天気予報の雪だるま、なんか憂鬱そう

独立国家の作り方

雪の想い出

 毎年冬の季節になると、私は子供の頃を思い出す。

 雪深い東北出身の私としては、こうして雪の無い都会生活が今でも有り難いと感じてしまう。

 テレビで流れる天気予報。私の実家がある地方は、今日もまた雪マークだ。

 どういう訳か日本の天気予報では、この「雪」マークに「雪だるま」を使う慣習がある。

 でも、どうだろうか?

 どのテレビ局の雪だるまも、笑っておらず、どこか憂鬱そうにしている。

 こうやって雪だるまのマークを見ていると、私はあいつの事を思い出さずにはいられない。

 楽しくも、ちょっぴり悲しい、あいつとの物語を。




 豪雪地帯である私の実家は、冬になると外界との接点が極端に減る。 

 小学校も冬休みが恐ろしく長く、雪の降らない晴れた日には、子供たちは雪だるまを作って、それを友人に見立てて遊んだものだ。

 その年、小学6年生に進級予定の私もまた、そんな雪だるまを作って遊ぶ一人の少女だった。

 

「そういえば雪だるまって、なんだか無表情よね」


「え? そう? でもさ、雪だるまが表情豊かだと、怖くない?」


「そうかなー、あたしはそう思わないけどな」


「・・・・そうかな?」


「そうだよ。いっぺん笑ってみ」


「えー、大丈夫かな? ・・・・じゃあ、ほら」


「・・・・・・・・あー、うん、怖いわ、やっぱ」


「ほらー! だから言ったじゃん!」


 1月の空が群青色の世界を作り出す冬の晴れ間は、どこまでも私のテンションを上げた。

 不思議なもので、毎年作っては消えて行くこの雪だるま、昨年のものは、一体どのように消えて行ったのかは全く覚えていないのだが、こうしてまた今年も作った雪だるまは、良き話相手であり、一冬の友人なのである。

 同じ学校の友人と遊ぶ事もあるが、とにかくこの地域の「隣の家」と言うのは距離がある。

 こうして、どこの家の子供も、この地方では雪だるまを作って一冬を越すのである。

 

「ねえねえ雪だるま、今日は何して遊ぶ?」


「そうだな、小春ちゃん、僕に名前を付けてよ」


「名前・・・・雪だるまじゃだめなの?」


「それは広義こうぎとしての名前ね」


「コウギって? 雪だるまって難しい事言うよね、時々」


「(笑)、でもね、雪だるまって言うのは、小春ちゃんにとって「人間」っていうのと同じなんだ。だから欲しいなって思ってさ」


「えー、でもさ、お母さんが名前付けちゃダメって言うよ」


「そうなの? でも、いいよね名前ってさ、ポカポカしてくる感じしない?」


「そう? 全然しないけど」


「・・・・いいなあ、小春ちゃんは「小春」って名前があってさ。僕も欲しい」


「仕方がないな・・内緒だよ」


「付けてくれるの?」


「秘密だかんね」


「うん!」


「でさ、雪だるまって、そもそも男なの、女なの?」


「えー! 僕は男だよ! そこからだった? 何だと思ってたの?」


「いやあ、なんか、気にした事無かったわ」


「小春ちゃん、あなた、僕の創造主でしょ! コンセプトとか無かったの?」


「・・こんせぷと?」


「あ、ん~ だから、設定みたいなやつ」


「あー、そうね、雪の妖精、的な?」


「曖昧! どうして僕は自分が男だって認識出来たのか、本当に不思議だよ!!」


「じゃあさ、男だったら、あんた『雪ちゃん』ってどうよ?」


「・・男の名前なの、それ? なんか真っ白い羊とか山羊に付けそうな名前じゃない?」


「そーかな? じゃあ、雪だるまだから『ダル』とか?」


「それ絶対、将来社会不適合なのに成長するヤツ! ねえ、君は僕の生みの親なんだから責任持って良い名前付けてよ!」


 私は正直、面倒くさいと思い始めていたが、確かに彼が言う通り自分が作った雪だるま、即ち自分の子供も同然ではないか、と思うようにした。

 そう思うと、少しは良い名前を付けてあげなければ、となり、それなら自分が一番好きな名前を充ててあげようと考えた。


「じゃあね、アンドレ!」


「あ、あんどれ? え? なにそれ?」


「アンドレだよー、見てないの? ベルばら! この間、BSで再放送やってたじゃん」


「べるばら、はて? なんのことやら」


 私は、なんだかホームの老人と話をしているみたいだな、と思うようになってきた。

 そして、この雪だるまは生粋の日本人なのだと考えるようになっていた。

 だめかー、フランス人。いいと思ったのに。


「仕方が無いわね、なら、大吹雪おおふぶきってのはどう?」


「嫌だよ! 四股名しこなみたいじゃん! さっきから何なの? 小春からは僕への愛情が感じられないんだけど!」


「でもさ、お相撲、強そうじゃん!」


「必要ある? だって相撲とらないでしょここでは! 小春ちゃんしかいないんだからさ」


 こうして、彼の名前は「雪吉ユキチ」となった。

 彼も最初は「一万円札みたいで嫌だ」などと抜かすので、縁起が良い名前だと何とかなだめ、私は彼をユキチとカタカナで呼ぶようになった。

 


「ほら、見てよ今日のおかずの天ぷら、衣がサックサクだよ」


「そんなの、僕の方がサクサクだよ」


「あんた、どこを競ってんの? ってか、雪なんだからサクサクに決まってんじゃん」


「あっ、やめて! 小枝でつつかないで! サクサクしないで! 壊れちゃう、壊れちゃうから!」


 と言いつつ、くすぐったいのか普段見せない面白リアクションをユキチがとるものだから、私は面白がってどんどん突いてしまう。


「あ、あーダメ、本当に、ごめんなさい! 本当にって、マジで、・・・・いや、ってかマジやめろ!」


 ユキチの身体が1/3くらいになるまで突いた私は、彼が動かない事に気付く。


「ねえ・・・・ちょっと、冗談はやめてって・・・・ねえ、ユキチ! ユキチー!」


 さすがに私も青ざめた。

 まさか、こんな事になるなんて。

 正直、雪だるまの生態がちょっとだけ気になっていたのは事実だ。

 どこまで壊しても大丈夫なんだろうか、と。

 私は雪だるまが「雪だるま」としてのアイデンティティが1/3を過ぎた頃に崩壊する事実を突き止めたのだった。

 

「・・あー、びっくりした」


「私もびっくりしたよー」


「何を他人事みたいに言ってるの! あんたでしょ! あんたが枝で突くから! 死ぬかと思ったよ!」


「でもさ、死にかけたのに、また雪を付け足したら生き返るって、ユキチの身体ってどうなってるの?」


 夕飯を前に、私は玄関の辺りでユキチを家に入れて話をしていた。

 そこを見られてしまったんだ、お母さんに。


「ちょっとあんた、ユキチって、まさか名前を付けちゃったのかい?」


「え・・・・うん、ごめんなさい」


「あれほど付けちゃダメって言ったのに。・・もう雪だるまは今年で卒業ね」


「え? どうして?」


「古くからの決まりなの!」


 母は少し気の毒そうな表情を浮かべてユキチを見ると、ご飯の支度に戻って行った。

 私はユキチを見て「なんでだろうね?」と不思議に思ったが、事の重大さに気付いたのはその日の夜の事だった。


「ねえお姉ちゃん、どうして雪だるまに名前を付けちゃダメなの?」


「ああ、それね。小春さ、去年の雪だるまの事って覚えてる?」


「・・・・あんまり」


「でしょ。名前を付けちゃうと、記憶に残っちゃうのよ」


「記憶に残っちゃダメなの?」


「だって・・・・名前まで付けちゃった雪だるまと、春になったらお別れなんだよ」


 私は一瞬、さっきユキチが雪を足して蘇生したことを思い出した。

 そうだ、考えてもみればユキチは雪だるま、雪解けと共に溶けて居なくなってしまうじゃないか。

 そして、急速に私は取り返しのつかない現実を認識し始めた。

 今は1月、さすがに4月には雪解けの季節がやってくる。


「そんなのイヤ!」


「小春、そういうものなんだからさ、我慢しな」


「どうしてそう言う事言うの! イヤだよ、ユキチと別れたくないよ!」


 私は布団から飛び出すと、外のユキチに向かって走り出した。

 ユキチは雪の中に鎮座している。


「ユキチ!」


 私は思わずユキチに飛びついた。


「どうしたの小春ちゃん、そんなに強くタックルされたら、僕、壊れちゃうよ。それにもう夜だから、家にお入りよ」


「イヤ! 私、ユキチと寝る! 一緒にお布団に入る!」


「いや・・・・僕、壊れちゃうから、溶けるから、それやったら」


「壊れたっていい!」


「いや適当な事言わないで! 僕、本当に死んじゃうから!」


「ユキチ・・・・死んじゃイヤ!」


「小春ちゃん・・・・もう何言ってるのか解らないよ」


 私は、お姉ちゃんから教えてもらった事を、全部ユキチに話をした。


「なーんだ、その事か。だって仕方がないよ、僕と小春じゃ、寿命が違う生き物と同じなんだから」


「だって、春になったらユキチ、溶けて無くなっちゃうんでしょ?」


「僕はね、溶けて無くなっても、君の心の中で生き続けているよ、永遠にね」


「あー、・・・・そう言う最終回的な話は、今どうでもよくて」


「いや、なに? 最終回? え?」


「ユキチ・・・・死なないで、お願い」


「・・・・」


「どうしてそんな困った顔するの?」


「いや、眉毛一つ動かしていないんだが・・・・僕、眉毛無いし」


「ねえ、永遠に冬の国に行きましょ、そして、二人で楽しく暮らそうよ」


「小春・・・・冬休みの宿題が終わっていないからって、そんな自暴自棄になっちゃダメだよ」


「違うよ、宿題は・・半分の手前くらいまでは・・終わってるもん!」


「え? 明後日から学校始まるのに、まだ半分出来てないの? 君、意外とメンタル強いんだね・・・・大丈夫?」


「あまり、大丈夫くない・・・・」


「僕は手伝えないよ、こんな手だからさー」


 私とユキチは、クスクスと笑った。

 不思議だ、表情は同じなのに、私たちは笑い合ったり語り合ったりできる。

 大人になった今では、それがどんな仕組みだったのかは解らない。

 でも、あの時の私とユキチは解り合えていたと思う。

 ユキチと少しでも長く一緒に居たいと思い、「明日カマクラを作る」と言ったら「宿題が先」と諭された。

 ・・本当に良く出来た雪だるまだと思った。

 

 それでも、やはり3月になる頃には、ユキチの身体は目に見えて小さくなって行った。


「どうしよう、もう雪も大分解けてきちゃったから、身体に盛れないよ」


「いいんだよ、それが雪だるまのさだめなんだから」


「なにお爺ちゃんみたいな事言ってんのよ。諦めちゃダメだよ。いいこと、私が学校に行っている間は、絶対に日陰の寒い所に居るのよ、いい」


「・・・・うん、わかったよ。ほら、学校行っておいで、遅刻しちゃうからさ」


 そんな死亡フラグのような事を言うユキチを、私は何度も後ろを振り返り確認した。

 大分小さくなったユキチを見ていると、私の胸は苦しくなる。

 本当だ。雪だるまに名前なんて付けたら、こう言う事になるって、なんで私、気付かなかったんだろう。

 学校でも気が気じゃなかった。

 私は放課後になると、友達と寄り道もせず、急いで家に帰った。

 でも、私がそこで見たものは・・・・。


「ユキチ・・・・嫌だよ、どうして? あれほど日陰に居なさいって言ったのに」


 そこには、かつてユキチであったであろう雪の塊が無残にも残されて、小枝の腕が辛うじてそれがユキチである事を物語っていた。

 私はユキチの断片を抱きしめて、泣いた。

 あの時は・・・・もう、本当に泣いた。

 名前なんて付けなきゃ良かったと、ごめんなさいを何度も繰り返しながら。


「まったく、家の前でなに泣いているの?」


「お母さん・・・・だって、ユキチが、ユキチが溶けちゃったよ」


「まったく、3月中旬になって外に出してりゃ溶けるに決まってるでしょ! もう、あんたってばそう言う所、お姉ちゃんと一緒なんだから」


「・・・・だって」


「ほら、早く家ん中入りな。雪だるまさんも待ってるから」


「・・・・え?」


 私は、母が何を言っているのかが解らず、混乱した頭のまま家に入った。

 すると、今度は姉の小雪が笑いながら私を出迎えた。


「もう、だから言ったでしょ、今年が最後なんだからさ、溶かしちゃダメじゃない! 」


「・・・・え?」


「ほら、小さくなってるけど、居るよユキチ君」


「・・・・え?」


「あ、小春、お帰り」


「・・・・え?」


「どうしたの? ああ、これ? さすがに3月だからね、小さくなっちゃったよ」


 自宅の冷蔵庫の中には、手のひらサイズにまで小さくなったユキチが入っていた。

 どうやら、この地方では雪だるまに名前を付けると、そのまま取っておく習慣があるらしく、冷凍庫には専用スペースがあるのだとか。

 ・・・・そういえば、アイスとか食べる時、なんか邪魔だな、っていつも思っていたのは・・・・こいつらか!

 

 言ってよ! 泣いちゃったじゃん! もう大泣きですよ! 返してよ私の涙!


 ユキチは、なんだか照れ臭そうに笑っていた。

 隣の雪だるまが姉と挨拶している「あ、どうも小雪さん、ご無沙汰してます」と。

 居たんかい! 姉の雪だるまも! 気付かなかったわ! こんなに長く住んでいて!



 そんな懐かしい記憶を、テレビの天気予報を見ていると思い出されては可笑しくなってしまう。

 あの、憂鬱そうな雪だるまの「雪マーク」が、本当にユキチにそっくりなんだから。


「そんなに似てるかな?」


「そっくりじゃない? 商標登録した方が儲かるかもよ」


「あまり良くないよ、守銭奴的発想は。小春ちゃんは相変わらずだなあ」


 私は少しだけ笑って、再びテレビを見た。

 そう、ユキチはあれから溶ける事なく毎年冬に大きくなっては、春に小さくなり、そして冷蔵庫で過ごす。

 そんな事を繰り返して、私が大人になった今でも、就職先の東京にまで一緒に着いてきてしまったのだ。

 こうして、私のワンルームの冷凍庫には、今でも彼がいる。

 冷凍庫の中は電波状況が悪いだの狭いだの、ユキチは意外と細かい事に拘る。

 まあ、都会の冬も人との接点が少ないから、それでも案外名前付きの雪だるまが居るくらいが丁度良いのかもしれない。


 アイスと間違えて、食べてしまわないように注意しないとだけど。




~おわり~

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