第4話 騎士のお目覚め

 アルベルトが次に意識を取り戻したのは、窓から差し込む夕焼けが店内をオレンジ色に染め始めた頃だった。


「…………はっ!?」

 弾かれたように飛び起き、反射的に腰の剣へ手を伸ばす。しかし、そこに剣はない。あるのは、膝の上で丸まって「むにゃ……」と寝言を漏らす、白くてふかふかの綿毛のような生き物(ルル)だけだ。


「なっ……私は、何を……。敵襲か!? いや、ここは……」

 混乱するアルベルトの前に、ひょいとトレイを持ったミチルが顔を出した。


「あ、おはようございます。よく眠れましたか?」

「お、おはよう……? いや、今は夕刻か……? 待て、私は初対面の貴殿の前で、無防備にも眠りこけていたというのか!?」


 アルベルトは顔を真っ赤にして立ち上がった。王国最強の騎士団長が、どこの馬の骨とも知れぬ……失礼、うら若き乙女の店で爆睡するなど、騎士道精神にもとる大失態だ。


「すみません、あまりに静かだったので、つい。……でも、見てください。顔色、すごく良くなりましたよ」


 ミチルに言われ、アルベルトはふと自分の体に意識を向けた。驚愕した。数年間、岩が詰まっているように重かった頭や首や肩が、羽毛のように軽い。視界は隅々までクリアで、あれほど彼を苦しめていた「魔物の囁き」のような幻聴が、カケラも聞こえないのだ。


「そんな……。我が一族に伝わる秘薬も、教会の高位聖職者の祈祷も効果がなかったのだぞ? それが、あの一杯のお茶で……?」

 アルベルトは震える手で自分の顔を触り、それからミチルを二度見、三度見した。

 

「貴殿は……何者だ? もしかして、森に隠れ住む伝説の賢者か? あるいは、人の姿を借りた慈愛の精霊か!?」

「いえ、ただのカフェ店主です。あ、もしかして、お茶代が高かったらどうしようって心配してます? 大丈夫ですよ、まだプレオープン中なので、今日はサービスです」

 ニコニコと笑うミチルに対し、アルベルトはガタガタと椅子の音を立てて跪いた。


「失礼した! 私はアルベルト・フォン・ローゼンバーグ! この恩、一生忘れぬ。……それと、その、非常に言いづらいのだが……」

「はい?」

「……明日も、来てもよいだろうか。この場所は……その、非常に『草むしり』がしやすそうな、良い庭だと思ってな」

(お茶を飲みたいって素直に言えばいいのに……)

 ミチルは、耳まで真っ赤にして必死に言い訳を探す騎士団長を見て、思わず吹き出してしまった。


「ふふっ。いいですよ、草むしり担当の常連さん。明日もお待ちしてますね」

 こうして、世界を救うはずの最強騎士が、ミチルの「庭師(見習い)」として常連客第1号になった瞬間だった。

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