「ユキ、一緒に帰ろう」


「うん!」


ユキが笑顔で答える。


左のスクリーンには、別の記憶。


ユキが病院にいる。


誰かのベッドの横に座っている。


「お父さん...頑張って」


ユキが涙を流している。


ベッドに横たわる男性。おそらく、ユキの父親だ。


「ユキ...お前は、強い子だ...」


父親が、弱々しい声で言う。


「医者になって...たくさんの人を救ってくれ...」


「うん...分かった...」


ユキが涙を流しながら頷く。


「ユキ...」


俺は、ユキを見た。


ユキは、スクリーンを見つめたまま、涙を流していた。


「左の記憶...本物だよ」


ユキが呟いた。


「お父さんは、私が高校生の時に亡くなった。癌だった」


「お父さんは、最後に私に言った。『医者になって、たくさんの人を救ってくれ』って」


「だから、私は医師を目指してる」


ユキが続ける。


「お父さんとの約束を守るために」


「そうか...」


俺は、ユキの肩を抱いた。


「お前は、強いな」


「強くなんかないよ」


ユキが笑った。


「ただ、お父さんとの約束を守りたいだけ」


「行こう。左の道だ」


俺たちは、左の道を進んだ。


第3の分岐点:罠の発動


第3の分岐点に着いた。


今度は、また俺の記憶だった。


右のスクリーンには、俺が大学生の頃の記憶。


友人たちと、居酒屋で飲んでいる。


「椎名、お前、彼女できたのか?」


「いや、まだだよ」


俺が笑って答える。


左のスクリーンには、別の記憶。


俺が大学生の頃。


母が、病院のベッドに横たわっている。


医師が、俺に告げる。


「お母さんは、ALSです」


俺が、絶望の表情を浮かべる。


どちらも、本物の記憶だ。


でも、どちらが正しい道なのか。


「椎名くん、どっち?」


ユキが聞いた。


「分からない...どっちも本物の記憶だ」


俺は迷った。


時計を見る。すでに1時間が経過している。残り3時間。


「直感で選ぶしかない」


俺は言った。


「右に行こう」


俺たちは、右の道を進んだ。


その瞬間—


床が開いた。


「やばい!」


俺とユキは、穴に落ちた。


「うわああああ!」


俺たちは、暗闇の中を落下した。


3メートルほど落ちて、床に激突した。


「痛っ...」


俺は体を起こした。


幸い、怪我はない。ユキも無事だ。


「大丈夫? ユキ」


「うん...なんとか」


ユキが答えた。


「でも、ここどこ?」


周りを見渡すと、狭い部屋だった。


壁には、扉が1つだけある。


「罠に引っかかったんだ」


俺は言った。


「くそ...正しい道は左だったのか」


その時、スクリーンが点灯した。


案内役の顔が映る。


「残念でしたね、椎名リョウさん、青山ユキさん」


「罠に引っかかりました」


「どうすれば、脱出できる?」


俺は聞いた。


「簡単です。扉を開ければ、迷路に戻れます」


「でも、扉を開けるには、パスワードが必要です」


「パスワードは、あなたたちの記憶の中にあります」


スクリーンに、問題が表示された。


「椎名リョウの母親の名前は?」


「青山ユキの父親が最後に言った言葉は?」


2つの質問。


答えられれば、扉が開く。


「簡単だ」


俺は答えた。


「母の名前は、椎名ミチル」


「お父さんの最後の言葉は...」


ユキが続ける。


「『医者になって、たくさんの人を救ってくれ』」


ピンポーン。


正解の音が鳴った。


扉が開いた。


「正解です。おめでとうございます」


案内役の声が聞こえた。


「では、迷路に戻ってください」


俺たちは、扉を通って迷路に戻った。


再挑戦


俺たちは、第3の分岐点に戻った。


今度は、左の道を選んだ。


道は正しかった。罠は発動しなかった。


「良かった...」


ユキが安堵した。


「でも、時間がない。もう2時間経ってる」


俺は言った。


「急ごう」


俺たちは、走り始めた。


第4、第5、第6の分岐点を、次々とクリアした。


俺とユキの記憶が、交互に映し出される。


俺の幼少期の記憶。


ユキの中学時代の記憶。


俺の高校時代の記憶。


ユキの大学時代の記憶。


俺たちは、互いの過去を知っていった。


ユキは、父親を失った後、母親と2人で暮らしていた。


でも、母親も病気で亡くなった。


ユキは、天涯孤独だった。


それでも、彼女は医師を目指し続けた。


父親との約束を守るために。


俺は、ユキの強さに感動した。


「ユキ、お前は本当に強いな」


「そんなことないよ」


ユキが笑った。


「ただ、前を向いて生きてるだけ」


「椎名くんだって、強いよ」


「お母さんのために、ここまで頑張ってるんだから」


「...ありがとう」


俺は微笑んだ。


最後の分岐点


ついに、最後の分岐点に着いた。


時計を見る。残り30分。


ここを抜ければ、出口だ。


スクリーンに、俺とユキの記憶が同時に映し出された。


右のスクリーンには、俺が母に誓う場面。


「母さん、絶対に治してみせる」


左のスクリーンには、ユキが父親に誓う場面。


「お父さん、私、絶対に医者になる」


どちらも、本物の記憶だ。


でも、どちらが正しい道なのか。


「椎名くん...」


ユキが俺を見た。


「どっちだと思う?」


俺は考えた。


そして、気づいた。


「どっちでもいいんだ」


「え?」


「この分岐点は、どちらを選んでも正解なんだ」


俺は続けた。


「俺たちは、それぞれ大切な人との誓いを持ってる」


「母との誓い。父との誓い」


「どちらも、正しい道だ」


「だから、どちらを選んでも、出口に辿り着ける」


「そっか...」


ユキが微笑んだ。


「じゃあ、右に行こう」


俺たちは、右の道を進んだ。


そして—


光が見えた。


出口だ。


「やった!」


ユキが叫んだ。


俺たちは、出口へ走った。


外に出ると、他のペアも続々と到着していた。


リクとタクミ。


ケンジとハルカ。


全員、無事だ。


でも、1組だけいない。


アイとミサキだ。


「アイさんたちは?」


俺は聞いた。


「まだ、出てきてない」


タクミが答えた。


時計を見る。残り10分。


「どうする...」


リクが不安そうに言った。


その時、出口から2人の姿が見えた。


アイとミサキだ。


でも、2人は怪我をしていた。


「アイさん!」


俺たちは駆け寄った。


「大丈夫か?」


「なんとか...」


アイが答えた。


「罠に何度も引っかかって...でも、なんとか脱出できた」


「良かった...」


ユキが涙を流した。


「全員、無事だ」


時計が、正午を指した。


「おめでとうございます」


案内役の声が響いた。


「第3日目の課題、クリアです」


全員が、その場に倒れ込んだ。


疲労と安堵で、体が動かない。


でも、生き延びた。


3日目を。


夜の語らい


その夜、俺たちは食堂に集まった。


「今日も、なんとか生き延びたな」


タクミが言った。


「ああ。でも、あと4日ある」


ケンジが答えた。


「どんな課題が待ってるんだろうな」


「分からない。でも、俺たちは協力して生き延びる」


俺は言った。


「みんな、ここまで頑張ってきた。諦めちゃいけない」


「椎名の言う通りだ」


リクが頷いた。


「俺たちは、家族のためにここにいる」


「母のため。妻のため。娘のため」


「だから、絶対に生き延びる」


「ああ」


全員が頷いた。


その時、ユキが俺に近づいてきた。


「椎名くん、今日はありがとう」


「何が?」


「迷路の中で、一緒に戦ってくれて」


ユキが微笑んだ。


「椎名くんがいなかったら、私は諦めてたかもしれない」


「そんなことない。お前は強いよ」


「強くなんかないよ」


ユキが首を振った。


「ただ、椎名くんがいたから、頑張れた」


「...ありがとう」


俺は微笑んだ。


「俺も、お前がいたから頑張れた」


その夜、俺はベッドに横になった。


今日、ユキの過去を知った。


父親を失い、母親も失った。


それでも、彼女は前を向いて生きている。


俺も、負けられない。


母のために。仲間のために。


俺は、生き延びる。


窓の外を見る。


星が輝いている。


明日も、戦いが続く。


でも、俺は怖くない。


仲間がいるから。


次回予告:第4話『裏切りのボタン』


第4日目の課題が発表される。


「裏切りのボタン」


赤いボタンと青いボタン。


赤いボタンを押せば、自分だけが解放される。


青いボタンを押せば、全員が解放される。


でも、赤いボタンは罠だった。


そして、参加者の中に裏切り者がいることが判明する。


椎名リョウは、裏切り者を見つけ出さなければならない。


【第3話・完】

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