第28話 イグザイル/捕囚④ シュテンとツチグモ     ダカライイッテ。ソコハ敏感ナンダ

 バガスが外の様子を見に飛び立った。

 三人もそのあとに続き、非常口の階段を昇る。


 外の光に向かって、車道わきの非常通路を走っていると、バガスが外から戻ってきた。


「オヨソ一キロ先ニノ車。ソレヲ追ウ。北東ニ向カッテイル!」


「北東……、テンソン塔に向かったんだ、きっと」


 アキラが地図映像を出す。


 スンは足もとにボードを置き、飛び乗る。


「ホテルからトクトクを取ってくる。ここで待ってて」


「バガス、ついてってやれ!」


 スンはボードを加速させ、バガスとともに外へ飛び出した。

 片側四車線の広い北大路をまっすぐに走る。


 ホテル・ゲンブは北大路の突き当り、町の北端にある。

 フォーライに入域した時は、都市基底部の北ゲートから飛空艇で入り、船のドックのような格納スペースをトクトクを誘導され、地下駐車場に停めた。

 エレベーターで地上に上がると、そこは北大路の突き当りの車止めに面した公営ホテルだった。


 地図によると中央塔からの距離は三キロ弱だ。


「変だな、車がぜんぜん走ってないな」

「オソラク、緊急事態デ町ノガ一部停止ニナッテル」


 理路整然とした積み木の町は相変わらずだが、さらに生気がない。

 空気は不穏で、心なしか空も曇っている。


 ——「こっちに来てくれてちょうどよかった」——


 またさっきの声がした。


「誰だ!」


「ドウシタ、スン?」


 ——「北西エリアの〈ノード・シュテン〉に来て。おもしろいものが見られるから」——


「ダイバの占い師だな!」


 ——「その額のデバイスバンド、ハッキングさせてもらったわ。おもしろいの付けてるね。あんたの世界が丸見えよ」——


 スンはぞくりとした。——声の主が自分の視界を共有しているのか。


 ——「マントラグラスを脳に直で差し込んでるようなものよ。今まで変な映像が見えたり、聞こえたりしなかった?」——


 スンは方向を変え、左折した。北西地区に向かう。


「スン、ドコニ行クンダ!」

「〈ノード・シュテン〉に敵がいるんだ!」


 青壁の街並みのエリアを抜け、北西路に向かった。


〈ノード・シュテン〉に近づくと、道路に人だかりができているのが見えた。

 兵士や通行人が何人も倒れていて、救急隊が救助している。


 逃げまどう人々の流れに逆らって騒動の中心にたどり着くと、一人の大柄な兵士が暴れていた。


 猛獣のように錯乱していて、取り押さえようとする兵士を片手で投げ飛ばしている。

 ほかの兵士がスタンガン銃を撃つが、まったく効いていない。


「なんだあれは?」

「マントラガカカッテイルンダ!」


 錯乱した兵士の顔から腹にかけて、赤く光っているように見える。

 目は血走っていて、結膜炎のように赤い。

 よだれを垂らしている。


「酒……酒をよこせ……」


 ——「〈ノード・シュテン〉の神格を憑依させてみたの。さあ、どうやって倒す?」——


「ふざけてるのか!」


 スンに気づいた錯乱兵がまっすぐに突進してきた。


 スンはボードを傾けて突撃をかわし、槍の柄で相手の腹を渾身の力で薙ぎ払った。

 槍をはじき返され、反動で身体が一回転した。


「うわあっ!」


 バランスを崩したスンは、さらに錯乱兵の回し蹴りを受けた。

 わき腹を蹴られ、ボードから投げ出され、道路を転がる。


 バガスが衝撃派で攻撃するが、錯乱兵はびくともせず、大きな手でバガスをはたいて地面に叩きつけた。

 

 憑依により身体強化されている。


 スンは立ち上がりながら、錯乱兵の色の異変に気づいた。


 右腕は服ごと全体が黄色く、左腕は青い。右足は白く、左足は黒い。ほかの兵士の制服と違う。


 地面に転がったバガスはすぐに起き上がり、無事なことを示すようにびゅんと高く飛び上がった。


「痛イ! ヤリヤガッタナ!」


「そうか、あれは五行の色……」


 右手の黄色は〈土〉だ。だから、金属ボディのバガスのダメージは少なかった。


 スンは青壁の家々を思い出す。あれは、〈風〉、つまり〈木〉の属性だ。

 つまり、槍で狙うべきは赤い〈火〉の頭部でも胴体でもなく、青い左腕だ。


 スンは左腕を狙おうとしたが、錯乱兵は両腕をだらりと下げ、大口を開け、顔を突き出して突進してくる。


 ——「さあさあ、どうやって倒す? この角度じゃ弱点は狙いにくいわねえ」——


 スンはウォッチを付けた左手を前に突き出した。


「コギトエルゴスム!」


 ウォッチが青く光る。


 赤い兵士の顔の肌色が戻り、表情が和らいでいく。

 青い光紋の中で、兵士は気を失い、前のめりに倒れた。


 バガスがスンの肩にとまる。


「ヤッタナ、スン!」


 スンは息を切らしてマントラ消費の体力消耗を実感した。


「精神浄化系のマントラだから……水属性かと思ったんだ。水は火を消せる」


 ——「やるじゃない。でも、次は式神だからこうはいかないよ」——


「おまえ、何が目的だ!」


「スン?」

 困惑するバガス。


 スンは相手の姿が見えず、やり場のない怒りが爆発しそうだった。


 ——「決まってるじゃない。スージーとデウスを回収しにきたのよ」——


 まるで相手が自分の頭の中にいるようだった。

 スンはデバイスバンドを引きはがしたくなった。


「おまえはどこにいる?」


 ——「さあねえ。それより、今日は立秋。モードが先天図になる日だったわよね」——


「だったらなんだ」


 ——「さっき、誰かさんが〈ノード・ジョカ〉にリクエストを打ち込んでたわ。この前の式神暴走事件のときと同じ危ない卦がジョカ配下の各ノードに出てるわよ。次の敵は北東の〈ノード・ヌエ〉。彼を守る式神がお仲間たちを狙ってるから、急いだほうがいいよ~」——


「バガス、トクトクを取って来て! 私は一旦アキラたちと合流する!」

「ワカッタ、気ヲツケルンダゾ」


 バガスが飛び立つ。

 スンはウォッチを通信モードにしてアキラに話しかける。


「アキラ、聞こえる?」


 しかし、ノイズが走るだけで、通信がつながらない。


 ——「ばーか。次の相手は〈ノード・ヌエ〉って言ったでしょ。ヌエがこの町の通信を支配してんのよ」——


 スンは心の中で舌打ちする。


 ——「ちなみに、卦は〈天地否てんちひ〉。上下が通じない、分断、閉塞って意味ね。これを見て〈ノード・ヌエ〉は都市の秩序崩壊と判断して式神を放ったようね」——


 スンはボードに飛び乗ると、うろたえる住人たちをしり目に中央塔へ向かった。

 交通量の乏しい交差点を突っ切ろうと、前方の左足に体重を乗せ、一気に加速する。


 ——「危ない、左!」――


 女の声で反射的に左を見たが、車は来ていない。


 気配に振り返ると、右斜め後ろの路地から、一台の銀色の車が猛スピードで飛び出してきた。


 乗っていたのは——あのダイバの占い師だった。前方座席で目と口を大きく開いて不気味に笑っていた。


「ケセラパセラ——!」


 スンはマントラを叫ぶと同時に、ボードの反動操作で真上に飛び上がった。


 車体の背がスンの丸めた背中をかすめる。


 間一髪、衝突を避け、景色が反転する中、走り過ぎていく車と頭の中で同時に女の笑い声がした。


 ——「きゃははははは!」—


 車はそのまままっすぐ走って路地に消えた。


 スンは着地に失敗し、ボードから投げ出され、道路に転がった。


 ——「よくかわしたね。けど、使い過ぎてもう制限かかってんじゃない?」——


「くそっ……!」


 手をついて立ち上がる。守護装束には防護機能が付いているとはいえ、受け身がうまくとれなかった。胸や脚のあちこちが痛い。


 勾玉を傷むあばらに当てながら、槍を拾った。


 ウォッチを見ると、占い師の言うようにマントラはもう使えなかった。

 体力と精神力の限界を考慮して、一日に使えるギガ数には制限がかかっているのだ。

 さっきの緊急回避は通常より多くのギガを消費した。


 アキラもディヴァもすでに一回マントラを使っている。

 バガスの衝撃派も相当なエネルギーを消費する。


 この先、どれだけの敵が用意されているのか。

 

 ——「ヌエについて教えたげる」——

 

 スンは声に反応せず、黙って聞いた。

 

 ——「この都市の東西南北の端にはビャッコ、セイリュウ、スザク、ゲンブっていうフッキとジョカに次ぐ基幹ノードがあるの」——


 スンの頭に、四体の怪物の姿が浮かぶ。占い師が映像データを差し込んでいるのだ。

 白い虎、青い鱗の龍、赤い孔雀のような巨鳥、そしてホテル・ゲンブのロビーに飾られていた絵と同じ首の長い真っ黒い亀。


 ——「こいつらは四神っていう幻獣で、それと同じ形の機械兵が守護しているの。儀式的な意味を込めてるみたいだけど、フォーライ人ってバカよね。利用させてもらったわ」——


 スンはボードに乗り、再び発進した。


 ——「伝説上のヌエって怪物は、いろんな獣を組み合わせたキメラだっていうから、その四神の式神を合体させて、〈ノード・ヌエ〉の護衛につけたの」——


「……おまえは原理主義カシュア派か。なぜフォーライを狙う」


 ——「ぶぶーっ。ぜんぶ不正解。正解はシーエムのあとでーっ」——


 ラウンドアバウトに差し掛かる。

 視界が開け、中央塔周辺の様子が見えた。

 北東路のあたりがなにやら騒がしい。

 多くの車が道路の真ん中で停まっている。

 そして、中央塔のまわりに、むらむらと黄色いものがうごめいているのが見える。


 それは蜘蛛型機械兵の群れだった。


 猫ぐらいの大きさの式神の大群がわらわらと地面や壁を這い、停まっている車の中を物色するようにとりついている。


「なんだあれは?」


 ——「南西の〈ノード・ツチグモ〉も非常事態アラートを出したみたいね」——


 塔に近付こうにも、入口は完全に蜘蛛に占拠されている。

 アキラたちの姿は見えない。

 塔に戻ったか、徒歩で北東へ向かったかだ。


 ——「〈ノード・ツチグモ〉の卦は〈水雷屯すいらいちゅん〉。始まりの困難、混乱、進路妨害。きゃははは、最高じゃない!」——


 スンはラウンドアバウトを走り、北東路へ向かった。

 東へ行くにつれ、だんだんとツチグモの数が増えていく。

 彼らもテンソン塔を目指しているようで、北東路はまっ黄色に埋め尽くされている。


 一旦、北大路に入り、北東路につながる横道を探した。

 街路はツチグモだらけだった。

 それらは道行く人々を無差別に襲っている。

 長い八本の脚で地面に抑え込まれている男や車の中から出られずに怯えている女もいた。


 数ブロック走り、北東路方向へ右折したところで、背後から「スン!」とバガスの声がした。


 振り向くと、ジグザグにツチグモを振り切って走る場違いな三輪車両が近づいてくるのが見えた。


 トクトクを運転するバガスにツチグモがくっついている。


「助ケテクレ!」 


 ——進路妨害。つまり、黄土人と同じ拘束型。


「なら、捕まる前に叩くまでだ」


 スンは減速してトクトクと並走した。


 バガスに張り付いたツチグモの八角形のボディは黄土人のような粘土だが、脚は甲殻類のそれのように固い。

 プラズマ刃の穂先で脚を突くと、ツチグモは嫌がってバガスから離れ、スンに飛び掛かってきた。


 膝を曲げて後ろに体重を落とし、減速してかわす。


 宙に浮いた蜘蛛を薙ぎはたいた。地面に叩きつけられたツチグモは跳ねて転がった。


「助カッタ!」


 バガスはトサカがひん曲がっていた。


「直サナクテイイ、イジルト折レル。……ダカライイッテ。ソコハ敏感ナンダ」

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2026年1月13日 10:00
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シキソクゼクウ 下永聖高 @simokiyo

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