第7話 噂話

端的に言うと、現在のフォレスト・スノウではある二つの出来事が巻き起こっていた。


一つは土砂崩れ。

二つ目は怪奇現象だ。


後者はさておき、前者のことは言葉通りで説明するまでもない。

ここ数日断続的に降るゲリラ豪雨が地盤を緩ませ土砂崩れを起こさせた。

フォレスト・スノウに直接的な被害はなかったものの近くの道は通行止め。立ち往生してしまった長距離移動型バスの乗客を彼らは復旧するまで受け入れることとなった。


これだけならばよかった。

乗客全員とは言っても数十名の話だ。いつものオフシーズン中であれば余裕を持って受け入れることは可能だった。

だが。不運…というべきか。嬉しい悲鳴というべきなのか。


現在のフォレスト・スノウは日常とは遠くかけ離れた状態となっていた。

なだれ込む人々に、鳴りやまない電話。

そう、この原因が二つ目の出来事…怪奇現象へと繋がる。


事の発端は数週間前。

テレビで見ない日がないような有名人がお忍びでフォレスト・スノウを訪れた。

よく食べ、よく動き、たっぷりの英気を養って満足気に帰っていった彼だったが、ホテル滞在中に自身の仕事のことを忘れたことはなかったらしい。


彼はとんでもないプレゼントを公共電波にのせて贈ってくれた。


『わたしはね、お休み期間中…健康のために毎日朝と夜歩いていたんですよ。するとね聞こえてきたんです、どこからか美しいピアノの音色が。


こりゃ見事なもんだとわたしはすっかり聞き入ってしまいましてね、散歩から帰ったとき偶然にも出会ったオーナーに今日はどんな素晴らしいピアニストを呼んだんだいと尋ねたんです。


けれどもオーナーは首をかしげる。ピアニストなんて呼んでおりませんよ?と。


またまた冗談をと、ではわたしが散歩中に聴いたピアノは何だったんだって話でしょう?


この時。わたくしめの直感が語り掛けてきたんです。

これはもしかしたら面白い話になるかもしれない。


自然の中で非日常の空間をと謳いあげるフォレスト・スノウ。

近くにホテル以外の建物はなく、ホテルもピアニストを呼んではいないという。

ああ、もちろんただ演奏していた客、従業員がいないかも確認済みですよ。ぬかりはありません。


つまり!どういうことか分かりますか。


わたしはあるはずもないピアノの音色を聴いたんです。

人の気配ない深い深い森の中で、ね。


その正体は一体何なのか是非とも分かった方はこちらの番組を通してわたくしに教えてくださいね。それではご連絡お待ちしております。』


それからは早かった。

どこかのんびりと構えていた従業員たちに対して、ひっきりなしに止まらない客足。オーナーたちがようやく事情を把握した時には既にフォレスト・スノウはてんてこ舞い…首も回らない状況だったというわけだ。


「だからよ、あんたの力を貸してほしいんだ」


場所は変わってフォレスト・スノウ二階。オーナー私室。

がやがやと騒がしい扉を隔てた中の個室にて、堅苦しいジャケットを脱ぎ捨てネクタイを緩めながら口寂しいのか棒つきキャンディを咥えていた部屋の主は、言い終えて目の前のソファに転がる男を眺めた。


「おーい聞いてるか。ダニエル。ダニエル・グリーン」


寝たふりをしながら一向に返事を寄こさない彼に痺れを切らして、大声で名を呼ぶ。

頑なに聞こえないふりを貫き通していた男だったが何度も名を呼ばれ観念したのか、このフォレスト・スノウオーナーが無視したところで諦める男ではないと理解しているのか。


「聞いてるよ」

渋々、ダニエルと呼ばれた男は閉じていた瞼を開いた。


ようやく動いた口元には無精ひげ、鬱陶しそうにかき上げた前髪は伸び…顔の半分を覆い隠すほどで。オーナーの彼と着ているものは同じはずだが、感じられる清潔感には天と地ほどの差がある。


そんな身なりの男だったが、ドレスコードが求められるはずの高級ホテルに誰の文句もなく滞在できているのは、彼がフォレスト・スノウオーナーの友人であるという事実があるからだ。


「とっとと諦めろよ、俺の諦めが悪いのはあんたが一番知ってるだろ」

「ああ。嫌になるほどね」

「だから、頼む」


そうして彼らがくだらない軽口を叩き合いながら、結局のところ何の話をしていたのかというと。


「いやだ」

つまりはこの忙しすぎる状況においてのヘルプの話だ。

二人は相も変わらず口論を続ける。


「大体僕が仕事を辞めて何年経ってると思ってるんだよ。ただでさえ最後の方は現場に出ていなかったっていうのに」

「このクソ忙しい時期に暇そうにさすらってる昔からの友人を見つけたんだぞ。神の思し召しってやつさ」

「だからって歩いてるところを急に捕まえられた僕の身にもなってくれよ」


基本穏やかな性格のダニエルだが明らかに嫌そうな表情を浮かべているところをみるに、どうやら友人に対して根に持つような出来事があったらしい。


「悪い悪い」とまったく悪びれた顔をしないまま謝罪する友人にジトリとした視線を浴びせる。だが彼が自分よりも十は年下という事実のせいか。何だかんだ甘やかしてしまうのは昔からの悪い癖だという自覚もあった。


だって結局ダニエルはいつのまにか彼の話を聞くことになっているのだから。


「それで何だっけ、怪奇現象?皆好きだからね、そういうの」

「ああ大好きなんだよ…本当に。…いつになったら電話は鳴りやむんだ、いつになったらまだピアノの音色は聴こえますかって言われなくなるんだ」

「相当参ってるみたいだね」


友人の目の下に大きな隈が作られているところから察するに夢でまでそんな質疑を受けているのかもしれない。


「結局理由は何だったんだい?」

「知らん、確かなのは音の出どころがうちのホテルじゃないってことと、森の中に入ったら聞こえる。近くにうち以外の建物はないってことだな」

それにしても、とダニエルは思う。


「じゃあほんとに怪奇現象じゃないか」

「それ以上言うな、もうこっちは本気でまいってるんだ」


謎を解き明かそうと群がる人間に、勝手に立ち入り禁止区域まで入り込んで地元警察まで出動してくる始末。

それでこの疲れようというわけだ。


「ダニエルも聴きに行ったらどうだ?ピアノ好きだったろ、中々の腕前だったぜ」

脱力してソファにもたれかかったオーナーは覇気もなく言う…が。

次の瞬間、彼は「あ」というあからさまに失言をしてしまったという表情をして、目を伏せた。


「悪い」


「何を謝ってるのさ」

特別おかしくもない自然な会話の流れだったように思えるが、ダニエルの過去を知る彼はそうは思わなかったらしい。彼が謝っている理由はすぐに推測できたが、友人が謝るような話ではなかったため、ダニエルは首を横に振った。


「素直に謝れることもあるんだね」

友人のしおらしい態度が失礼にも気持ち悪くわざとそんな言い方をしてみれば。


「疲れすぎてるんだろうな…まあ…じゃあ交渉成立ってことで」

あっさりと普段の彼に戻ったところで、「調子にのるな」とダニエルは一喝しておく。


お前の我儘を聞くのは今回限りだぞ、と彼と出会ってから何度目かも分からない釘をもう一度さしながら。

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