第5話 鑑定士はパンケーキを二度見する

「……信じられない。この森の魔力濃度、異常だわ」

深い森の奥、遮る蔦を杖で払いながら、エルフの少女リィンは眉をひそめていた。 彼女は五百年以上の時を生きる魔法学者。この森に突如現れた「異常なほど清浄な魔力の渦」を調査しに来たのだ。


 やがて視界が開け、石造りの可愛らしい家が見えてくる。その前では、王国騎士団長のはずのアルベルトが、なぜか鼻歌まじりに一心不乱に草をむしっていた。


「ちょっと、アルベルト!? 何してるの、そんなところで!」

「む? リィンか。見ての通り、奉仕活動(草むしり)だ。邪魔をしないでくれ、ここは今、最高に心地よい場所なのだから」


 アルベルトの憑き物が落ちたような笑顔に、リィンは戦慄した。

(騎士団長が洗脳されてる!? どんな邪悪な魔女が住んでいるの……!)

リィンは警戒度を最大に引き上げ、店の扉を勢いよく開けた。

「そこまでよ、魔女! 私の鑑定眼からは逃げられな……い……?」


カランコロン、と優しい鈴の音が響く。 店内に漂っていたのは、邪悪な魔力ではなく、焼きたての甘い生地と香ばしいシロップの、暴力的なまでに幸せな香りだった。


「あら、いらっしゃい。お好きな席へどうぞ」


 カウンターの奥から現れたのは、おっとりとした笑顔の女性――ミチルだった。 リィンは思わず杖を収め、毒気を抜かれたままカウンターに座ってしまう。


「……あ、あの、とりあえず、一番人気のものをちょうだい」

「はい、ちょうど焼けたところですよ。『大樹の蜜のパンケーキ』です」


差し出されたのは、見たこともないほど分厚く、ふわふわのパンケーキ。その上には、黄金色に輝くシロップがたっぷりと回しかけられている。


(ふん、ただの料理ね。食べてから正体を暴いて……)


リィンが一口、パンケーキを口に入れた。 その瞬間。


「…………っ!!?」


舌の上でシュワリと溶ける食感。そして、脳髄まで突き抜けるような、圧倒的な「純粋魔力」の奔流。

「な、ななな、なによこれぇ!!?」

「お口に合いませんでしたか?」

「逆よ! 美味すぎて意味がわからないわ! 鑑定!!」


リィンが解析スキルを発動すると、視界にエラーを疑うほどの情報が流れ込んできた。

【黄金樹の完全熟成シロップ】

• 純度: 100%(不純物ゼロ)

• 効能: 魔力最大値の永続的上昇。全魔力回路の超活性化。

• 市場価値: 小瓶一つで城が建つ。


「ちょ、ちょっとあなた! これ、どこで手に入れたの!? 禁忌の聖域にでも忍び込んだの!?」

「ええっ? 庭のカエデの木(長老)にお願いして、少し分けてもらっただけですよ。あ、お代は銅貨3枚でいいです」

「銅貨3枚!? 国家予算の間違いでしょ!!?」


リィンは椅子から転げ落ちそうになった。 ふと見れば、店の隅にある本棚には、自分が一生をかけて探し求めていた「古代の魔導書」が、まるで雑誌のように無造作に置かれている。


「だめ……ここ、私の手には負えないわ……」


リィンは机に突っ伏した。 しかし、あまりの居心地の良さと、二口目のパンケーキの誘惑に抗えない。


「……決めた。私、ここに住むわ。この異常事態を監視して、世界を守る義務があるもの(あとパンケーキ食べたいし)」


こうして、ツッコミ役の魔法学者もまた、ミチルの「頑張らない生活」に巻き込まれていくのであった。


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2026年1月13日 17:00
2026年1月14日 17:00

もふもふ精霊と営む、森の薬草カフェ みみ @mimi_slow

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