第2話 森の恵みで朝食を
お腹の虫が鳴るのに合わせて、窓の外の木々がざわざわと色めき立った。
「……そっか、あなたたちが教えてくれるのね」
ミチルは、クローゼットにかかっていた清潔なリネンのエプロンドレスを身に纏い、外へと踏み出した。一歩、土を踏みしめる。その瞬間、足元から「心地よい振動」が全身を駆け抜けた。
『こっち、こっちだよ!』 『私を摘んで。今朝、一番甘い露を溜めたから』
視界の端に、淡い光を放つ植物たちが強調されて見える。
「ええっと、まずはこの……『ルナ・ミント』?」
ミチルが指を伸ばすと、茂みの中にあった銀色の葉を持つハーブが、自ら手元へ擦り寄ってきた。摘み取った瞬間、指先から熱が伝わり、ミントの葉がパッと輝きを増す。
【魔力の親和:緑】発動――素材の鮮度を極限まで固定しました。
「えっ、今何か出た……? まあいいわ、美味しそうだし」
彼女はさらに、庭の隅で「重たいよー」と零していたイチゴのような真っ赤な果実を収穫し、長老の木からポタポタと滴り落ちていた黄金色の蜜を小瓶に受け取った。
台所に戻り、棚にあった銅製のやかんに水を注ぐ。前世の感覚なら、ここからが「仕事」だ。どの順番で、どの温度で……。
(……あ、わかる。これ、沸騰させちゃダメなやつだ)
【超精密調合】が静かにミチルの思考をガイドする。お湯が揺らぎ、小さな気泡が立ち上る。誰に教わったわけでもないのに、沸騰直前にミチルはやかんを火から下ろした。
銀色の葉をポットに入れ、お湯を注ぐ。次の瞬間、キッチンいっぱいに広がったのは、脳を優しくマッサージされるような、透き通った清涼感のある香りだった。
「きゅんっ! きゅい!」
ルルがテーブルの上で尻尾を激しく振り、期待の眼差しを向けてくる。
「はいはい、ルルの分も淹れるからね」
収穫した赤い実を添え、黄金のシロップをひと垂らししたハーブティー。テラスのテーブルに座り、ミチルは最初の一口を啜った。
「…………っ」
言葉が出なかった。熱い液体が喉を通った瞬間、身体中の細胞が一つひとつ「深呼吸」を始めたような感覚。思考を霧のように覆っていた「将来への不安」や「昨日までの疲れ」が、一気に洗い流されていく。
「美味しい……。コンビニの栄養ドリンクで無理やり動いてたのが、嘘みたい」
目の前には広大な森の緑。隣には、美味しそうに実をかじるもふもふの精霊。 美知留――いや、ミチルは、ゆっくりと背もたれに体を預けた。
「決めた。私、ここでは絶対、頑張らない」
そう宣言した彼女の背後で、彼女の魔力を受けて元気になりすぎたハーブたちが、通常の三倍の速さで成長し始めていることに、ミチルはまだ気づいていなかった。
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