『雪に埋もれた魔法のランプ』

ろくろわ

魔法のランプ

 朝からハラリハラリと舞っていた雪は、日が沈み、遥か上空から照らす月明かりを身に纏いながら今も尚、踊り続けていた。地上に降りた小さな光は、すうっと小さくなったかと思うといつの間にか見えなくなる。そうしてまた一つ、また一つと降りては消えていく。まるで地に降りた光が地に吸い込まれ、再び空へと還り、そしてまた舞い戻る。そんな事を永遠に繰り返す砂時計のようだと思った。だけど僕の足元に幾重にも積み重なった白い層は「空にはもう還れない。僕たちは此処だいちにいるよ」と訴え、僕のセンチメンタルな妄想を否定するかのようだった。

「天気予報じゃ昼には止むって言ってたのになぁ。道理で誰も来ない訳だ」

 テントから出て広いキャンプ場を歩く。月の光と手元のランプだけが辺りを照らす。

「……綺麗だ」

 ポツリと呟いた言葉は、僕以外誰もいない幻想的な世界で白い綿飴のように、ふわっと浮かんで溶けた。一歩踏み出す度に足の裏にギュッと音が鳴る。厚く着込んだ服がガサガサと擦れる。夜に触れる顔を暖めようとドキドキする鼓動が胸打つ。すっかり葉の落ちた木々たちの間を抜ける空気がそっと耳元を掠めていく。人が作る音が無い静かな場所だと思っていたけど、自然の音は思っていたよりももっと大きかった。

 

 どのくらい歩いたのだろうか。

 文明を感じない自然。ことわりから離れた世界に時間を忘れていた。月明かりを纏う雪が僕の顔を撫でて消える。僕の肩に触れ、手に落ちてすうと小さくなり、気がついたときには、空に還れない雪が僕を少しずつ埋めていく。

 足元を照らしているランプの火がチランと揺れた。ふと歩いてきた方を振り向くと、テントは遠くの方に小さくなり僕の足跡は薄くなっていた。 足跡が消え、吐いた白い息が消え、ランプの火が消えたら。なんだか現実から自分の存在が切り離されていくような、そんな気がして急に僕は怖くなった。

 手に持っているこの誰かが足元を照らす為だけに作った道具ランプだけが現実離れした世界で唯一、僕を現実に留めてくれる魔法のランプに思えた。

 僕は踵を返すと、薄くなった足跡を踏みしめて遠くに見えるテントを目指し歩く。テントに向かえば向かうほど。進めば進むほど、過去の足跡は消えようと薄くなっている。それが消えないようにしっかりと踏み固め歩みを進める。たくさん歩き遠くに見える目標テントが大きくなってきた頃には、いつに間にか雪も舞い止んでいた。

「もう大丈夫だ」

 テントの中に入ると思わず声が出た。予報から外れた天気が見せた雪景色は美しくきれいだったが、僕を現実から連れ去る危ういものだった。安心したらどうやらすごく疲れているようだった。テントの中に入った今でも雪を踏みしめる音が聞こえ、風の抜ける音は僕を探し呼ぶ声に聞こえた。木々が擦れる音はカランからんと金属のぶつかる音がして何だか不快で幾重もの光の筋が交差する。

 僕は此処まで足元を照らしてくれたていたランプを見る。こいつがなかったら、あのまま歩き続け、現実を見失いランプと一緒に雪の中に埋もれていただろう。僕は魔法のランプをコツンと指で弾いて目を閉じた。



 テントから離れた足跡も無い、真っ白な場所。



 雪に埋もれた魔法のランプの小さな火がチランと揺れてきえた。




 了




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『雪に埋もれた魔法のランプ』 ろくろわ @sakiyomiroku

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