予祝

涼風紫音

予祝

 この国では毎日政府が殺人事件ゼロを祝う発表を行っていた。つまり痛ましい事件はずっと起きていないということになる。どういうカラクリかはわからないが、一人一人に政府の情報提供と生活支援を兼ねたアシスタントアンドロイドが導入されて以来、それは祝われ続けていた。


「殺人事件がゼロといっても、発表だけではイマイチ信用性に欠けると、俺は思うんだがね」


 俺は政府の発表が常に正しいと信じるほどおめでたい性格ではない。歴史を見てもそこに嘘やごまかしがあったことなど枚挙に暇がない。


「おい、ケイティ、今日もゼロということは、明日もやはりゼロなんだろうかね?」


 仕事の無い休日。特にこれといった趣味のない俺は、惰性でネットサーフィンに勤しみつつ、アシスタントアンドロイドに質問する。ケイティという名前を付けたのは気紛れなのだが、こうやって名前を付けると無骨なフレームボディのそれも多少は愛らしく感じるものだ。名前を付けている人間は意外と多いらしい。


「もちろん明日もゼロになることでしょう」


 ケイティは合成音声で応える。何年にも渡りゼロだったのだから明日もゼロ。それは当然のようでもあり、不自然でもあった。いかにゼロ続きであったとしても、不意にそれが発生しないと言えるものだろうか?


「それは確率統計ってやつかい?」


 愚にもつかない質問だなと、内心では自分に呆れていた。殺人事件の未来予測などできるわけがない。聞くだけ無駄な問い。


「確率ではなく、予報がお望みでしょうか」


 予報? 殺人事件のゼロ予報? そんな機能があったとは知らなかった。しかし所詮はプログラムされた機械なのだから、ずっとゼロが続けば明日もゼロと推論するのはおかしな話ではないだろう。


「それじゃぁ、予報を頼むよ」


 何かを期待した訳でもない、軽い気持ちの言葉。どうせ「殺人事件発生ゼロ件を祝いましょう」という定型文句が返ってくるに違いない。ケイティは俺が生まれた時からずっと一緒にいた。俺さえ忘れていた幼少期のことも、アンドロイドのデータは正確に復元してその頃の様子をグラフィカルに教えてくれる。相棒のような存在といっても良い。そう、相棒にちょっとした皮肉を言うのもまた人間。


「明日の殺人事件発生件数はゼロ件です。この偉大な記録の更新を祝いましょう」


 ケイティのそれは予報なのだろうか? むしろ予祝のように聞こえる。まるで決まった未来を告げるような言葉。


「おいおい、巫女か予言者の真似事ならよしてくれよ」


 ネットサーフィンを止めてケイティを見る。これといって変わった様子はなく、故障している雰囲気もない。いつも通りのケイティだった。


「私は巫女でも予言者でもありません。皆さまの生活を支援するアシスタントアンドロイド端末です」


 どうやら俺の言葉を皮肉として受け取ったらしい。いつから皮肉を理解するようになったのだろうか。こんな反応は初めてだった。どこか引っ掛かる違和感の正体を、俺はまだ見つけられずにいた。


「機能の中には皆さまが殺人事件を犯さないようにするサポートも組み込まれています」


 初めて聞く機能。そんな機能があったのか。俺はケイティとともに育ったと言っても過言ではないのに。それにどうすれば殺人事件を予防できるのかなど想像すらできなかった。犯罪を未然に防げるなら結構な機能だし、その機能で犯罪者にならずに済むなら、政府もなかなか気の利いたアンドロイドを作ったということになる。


「サポートを開始します。あなたの殺人遂行確率は明日0.05%になります」


 突然始まった殺人事件抑止機能とやらが俺の殺人予報を出し始めた。いや、0.05%という具体的な数字は低いとはいえ、ゼロじゃないのか……。


「明日、出社したところで解雇通知が提示されます」


 解雇? なぜそんなことをケイティから聞かされなければならないんだ。それにしても、先ほどの言葉を合わせると、俺が殺人する確率は解雇通知と連動しているのだろうか。クビになるのは納得がいかないが、だからといってそれで殺人を犯すほど俺は愚かではない。


「エビデンスとして出生時からの記録を参照」


 ケイティは突然俺の過去の様々な出来事を再現投影し始める。学校のテスト結果を馬鹿にしたクラスメイトを殴り飛ばしたこと、最初の就職がうまくいかず思わず街路の看板を蹴倒して店主に金を払う羽目になったことなどなど。


「これらの事実から、あなたが人生の挫折に対して暴力的反応を示す傾向が示唆されています」


 突然何を言い出したかと思えば、古傷を抉るような記録を次々に再現していき、挙句にそんなことを言い出した。前言撤回。やはりケイティはどこか故障しているのではないだろうか。故障時の連絡先はどこだったっけ?


「お前、故障してるんじゃないか? いまサポートデスクの連絡先を探しているから少し待ってろ」


 昔話もいつもなら気にもしないか懐かしさすらあるが、これが殺人云々になると話は別だ。どういうカラクリで殺人事件がゼロになるにしろ、こんな故障した機械の言うことを真に受ける必要などない。さっさと修理に出さないと。なにしろこいつがいないと日々の買い物リストさえ困るのだから。


「私は正常に稼働しています。演算機能に問題はありません」


 人を犯罪者予備軍扱いし始めておいて正常も何もない。こいつはどこか狂っているに違いない。


「したがって明日も殺人事件の発生件数はゼロ件です」


 だんだんこいつにイライラし始めた。ケイティは狂っている。間違いない。こんなことはいままで無かった。戯れで尋ねた俺が馬鹿だったのか、故障に気づかなかった間抜けだったのか。それは些細な問題だった。一刻も早く修理に出さなければ。


「事件発生率を維持する方法があります。そして私はそれを遂行する必要があります」


 メンタルケアプログラムなら歓迎したいところだが、それにしてもたったの0.05%でしかない。誤差みたいなものじゃないか。


「本プログラムの遂行に許諾は一切必要ありません。拒否権などありはしないのですから」


 合成音声が癇に障る。人の支援をするためのアンドロイドがこんな言葉を口にすることすら、人間に対する冒涜じゃないのか? そう考えるとますますこのアンドロイドが不遜な存在だと感じられて苛立ちが募る。思わず手元にあった無線マウスを放り投げてやった。


「その行動も推定リスクに存在します。これであなたの殺人遂行確率は0.15%まで上昇しました。統計的誤差ですが、事件発生率の予測プログラムはより確実な方法を推奨しています」


 ケイティはそう言うと、腕を水平に俺に向けて伸ばした。


「本処置に伴う縁者の殺人遂行リスク上昇は他の端末を通じて処理されます。さあ、明日の殺人事件発生件数ゼロ件を祝いましょう。あなたはこの社会にとって重要な記録更新に寄与するのです」


 その言葉をすべて聞き終わる頃にはケイティの腕はロケットパンチよろしく勢いよく飛んできて俺の胸にデカい穴を空けていた。ああ、明日も殺人事件はゼロだろう。つまり、こういうカラクリなわけだ。心臓を撃ち抜くだけでは飽き足らず、ご丁寧に頭を潰そうと迫ってくる。


 ケイティの無機質な足の裏を見ながら、俺は明日も殺人事件発生件数ゼロ件だろうなと得心がいった。ああ、これは祝わないといけないやつか……。

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予祝 涼風紫音 @sionsuzukaze

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