不思議な秉燭

敷知遠江守

秉燭『星壺』

 一人の行商が村の庄屋の屋敷にやってきた。背に担いで来た風呂敷の中身は大きな木箱。中には行商人の故郷である近江の陶器がいっぱい。ここまで担いでくるにはさぞや重かったであろう。なるべく多く買い取ってやろうと言いながら、庄屋さんは陶器の物色を始めた。

 見事な絵皿、見事な土鍋、花瓶に茶壷、どれもこれも無骨を思わせる力強さを備えた素晴らしい一品揃い。

 その分値段もかなり強気であった。だが、まあ、ここまで長旅であったわけだし、強気の値段もやむを得ない。そう思いながら商品の目録を見ていく庄屋さん。その中の記述に一点おかしなところがあった。


「ん!? なんじゃこれは?」


 庄屋さんが指摘したのは目録の最後に記載された秉燭へいしょく(=手持ちのランプ)。どっからどう見ても茶を淹れる急須にしか見えない秉燭に、なんと二千文(=約五万円)というとんでもない値段が付けられていたのだった。

 

「さすがは庄屋様、お目が高うございますな。こちらの秉燭は、焼きの際に夜空から星が舞い降りるのを見たと作り手が申しておりまして、『星壺』という銘まで入れておるのです」


「いやいや、いわれなどどうでも良い。何故たかだか秉燭に、かように高い値段が付いておるのだ? 特別な彩色が施されているわけでも無し。何かご利益でもあるのか?」


「さあ……作り手の言うがままの値段ですので。それをわたくしめに言われましても……」


 行商の引きつった笑顔を、庄屋さんは誠意が無いと感じたらしい。その秉燭『星壺』以外全てを購入する事とし、星壺は持って帰って貰う事にしたのだった。



 庄屋さんの屋敷を出た行商だったが、最初の山を越えようというところで運の悪い事に雪に降られてしまった。ここは来た道を戻って庄屋さんの屋敷に泊めて貰おう。そう思って踵を返したところ、さらに運の悪い事に山賊に襲われてしまったのだった。

 憐れ行商は命を落とし、銭を全て奪われてしまった。だが山賊たち、星壺には全く興味を示さず、その場に捨て置いた。


 降り始めた雪は、あっという間に山を白く化粧していく。行商の死体も星壺も雪に覆われてしまった。

 そして月日は流れ、雪解けの季節を迎えた。



 麓の村に一組の老夫婦が住んでいた。

 二人は畑仕事をしながら、春になると夫婦で山に向かい、爺さんは柴を集め、婆さんは山菜を採取するのが日課となっている。


 そろそろ雪が溶け始めた頃だろうか。二人は篭を背負い山へと向かう。その途中で、行き倒れになっている行商を見つけてしまった。行商は、ずっと雪に覆われていたせいで、殺された時のまんまの状態であった。


 爺さんと婆さんは持ってきていた鋤で木の麓に穴を掘り、丁重に埋葬してやることにした。ふと行商の傍らに例の秉燭が転がっているのが目に入る。

 「これは何じゃろう?」と星壺を手に取る爺さん。


「これは秉燭かのう。きっとこの方の持ち物であろうから、一緒に埋葬してやるが良いかのう」


「どうなんでしょうね。この方の大切にしていたものであれば、我々が代りに使ってやるも供養というものかもしれませんよ」


「なるほどのう。まあ、うちでは秉燭などめったに使わぬが、その時まで大切に磨いておくとしようかのう」


 こうして老夫婦は星壺を家に持ち帰り、供養のためと言って毎朝磨いていた。

 だが本人たちも言っていたが、全く使う機会がやってこない。そんなこんなで季節は春を終え、夏を過ぎ、秋も過ぎ、また冬となった。



 冬に入ってからというもの、爺さんは体調を崩し、寝たきりのような状態になってしまっていた。

 ある日の夜、爺さんが激しく咳込んでしまい、婆さんは慌てて例の星壺に油を注ぎ、燈心を口から差し込んで火を付けた。本来なら菜の花のような黄色い炎が注ぎ口に灯るはず。ところが、藤の花のような炎がゆらゆらと揺らめいた。

 炎からパチパチと星が飛び散り、その星が集まって人型を取り始める。胸前で腕を組み、顔には立派な髭を蓄えている星の塊。その星の塊が、目の前の善良そうな老婆に微笑みかけた。


「我は秉燭の精なり。願いを叶えてやろう。何でも言うが良い」


 星が喋ったと、婆さん驚いて腰を抜かしてしまい何も言葉が出てこない。


「恐れずとも良い。我は秉燭の中で全て見させてもらった。心優しき夫婦よ。願いを叶えてしんぜよう。なんなりと願うがよい」


「あ、あ、あ、で、でしたら、じ、爺さんの病を治してくだされ」


「よかろう。お安い御用だ」


 そう言うと秉燭の精はふっと婆さんの前から消えてしまった。消えてすぐに爺さんの咳も止まり、また静かに眠り始める。それに安堵し、婆さんも眠りについた。



 翌朝、すっかり元気になった爺さんに、婆さんは昨夜の出来事を話した。


「そんな事があったのか。では、元気にしてもらった礼に、秉燭をあの男性の墓に埋葬してやらねばならんな」


「爺さん、何を言うのです。他にも色々とお願いしたら良いではありませんか。そうすれば私たちは裕福な暮らしができるかもしれませんよ?」


「馬鹿な事を言うものではない。その秉燭の精とやらは言うたのであろう? 全て見ていたと。そのような事をしたら、きっと災いが降りかかる事になるよ」


 こうして元気になった爺さんと婆さんは、星壺を行商の墓に埋葬し、また元のように畑仕事に勤しんだ。



 ある日の事、畑仕事の休憩の時、お爺さんは村の者に、例の秉燭の精の話をぽろりとこぼしてしまった。


 その話を聞いた村の中でも一番の業突く張り、星壺を自分の物にしようと、夜中にこっそりと山へ向かって墓から掘り起こした。何でも願いを叶えてくれるのだ、墓なぞに埋めて置いては勿体無い。業突く張りは、爺さんから聞いた通りに、星壺を毎朝毎朝磨きに磨いた。


 冬になり、そろそろ良い頃合いだろうと星壺に火を灯す。すると、婆さんの時と同じように炎から星が飛び散り、人の姿となって業突く張りの前に現れた。


「我は秉燭の精なり。願いを叶えてやろう。何でも言うが良い」


「富だ! 富をくれ! この世の誰よりも俺を豊かにしてくれ!」


 「よかろう。お安い御用だ」


 そう言うと秉燭の精はふっと業突く張りの前から消えてしまった。ところが、一緒に業突く張りも消え去ってしまった。持ち手のいなくなった星壺が地面に落ちて砕け散る。

 業突く張りがいた場所には、一匹の黄金虫が残されていたのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

不思議な秉燭 敷知遠江守 @Fuchi_Ensyu

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画