薫の産まれた頃

月兎耳

丙午の女

「クラスにね、ばぁばとおんなじ名前の男子がいるんだよ。」


 久々に顔を合わせた家族が、近況報告をしていると、孫のユミがそう言い出した。

 まだ箸が下手なのか、寿司を上手く掴めずにサーモンとシャリを剥がして食べている。


「ああ、かおるって元々男の子の名前だからね」

「そうなの?ばぁばはどうして男の子の名前なの?」

「こら、ユミ……」


 嫁が小さな声で咎めながら孫の肘を突く。


「いいのいいの。ばぁばはねー、産まれた時男の子だったんだよ」

「そうなの!?」

「ユミは何年なにどしだっけ?干支えと

酉年とりどしだよ」

「ばぁばはね、午年うまどしなの」


 還暦のお祝いに貰った赤いセーターの毛羽が、テーブルの上に一本落ちている。


「そんなの関係あるの?」

「ちょっとだけ、昔の事なんだけどね……」


 

 

 私が産まれる時、父は産婆に金を握らせてある事を頼んだ。

 『女なら縊れ。死産だった事にしろ』

 丙午ひのえうまの女は男の運を吸い、家を潰す。

 父はそんな風説を信じていた。だが産まれ落ちた私は女だった。

 母と産婆は父に産まれた私の体を見せず、性別を偽って育てた。

 幸い父は多忙な人だったので暫くはバレずにすんだ。

 私は坊主頭にされ、表向きは男として育った。

 学校に上がる歳になって、母は初めて父に私のことを明かした。

 父はそれはもう怒り狂ったが、6つに育った子どもを殺せとは言わなかった。

 丁度仕事が上手くいっていたことも良かったのだろう。

 父が仕事でいない時には、母は私を女として躾けたので、明日から女として生きろと言われても、然程苦労はしなかった。

 だが短い髪の毛だけはいかんともし難い。

 近所の子には坊主頭の私を悪し様に笑う者もあった。

 さすがに不憫に思ったのか、父がどこからかかつらを買って来た。

 昨日までイガグリだなんだと、馬鹿にしていた子が入学式には立派な日本髪を結って現れたのだから、みんな驚いていた。


 

 

「それでね、肩まで髪が伸びてきたら、もういらないだろうってかつらは取り上げられてしまって。お姫様みたいで気に入っていたのに、あっという間にみんなと同じおかっぱにされちゃってね。」

「……苦労されたんですね」

 

 大きなお腹に手を当てた嫁が顔を曇らせた。

 その手のひらの下にも、丙午生まれになる筈の女の子がいる。

 

「ただの迷信なのよ。私は自分のこと悪い女だと思ったことないし。ユミだって酉年だから忘れっぽいとか、A型だから神経質で付き合い辛いとか言われたら嫌でしょう?」

「んー」

 

 言い出しっぺのユミはもうすっかり興味をなくしてケータイでゲームをしていた。

 あの年の入学式を思い出す。

 2年生が40人2クラスだったのに、新一年生は30人1クラス。その中に、女子はたった6人。

 後年「産み控え」だなんて言われたが、それだけで男女比が偏るわけがない。

 私がされかけたように、産まれなかった事にされた子が沢山いたのだろう。

 

「それにね、もし本当だったとしても、これからは強い女も歓迎される時代だわ。変な話をしてごめんね」

 

 確かに夫は人より早死にしたけれど、病気を生まれ年のせいにされるのは納得がいかない。


 だから新しい時代の新しい命には精一杯の祝福を。

 どうか産まれる前から死を願われる時代が二度と来ませんように。


 さすがに次の丙午年まで生きるのは無理だろうけれど、来年、今年の出生率を見るのが楽しみだった。

 

 還暦祝いの赤いセーターは丙午の女のラッキーカラーだ。

 私も生まれてくる孫に赤い靴下でも贈ってあげようと思った。

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薫の産まれた頃 月兎耳 @tukitoji0526

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