ノロイの自転車

ぺぺ

ノロイの自転車

 これはボクの住んでいた村に伝わる、ひとつのお伽噺と言うやつなんだけどね。

 学校の先輩から後輩へ、代々受け継がれている、最も伝統的な七不思議のひとつなのサ――。

 


 

 夏休み前日。最後の学校の日。帰路に着いた先輩は自転車を飛ばしていた。

 待ちに待った夏休みだ。一刻も早く家に帰って遊び尽くしたいという気持ちはキミたちにもあったことだろう。

 その先輩はとにかく動くのが大好きでね。どこに出掛けようにも自転車を走らせて、田舎町へと遊びに行っていたんだ。


 道中、何体も並んだお地蔵様のひとつが倒れていて、先輩はそのお地蔵様の頭を轢き潰してしまったのサ。

 スピードを出しすぎていたせいで避けることも叶わず、身体が前のめりになるほどの衝撃と共に耳障りな金切り声が響いた。

 長年の相棒である自転車の錆びついたブレーキ音は些か、耳をつんざく悲鳴のようだった。


 先輩は引いてしまったお地蔵様に振り返って、どうしようかと悩んだのも束の間、見当たらない頭を探す時間を惜しんで、そのまま帰ってしまった。


 夏にしてはやけに涼しい日の昼下がり、家に着いた先輩は山盛りの荷物を降ろして整理していた。

 こういうところはマメなヒトでね。

 課題をしっかりと確認して、教科書は棚にしまい込んでいたんだ。

 そこで、先輩は気が付いた。


 一冊、問題集が足りないと――。


 しかも、よりにもよって怒るとイカヅチを落とす雷様のように怖い、鬼先生と呼ばれている先生の問題集だった。

 これは学校へ取りに行かないとマズいことになるぞ。そう直感したんだ。

 冷ややかな汗が身体を伝って行くのがわかる。

 もう、明日になってしまえば、生徒は学校へは入れない。

 だから、今日のうちに学校へ取りに行くしか選択肢はなかったんだ。


 先輩は初めて、今までマメに生きてきたことを感謝した。


 口うるさい親父に、何度も悪態をついてきたが、今日ばかりは感謝しようと心に決めた。

 頭を丸めて太陽の光も照り返しそうな石頭にも、運が回ってきたというものだ。


 早速、先輩は相棒に跨って、少し剥げた学生帽を被って再び学校へと走らせた。


 せっかく早く帰ってきたのに、これでは普段と変わりないではないか!


 そんなことも思ったが、鬼先生に怒られるよりかはマシである。

 鬼先生の雷は、泣く子も黙るガキ大将だって泣かずにはいられない。


 その道中、先輩はやはりお地蔵様にバチアタリなことをしたな……と反省していたんだ。

 お地蔵様の並ぶ道に着くと、停まって頭を探したが、やっぱりどこにもない。


 そも、倒れたお地蔵様はなくなっていた。


 親切な誰かが回収したのだろう。そう思った。いい人もいるもんだ。他の誰かのためを思える人は、いつか必ずいいことがやってくる。そういうもんだ。そう信じていた。


 なんとなしに気分が良くなって、下手な鼻歌を歌いながら学校へと着いた先輩は、先生たちに見つからないように教室へと忍び込んだ。


 左から番目。そして前から番目。先輩の席はそこだった。

 暗がりの机の口に腕を突っ込んで、一冊の問題集を引っ張り出す。


 あゝ、これだ。これだ。満足そうに頷いて、教室をでようとしたんだ。


 そしたら――。


 眼の前には鬼のように真っ赤なジャアジを着て、クマのように大きな体をした、まさに鬼、鬼先生が立っていたではないか!


 ぎぃぃぃやぁぁぁっっっ!? っと。


 が跳ねるよりも高く飛び上がった先輩の頭に、教科書という名の教訓の暴力が降り掛かったのサ。


 面、一本!


 竹刀じゃなくてよかったな。と、鬼先生は言ったらしいが、竹刀も、教科書も変わりはせんと思ったのはグッと飲み込んだ。

 それが痛みのせいで声がでなかったのか、さらなる雷に打たれるのが怖かったのかは、想像にお任せしよう。


 さて、もう夕刻だ。空は茜色になって、こりゃ風流だと、鬼にも流せる涙があったものかと感心したもんだ。


 鬼先生は帰り際、先輩に言ったのサ。


 オイ。誰ソ彼ぞ。気をつけろ。と。


 先輩は理由がわからず、片眉をあげたもんだが、気遣ってもらったのだ。

 礼はせにゃならんと、腰を九◯度曲げてみっつ数えた。


 顔を上げたときには、鬼先生は居なかった。

 まるで煙みたいだと思ったもんだ。あのダイダラボッチみたいに大きな体で、どこにでも現れて雷を落としていく。おっかない先生だ。


 カナカナカナ。と。風流なセミが鳴いて、川がザァザァと流れている音が耳に入る。


 もうすっかり山々は真っ赤に染まって、人っ子一人や居やしない。


 先輩は鈴をチリチリならし続ける相棒と一緒に、家へ帰ろうとしたんだ。




 ――あゝ。たまにはこういうのもいいもんだ。




 そう思ったんだがね。

 それがイケなかったのかもしれない。


 


 いくら漕いでも、漕いでも一向に家に着きやしない。

 いくら進んでも、進んでも同じ山道しか見えない。


 いヰや。こりゃ参った。


 どうにも自転車の後ろが重い。まるでお地蔵様でも載せているみたいじゃあないか。


 ギッチギッチと、歯車が悲鳴をあげるくらいだ。


 涼しい日だと云うのに、厭な汗が流れてくる。


 前のめりになって、立ちこぎをする。


 ――重い。


 どうにかお地蔵様がいる道まで漕ぎ着けて、先輩はハッとした。


 お地蔵様がなくなるものか? と。

 

 否、そんなハズはない。

 あゝ、後ろ振り向くのが怖い。どうしようもなく怖くなっちまった。

 あゝ、シクッた! 鬼先生の言葉の意味をもっと考えていればよかったものを!

 誰ソ彼はヒトとモノノ怪が。と云うじゃあないか!


 大きな葉っぱがひたと背中に落ちて、心臓が飛び跳ねた。


 ――そして、先輩は後ろを振り向いちまったのサ。


 ――――――――――。











 



 

 ぎぃぃぃやぁぁぁっっっ!?


 























 














 





 




 


 パ……パンクしてる――っ!




ーーーー


おあとがよろしいようで。


お地蔵様の頭轢いて跳ねて、パンクしただけです。

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