第2話「消えた記憶」

第2話「消えた記憶」


第2日目の朝


目が覚めると、午前7時だった。


体は重く、疲労が残っている。昨夜の追加課題で、俺たちは限界まで体力を使い果たした。


でも、生きている。


それだけで、十分だ。


俺は起き上がり、周りを見渡した。


10個のベッドのうち、2つが空いていた。


昨夜、2人が死んだのだ。


1人は、追加課題の最中に橋から落ちた。黒木ジュンという男性で、50代だった。会社の倒産で借金を抱えていたという。


もう1人は、青山リョウタという20代の男性。彼は追加課題の前に、首輪を外そうとして爆発に巻き込まれた。


10人いた参加者は、今は8人だ。


椎名リョウ(俺)、田中リク、桐生タクミ、青山ユキ、鈴木アイ、山田ケンジ、山田ハルカ、佐々木ミサキ。


8人で、残り6日間を生き延びなければならない。


「おはよう、椎名」


リクが声をかけてきた。


「おはよう」


俺は答えた。


「昨夜は、ありがとうな。お前が助けてくれなかったら、俺は死んでた」


「気にするな。仲間だろ」


「ああ...仲間だ」


リクが微笑んだ。


その時、スクリーンが点灯した。


案内役の顔が映る。


「おはようございます。第2日目の課題を発表します」


全員が、スクリーンを見つめた。


「第2日目の課題:記憶の部屋」


記憶の部屋


「記憶の部屋?」


誰かが呟いた。


「これから、あなたたちには8つの部屋に入っていただきます」


案内役が説明を始めた。


「各部屋には、それぞれの過去が映し出されます」


「あなたの家族、友人、恋人...大切な人々との記憶が、映像として流れます」


画面に、廊下の映像が映った。


8つのドアが並んでいる。それぞれに番号が振られている。1から8まで。


「ルールは簡単です」


案内役が続ける。


「誰か1人の記憶を、完全に奪ってください」


「記憶を奪う...?」


ユキが聞いた。


「そうです。各部屋には、記憶を奪う装置があります」


「その装置を使えば、対象者の記憶を完全に消去できます」


「誰か1人の記憶を奪えば、全員が次の日に進めます」


全員が、沈黙した。


誰かの記憶を奪う。


それは、その人の人生を奪うことと同じだ。


「制限時間は、3時間です」


案内役が続ける。


「午前8時から午前11時まで。それまでに決断してください」


「もし誰も記憶を奪わなければ...全員死にます」


全員死ぬ。


その言葉に、俺たちは凍りついた。


「では、スタートです」


スクリーンが消えた。


俺たちは、廊下へ移動した。


8つのドアが並んでいる。


それぞれのドアには、参加者の名前が書かれていた。


椎名リョウ、田中リク、桐生タクミ、青山ユキ、鈴木アイ、山田ケンジ、山田ハルカ、佐々木ミサキ。


「俺たちの部屋か...」


タクミが呟いた。


「自分の部屋に入って、何が映るんだ?」


「分からない。でも、大切な記憶が映るんだろう」


俺は答えた。


「行こう」


俺は、自分の部屋のドアを開けた。


椎名リョウの記憶


部屋の中は、真っ暗だった。


でも、入った瞬間、明かりがついた。


部屋の中央には、大きなスクリーンがある。


そして、スクリーンに映像が流れ始めた。


小学生の頃の俺。


母と一緒に、公園で遊んでいる。


「リョウ、こっちおいで」


母が笑顔で手を振っている。


俺は、その映像を見つめた。


母は、まだ若かった。健康だった。ALSを発症する前だ。


「母さん...」


俺は呟いた。


映像が切り替わる。


中学生の頃。


母が、俺の誕生日ケーキを作ってくれている。


「リョウ、13歳おめでとう」


母が笑顔で言う。


俺は、涙が溢れてきた。


この記憶を、忘れたくない。


母との大切な思い出。


これが消えたら、俺は何のために生きてるんだ。


映像が、さらに切り替わる。


高校生の頃。


母が、病院のベッドに横たわっている。


医師が、母に告げる。


「ALSです。治療法はありません」


母の顔が、絶望に染まる。


でも、すぐに笑顔を作る。


「リョウ、心配しないで。お母さんは大丈夫だから」


母が、俺の手を握る。


「あなたは、強い子だから。どんなことがあっても、負けないで」


俺は、スクリーンの前で泣いていた。


母との記憶。


それが、俺の全てだった。


その時、部屋の隅に装置があることに気づいた。


大きな機械。中央にボタンがある。


これが、記憶を奪う装置か。


このボタンを押せば、俺の記憶が消える。


そして、全員が助かる。


でも...


俺は、ボタンに手を伸ばした。


でも、押せなかった。


母との記憶を失いたくない。


俺は、部屋を出た。


廊下には、他の参加者たちもいた。


みんな、同じように泣いていた。


「無理だ...」


ケンジが呟いた。


「妻との記憶が映った。俺は、あれを失えない」


「俺もだ」


タクミが言った。


「仲間との記憶が映った。一緒に戦った仲間たち。あいつらのことを忘れるなんて、できない」


全員が、同じ思いだった。


誰も、自分の記憶を奪えない。


でも、誰かが犠牲にならなければ、全員が死ぬ。


「どうする...」


リクが聞いた。


「時間は、あと2時間しかない」


選択の時


俺たちは、ホールに集まった。


8人で、円になって座る。


「誰かが、犠牲にならなきゃいけない」


タクミが言った。


「でも、誰が犠牲になる?」


「...俺が犠牲になる」


1人の女性が言った。


鈴木アイ。50代の女性で、息子がいるという。


「俺は、もう十分生きた。息子も成人してる」


「だから、俺の記憶を奪ってくれ」


「そんなこと、できるわけないだろ」


タクミが反論した。


「あんたには、息子がいるんだ。その記憶を失ったら、あんたは息子のことを忘れる」


「それでもいい」


アイが続ける。


「みんなを救えるなら、俺は喜んで犠牲になる」


「ダメだ」


俺は言った。


「誰も犠牲にならない」


「でも、どうやって?」


リクが聞いた。


「時間は、あと1時間半しかない。誰かが決断しなきゃ、全員死ぬ」


俺は考えた。


どうすればいい。


全員を救う方法は...


その時、俺は思い出した。


昨夜の夢。


「お前には、特別な能力がある」


「死に戻りの能力だ」


「死ねば、60分前に戻る」


死に戻り。


もし本当なら...


俺は立ち上がった。


「俺に任せろ」


「椎名?」


「ちょっと試したいことがある」


俺は、自分の部屋へ戻った。


そして、記憶を奪う装置の前に立った。


ボタンに手を置く。


「もし、死に戻りが本当なら...」


俺は、ボタンを押した。


瞬間、頭に激痛が走った。


「うああああ!」


俺は叫んだ。


記憶が、引き抜かれていく。


母の顔。


母の声。


母との思い出。


全て、消えていく。


そして、俺は意識を失った。


最初のリープ


気づくと、俺は廊下に立っていた。


「え...?」


俺は周りを見渡した。


ここは、さっきと同じ廊下。8つのドアが並んでいる。


でも、何かが違う。


時計を見る。午前8時。


課題が始まった時間だ。


「戻った...?」


俺は愕然とした。


本当に、60分前に戻ったのか。


その時、リクが近づいてきた。


「椎名、どうした? 顔色が悪いぞ」


「リク...」


俺は、リクの顔を見つめた。


リクは、さっきと同じように心配そうな表情を浮かべている。


俺は、本当に時間を戻したんだ。


「リク、聞いてくれ」


「何だ?」


「俺は、60分前に戻った」


「は? 何を言ってるんだ?」


「俺には、死に戻りの能力がある。死ねば、60分前に戻れる」


リクは、困惑した表情を浮かべた。


「椎名、大丈夫か? 頭、打ったのか?」


「いや、本当なんだ」


俺は必死に説明した。


「さっき、俺は自分の記憶を奪った。そして、意識を失った。気づいたら、60分前に戻ってた」


「...」


リクは黙っていた。


でも、俺の目を見て、何かを感じ取ったようだ。


「分かった。信じる」


リクが言った。


「お前は、嘘をつくような奴じゃない」


「ありがとう」


俺は安堵した。


「じゃあ、どうする?」


リクが聞いた。


「お前が時間を戻せるなら、何か方法があるのか?」


「ある」


俺は答えた。


「特例を使う」


特例の発見


「特例?」


リクが聞いた。


「ああ。案内役は言った。『誰か1人の記憶を奪えば、全員が次の日に進める』って」


「それが?」


「つまり、誰か1人が自分の意志で記憶を奪われれば、全員が助かる」


俺は続けた。


「さっき、アイさんが自分を犠牲にすると言った」


「でも、それじゃダメだ。アイさんは息子の記憶を失う」


「だから、俺が別の方法を考えた」


「どんな方法だ?」


「誰かが、自分の意志で記憶を差し出す。でも、命に関わらない記憶を選ぶ」


俺は説明した。


「案内役は言った。『大切な記憶が1つ消える』って。でも、どの記憶が消えるかは選べないと言った」


「でも、もしかしたら交渉できるかもしれない」


「交渉...?」


「ああ。案内役に聞いてみる」


俺は、スクリーンに向かって叫んだ。


「案内役! 聞いてくれ!」


スクリーンが点灯した。


案内役の顔が映る。


「何ですか、椎名リョウさん」


「特例を申請したい」


「特例?」


「誰かが自分の意志で記憶を差し出す。でも、どの記憶を奪うかは、本人が選べるようにしてほしい」


案内役が、少し考え込んだ。


「...面白い提案ですね」


案内役が微笑んだ。


「分かりました。特例を認めます」


「本当か!」


「ええ。でも、条件があります」


「条件?」


「差し出す記憶は、本人にとって『大切な記憶』でなければなりません」


「つまり、どうでもいい記憶は認めません」


案内役が続ける。


「そして、記憶を差し出した人は、その記憶を永遠に失います。二度と取り戻せません」


俺は頷いた。


「分かった。それでいい」


「では、誰が記憶を差し出しますか?」


俺は、仲間たちを見渡した。


みんな、困惑した表情を浮かべている。


「俺が差し出す」


1人の女性が言った。


クロエ・ミラー。28歳。元ハッカーだという。金髪で、鋭い目をしている。


「クロエさん...」


「私には、もう失うものがない」


クロエが続ける。


「夫は3年前に死んだ。子供もいない。私が記憶を失っても、誰も悲しまない」


「そんなこと...」


「いいの。これは、私の決断よ」


クロエが、記憶を奪う装置の前に立った。


「私が差し出すのは、夫との最後の記憶」


クロエが続ける。


「夫が死ぬ直前、病院のベッドで私に言った言葉」


「『愛してる』って」


「それを、私は忘れる」


「クロエさん...」


ユキが涙を流した。


「でも、いいの」


クロエが微笑んだ。


「私は、みんなを救いたい。それが、私にできる唯一のこと」


クロエが、ボタンを押した。


瞬間、クロエの体が光に包まれた。


そして、光が消えた。


クロエが、その場に倒れた。


「クロエさん!」


俺たちは駆け寄った。


クロエは、目を開けた。


「...私、何してた?」


クロエが呟いた。


「夫...誰だっけ?」


クロエは、夫との最後の記憶を失った。


でも、生きている。


「おめでとうございます」


案内役の声が響いた。


「第2日目の課題、クリアです」


全員が、安堵のため息をついた。


代償の発見


俺たちは、ホールに集まった。


クロエは、少し混乱しているようだったが、大丈夫そうだ。


「クロエさん、ありがとう」


ユキが言った。


「あなたが犠牲になってくれたおかげで、みんなが助かった」


「犠牲...?」


クロエが首を傾げた。


「私、何かしたの?」


「覚えてないのか...」


タクミが呟いた。


記憶を失うとは、こういうことか。


自分が何をしたのか、なぜそうしたのか、全て忘れる。


「椎名」


リクが俺を呼んだ。


「お前、さっき『死に戻り』って言ってたけど、本当なのか?」


「ああ」


俺は頷いた。


「俺は、一度死んだ。そして、60分前に戻った」


「じゃあ、お前は何度でもやり直せるのか?」


「そうだ。でも...」


俺は言葉を詰まらせた。


「代償がある」


「代償?」


「夢の中で、声が聞こえた。『お前がリープするたびに、誰かの大切な記憶が消える』って」


「誰かの記憶が...」


リクが愕然とした。


「つまり、お前がリープすれば、俺たちの誰かが記憶を失うのか?」


「ああ...」


俺は頷いた。


「だから、俺は安易にリープできない」


「そうか...」


リクが沈黙した。


その時、スクリーンが点灯した。


「第3日目の課題を、明朝8時に発表します」


案内役の声が聞こえた。


「それまで、ゆっくり休んでください」


スクリーンが消えた。


俺たちは、それぞれの部屋へ戻った。


俺は、ベッドに横になった。


今日も、生き延びた。


でも、クロエは記憶を失った。


そして、俺がリープすれば、また誰かが記憶を失う。


俺の能力は、諸刃の剣だ。


窓の外を見る。


夜が更けていく。


明日は、どんな課題が待っているんだろう。


俺は、不安に駆られながら眠りについた。


次回予告:第3話『記憶の迷路』


第3日目の課題が発表される。


「記憶の迷路」


2人1組で、迷路を攻略する。


迷路の中には、それぞれの記憶が映し出される。


正しい記憶を選べば、出口へ辿り着ける。


でも、間違えば...死が待っている。


椎名リョウとユキがペアを組む。


そして、2人は互いの過去を知ることになる。


【第2話・完】

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