来島拓馬②
数日後。
勤務を終え、着替えていると
「鈴木、ちょっといいか」
同期で交通課の本間が立っていた。
「なんだ?」
私は、着替えを続けながら答える。
「田山新町交差点の事故のことなんだが、お前あの辺に住んでたよな?」
鏡に姿を写して確認する。
「ああ」
本間は、困ったように頭をかく。
「あの日、中番だったろ、事故が起きたのもそのくらいなんだ――何か気付いたことなかったか?」
なるほど、本間は私の勤務状況を把握している――把握しなければならないということだ。
「特に何も見なかったな」
鏡越しに本間の目が突き刺さる。
「……何か、見つかったのか」
私はベルトのバックルをカチリと鳴らし、鏡の中の本間に問い返した。
「いや、そもそも見たと言ってるのが、加害車両の運転手だけだからな、あれだけパニックになって信頼性も怪しいもんだしな、それに……」
本間は、私を見ながら
「紺色の影が突き飛ばしたなんて言われてもって感じだよ」
――紺色の影。
「まあ、頑張れよ。それじゃお疲れ」
帰り道にあの交差点を通る。
手向けの花も何もない。
普段と変わらぬ交差点だった。
私は、ふとあのDV講習会のことを思い返していた。
あの講習会に来た男は、来島拓馬と名乗った。
両親は、すでに亡くなり身内と呼べるのは、二人だけ。
姉は結婚して六年、子供は居ない――拓馬がおかしいと感じたのが、ここ一年のことらしい。
それまで何くれと面倒をみてくれた姉からの連絡が途絶えがちになり、心配して見に来た拓馬が見たものは、アザだらけの姉だった。
夫は、感じのいい穏やかな人物だと記憶している。
拓馬は黙っておられず、夫と二人だけで話しあいを設けた。
夫は、場所も憚らず泣き出して拓馬に土下座までしてみせた。
気持ちが強すぎたせいでこうなってしまった、反省している。
二人で乗り越えたいと思うと。
そこまで言われれば、拓馬も言うことがない、ただ姉のことをくれぐれも頼むと言うほかなかった。
私は交差点を通り過ぎながら、拓馬の言葉を反芻していた。
土下座。涙。反省。
どれもが安っぽく、吐き気がするほど陳腐な言葉だ。
本当の反省とは、二度と綻びが生まれないようにシステムを再構築することだ。
泣きながら土下座して媚を売ることではない。
それでも拓馬は、自分に出来ることを探してあの講習会にやって来たのだ。
現状を真正面から見つめる強さがある。
彼に足りないのは、方法論だけだろう。
道を曲がったところにある郵便局の隅に公衆電話が設置してある。
私は、メモを見ながら来島拓馬に電話をかけた。
――――
続いてのニュースです。
今日未明、
夫が刺されたと110番通報があり、会社員の木下勇二さん(30)が腹部を複数回刺され、搬送先の病院で死亡が確認されました。
殺人の疑いで現行犯逮捕されたのは、来島拓馬(26)
犯行の経緯など詳しいことは捜査中とのことです。
生活安全課の鈴木さん――連載版―― タピオカ転売屋 @fdaihyou
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。生活安全課の鈴木さん――連載版――の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます