第27話 イグザイル/捕囚③ フッキ&ジョカ

 車はいつのまにか塔内部に入っていた。

 ゆるやかなスロープを下り、半地下の吹きぬけの空間にたどり着いた。


 広々とした円形ホールには、真ん中に〈ノード・フッキ&ジョカ〉の石像があった。

 基壇も像も、これまでのどのノードより大きかった。


 白い男神フッキと黒い女神ジョカ——二柱は蛇のような下半身を互いにぐるぐると絡み合わせながら天井に向かって昇っていく。

 その姿は、まさに陰陽の融合を表していた。

 上半身は古代の貴公子と貴女のような姿で、フッキが黒い定規を、ジョカが白いコンパスを持っている。


「フッキとジョカが全ノードを統括し、テンソン神に情報を送ります。末端ノードに不具合が起きたときは、代理で六十四卦を出したりして調整を行います。ここ最近、各ノードがおかしな判定を繰り返したので、この中枢ノードも一時期混乱して、式神

——マントラで動く機械兵を動員して市民を拘束するという、ちょっとした事件がありました」


 アキラは自分のタブレットに六十四卦の表や方位図を出して何やら調べている。


「アキラ、易経わかるの?」

「学生時代に少し本で読んだことがある。詳しくはないけどね」


「あなたも人が悪いな」

 セーマンが言った。

「知らないふりをして、われわれがごまかさないか試していたようですね」


「セーマン政務官、さっきあなたは、現場のノードは後天図に固定されているとおっしゃいましたね」

「ええ、先天図は通常、運勢判断に使いません」

「先天図は、易経の始祖といわれる聖人フッキが発見したとされる宇宙理念の図ですよね」


 アキラのタブレットの上に立体映像が浮かぶ。

 丸い方位図で、南が上になっていて〈天=金〉となっている。

 北は〈地=土〉だ。


「でも、これは理論上の配置で、現実世界にそぐわない。そこで、自然や人間社会の仕様に落とし込んで八卦の配置を変えたのが後の世に考案された後天図」


 先天図のとなりに、もうひとつ別の方位図が現れた。

 南は〈火〉で、北は〈水〉だ。

 ほかの〈天〉や〈地〉も先天図と異なる配置だった。


「各ノードはこの後天図を使用して、各パラメータと六十四卦を出している。方位術を取り入れているから、方位ごとの八卦の配置は、各パラメータはもとより、爻の順、つまりどの六十四卦が出来上がるかにも影響する」


「そのとおりです」


「なるほど」


 スンはようやく理解した。


「そのノードのある場所によって、それぞれのパラメータが強まったり弱まったりするってことか」


「あと、六本の爻の陰陽を出す順番もね」


 ディヴァが付け加えた。


「順番が変われば卦の形が変わる」


「けれど、風水システムが本来デフォルトとしているのは先天図のはず。なぜなら、後天図は現場に合わせたバリエーションのひとつに過ぎず、オリジナルではない。少なくとも、先天図をシステムに実装しないのはフッキに対する冒とくだ。つまり、なにかのときに参照モードが先天図に切り替わることがあるんじゃないですか?」


 セーマンが目を見開く。

「たしかに、おっしゃるとおりです」


 ドーマンが答えた。

「後天図のバリエーションはほかにもあります。使用されたことはありませんが、南半球用、月面基地用、火星居住用、宇宙ステーション用など。テンソン神に実装された八卦配置のデフォルトはあくまで先天図です」


「その先天図がなぜか現場で使われてしまい、パラメータや六十四卦が現実にそぐわない結果となった、ということではないですか?」


 バガスがぱさりと羽根を広げる。


「八卦ノ設定方位ヲ後天図ト先天図デソレゾレヤッテミタラ、サッキノ〈シュテン〉モ〈シンノウ〉モ、マッタク違ウ値、オソラク正常値ガ出タゾ」


「しかし、先天図がノードに反映されるなんてことは」

 セーマンが言った。

「……節気のときくらいか」


「節気とは、季節の変わり目のことですよね?」


「ええ、立春や夏至など年に二十四日あります。その日は天地の気が乱れるため、そのときだけは使用できない先天図に便宜上切り替わり、各ノードが卦を立てられないようになっている。今日もまさに九月の立秋。しかし、不具合事件が起きたのは節気の日だけではない」


「先天図に切り替わる条件はほかにもあるんじゃないですか? さっき、車の中でスンがヒントを言った」


「え、私?」


「回転……ね」

 ディヴァが言った。


 セーマンが少し悔しそうに頷く。

「たしかに、フォーライは浮遊都市。回転可能だ。悪天候や潮流で方位がずれるときがある、そのドリフト時の一瞬も先天図に切り替わる。しかし、なんども言うように、各ノードはそこでは卦を立てない仕様になっている」


「そこであえて卦を立てろというリクエストは出せないんですか?」

 アキラはドーマンに向かって言った。

「中枢ノードは末端ノードが壊れたら、代わりに卦を立てられる。管理者がフッキ&ジョカにシュテンやシンノウに代わって卦を立てろと手動でリクエストすれば、先天図で出した結果を各ノードに返すのでは?」


 ドーマンは静かにアキラを見返している。


 セーマンははっとした顔をした。


「ドーマン、おまえは私よりシステムにくわしい。どうだ。もし、それが可能なら、確かにシュテンやシンノウのログに特別な手続き経過を残さず、先天図による卦を出せる。リクエストが正常な疑義対応プロセスなら、テロ工作とは誰も気づかないな」


「ええ……そうです。おっしゃるとおりです」


「試してみましょうか」

 アキラが言った。

「わざと都市の方位をドリフトさせて、先天図モードに切り替わったところでフッキ&ジョカにリクエストを打ち込んでみましょう」


「いや、実験するまでもない。おそらく、それが……正解です」

 セーマンが目を閉じ、観念したように言った。


「なるほど。では今回の私たちの仕事はここまでということですね」

 アキラがあっさりと言った。


「え?」

 と一同があっけにとられる。


「原因がテンソン神のエラーや暴走でなく、人力の操作なら、神を捕囚する理由がありません。巡礼団の仕事はこのことをトキオの本部に報告することだけです。あとはフォーライ政府にお任せします」


「アキラ、せめて誰がやったのか突き止めなくていいのか?」

「これ以上は内政干渉。越権行為だ。私たちの仕事じゃないよ」


 そのとき、視界の上のほうでなにか砂粒ほどの光が明滅した気がした。

 スンは目を凝らしてみると、ジョカ像の目が光っているのが見えた。


 さらに、そのジョカの真上、ドームの頂上付近に吊り下げられるように設えられたいくつもの砲塔のようなものが目についた。

 その筒の先から球体が出てくるのが見えた。


『——キュウキュウニョリツリョウ——』


 あたりに合成音声が響いた。


「式神使役のマントラだ」

 セーマンが言った。

「なぜ、今これが?」


 アキラの肩に留まっていたバガスが羽根を大きく広げた。


「何カ来ル! 気ヲ付ケロ!」


 ぼふん、ぼふん、と筒から噴射されて飛び出してきた丸いものたちが、緩やかな放物線を描いて床に落ちる。

 かぼちゃのような球体はべちゃりと着地し、一同を取り囲んだ。


「黄土人!」

 セーマンが言った。

「ジョカの防衛用式神だ」


 ディヴァがローラーブレードをオンにしてアキラのそばによる。

「スン、バガス、アキラを守るよ!」


 そのとき、視界の隅で、乗ってきた車が走り去るのが見えた。


「待て!」

 セーマンは皿のようなものを床に落とした。

 それはみるみる大きくなって回るコースターになる。

 彼はそれに乗り、車を追った。


 ドーマンの姿はなかった。車で走り去ったのは彼のようだ。


「どうなってるんだ?」

 スンは槍を構え、アキラとディヴァに背を向けて立つ。


 三人を囲む球体はぐらぐらと揺れると、ぱかりと開いて、人のような形になった。

 目も口もない土人形が立ち上がり、見かけより俊敏な動きで飛び掛かってきた。

「粘土型の機械兵?!」


 スンはプラズマモードの槍でその頭部を突いた。

 青い切っ先に貫かれた黄土人は一瞬動きを止めるが、倒れない。

 続けて胴体に何度も突きを入れるが、まるで手ごたえがない。


 ——「あんたの槍じゃ誰も救えないよ」——。


「なんだ?」


 頭の中に声が響いた。

 中性的な低い女の声、どこかで聞いた声だった。


 目の前では黄土人が両腕を広げてスンに覆いかぶさろうとしてくる。


 ぼかん、と大きな音がして、目の前の黄土人が吹き飛んだ。

 ディヴァが装甲化した拳で殴った黄土人は砕け、土くれがばらばらと散らばった。

 コアの球体がからからと床に転がる。


 バガスも衝撃派で次々に黄土人を吹き飛ばし、砕いていく。


「〈土〉に〈金〉の槍は効きにくいわ。効くのは〈木〉、つまりは風属性の衝撃!」


「スン、捕まるな! この式神は捕縛用だ!」アキラが叫ぶ。


 スンは槍で突くのをやめて、柄で薙ぎ払い、黄土人の動きを鈍らせた。

 それをディヴァとバガスが粉砕していく。

 しかし、何体倒しても、次々に新たな黄土人が天井の砲台から生み出されてくる。


「キリがない、ここにいたらいつかやられるわね」

「ノードの防衛アラームを止めるしかないな」


 アキラはそう言うと、突然走り出した。

 スンの槍で倒れた黄土人の背中を飛び越え、ノードの基壇に向かう。


 アキラはタブレットを掲げた。


「……時が満ちたなら、わたしは汝を顧みる——」


 走りながら詠唱を始めるアキラ。

 そこに今しがた生まれた黄土人が迫る。


「ビスッミラー!」

 ディヴァが叫んだ。


 マントラで一時的に強化された瞬発力で一気に間を詰め、パワーナックルで黄土人を粉砕する。


 アキラは基壇の前で詠唱をつづけた。


「……わたしは恵みの約束を果たし、汝をこの地に連れ戻す。汝の名は、ジョカ——」


 アキラの額の紋章とタブレットが青く光る。


「——捕囚イグザイル!」


 光がいっそうその強さを増し、青い輝きが螺旋状にノードの像を昇っていく。


 青い光はジョカの像を包み、やがてはじけるように消えた。

 同時に、黄土人が動きを止めた。

 土人形たちはばたばたと倒れ、土くれに戻っていく。


「テンソン神以外のノードに効くかどうか心配だったけど……黄土人が止まってよかった」


「アキラ、大丈夫?」


 膝を付いたアキラにディヴァが駆け寄る。

 バガスが彼の肩にとまる。


「AI神を相手にするマントラは……やっぱり、疲れるな。結局、神狩りしちゃったよ」


「仕方ないわ。それに、これはテンソン神の下部ノードに過ぎない。フッキも残ってるし、都市の全ノードが麻痺することはないと思う」


「……全ノードを捕囚するなんてハメにならなきゃいいけど。なぜジョカは急に式神を出したんだろう?」


「ドーマンがなにかして暴走させたのよ」


 スンは自分の額をさわる。


 さっきの女の声の残響がデバイスバンドを通じてノイズのように残っている。

 なんだったのだ、さっきのは。

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