後編 男子生徒

 俺には、幼馴染がいた。

 元々、あまり体は強くないほうで、病気しがちな女の子だった。入院することも多くて、お見舞いにいくこともしょっちゅうで、その時は嬉しそうにしてくれたのを、よく覚えている。


 そんな幼馴染が、年が変わった頃、気管支系の病気で、亡くなった。

 突発性で、あっという間の話だったのだと、現実味もないまま聞かされたような気がする。


 いや、卒業式を終えた今でさえ、現実味なんてない。

 何をするでもなくぼんやりと、今日で最後になる高校を、さっきまでうろうろと徘徊していた。


 使われなくなった廃教室に来たのは、〝とある噂〟を聞いたことがあったからだ。

〝廃教室に女子生徒の怨霊が出る〟――幼馴染のあの子が亡くなってから、噂されるようになった怪談。


 別に信じちゃいなかったけど、あの子の命日に近かったからか、つい妙な親近感が湧いて、自然と足が向いた。


 卒業式を迎えられなかった幼馴染のため……なんて明確な動機があったわけじゃないけど、でかでかとチョークで〝祝!〟と黒板いっぱいに殴り書きしてやった。

 もし、少しでも、彼女に届くのなら……彼女に見えるなら、、なんて。


 その瞬間、信じられないことが起きた。



……



 ものすごくおどろおどろしい〝祝ってやる〟の直後に響いた――

 完全に素だった〝あっ〟に聞き覚えがありすぎて、俺は驚いて腰を抜かした。


 まさか本当に怨霊が出るなんて……じゃない。

 怖くて怖くて、ビビり散らしたから……じゃない。



 怨霊だという女子生徒は――幼馴染の、あの子だったからだ。



 完全に〝やらかした〟という顔をしている彼女だけど、俺はみっともなく「あわわわ」と慌てふためきながら、たとえ怨霊だとしても再会できたのが嬉しかった。


 まあなんか、俺が「どうやって祝ってくれるんですか?」なんて聞くたびに、めっちゃキレられて、そこはビビり散らしてしまったけれども。

 病気がちだった反面、意外と性格は勝ち気で、ビビりな俺は良くからかわれたり、時にはいじめっ子なんかから助けてもらったりしてたっけ。


 俺が医大を目指したのは、病気がちな彼女のために、なんて恩着せがましいことは言えないけれど。

 怨霊になってしまって、どうやらもう、俺の顔も覚えていないみたいだけれど。


 最後に、『その顔、覚えたからな』と言ってもらえて……嬉しかった。

 なんかニュアンスに恨み節を感じたけど、それでもいいや、と思える。


 ……そういえば、お見舞いに行くたびに彼女は嬉しそうな顔をしてくれたけど、すぐに〝すんっ〟と表情を引き締めて何でもないような顔をしていた。

 そういう素直じゃないところも、可愛かったけれど――いつも病気になんて負けないと強がっていた、そんな彼女が一度だけ、ぽつりと零した願いがあった。


『高校くらいは……一緒に、卒業したいな』


 いつも勝ち気な彼女にしては、随分と弱気な発言で、心配になってしまった。

 きっと皆で卒業できる、と励ますと、小さく『ばか……アンタとよ』なんて言って頬を赤らめていたけれど、それを指摘すると怒りだすので、聞こえないふりをした。


 俺だって本当は、彼女と一緒に、卒業したかった。

 彼女も応援してくれていた志望校に受かったら、その喜びを分かち合いたかった。


 何よりも……彼女の祝いの言葉が、欲しかった。


 けれど、俺のことを覚えていないらしい、怨霊となってしまった彼女からは、それも叶わないらしく、大きくうなだれて――



『――――おめでと』



 ――まるで生前と同じように、少しだけ素直じゃない彼女らしい言葉で、祝福されて。

 静かに、けれど穏やかに消えていく彼女に、俺は溢れる涙を止められないまま、それでも笑って見送った。


 ……そうして、今度こそ、誰もいなくなった廃教室で。

 黒板にでかでかと書いた〝祝!〟を眺めながら。


 俺は、これを書く直前に呟いた言葉を、もう一度だけ口にした。



「卒業、おめでとう。ずっと、ずっと、キミのことが、大好きだよ」



 ~ The End ~

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怨霊ちゃん『祝ってやる……あっ』 初美陽一@10月18日に書籍発売です @hatsumi_youichi

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