怨霊ちゃん『祝ってやる……あっ』

初美陽一@10月18日に書籍発売です

前編 怨霊ちゃん・ジ・エンド

『ッ……! ハア、ハアっ……ハア、ハアッ……!』


「!? っ、あ、あわわ……あわわわ……!?」


 私は、

 私は怨霊だ。この世に恨みを抱いたまま命を落とし、怨嗟を振りまく、まさしく悪霊の類の存在だ。

 そんな私が今しがた、目の前で腰を抜かしている男子生徒に、こんなことを言い放ってしまったのである。



ってやる〟――と、ね。



 と、ね。……ぢゃねーわ!! 我ながらどんな言い間違いしてんのよ!? 聞いたことあんのか怨霊がいきなり祝ってくる怪談! 逆に怖いかもだけど、求められてんのはそういう怖さぢゃねーと思うんですけど!?


 く、くそう、どうすればいい? 今から挽回できるかなぁ~コレ……?

 ……いや待てよ。もしかすると、いけるかもしれない。何せ、先ほどから腰を抜かしている、この男子生徒の様子を見て欲しい。


「あ、あわわ……あわわわわわ……!」


 この、みっともない慌てっぷり! フフフ、きっと私から溢れ出る怨霊力おんりょうりょくにビビり尽くしているのだろう。怨霊力ってなんだよ。言いにくいわ。


 まあさておき、この調子なら、どうにか誤魔化せるだろう。

 そう思っていた私に、男子生徒は震える口を必死に開こうとしていた。


「あ、あわわ、あわわっ……ぐ、ぐ……ぐっ……」


 おっ、なんだなんだ~? 何を言おうとしてるのかな~?

 その震えるお口で、ぷぷっ! どんな恐怖の悲鳴を聞かせてくれるんだろ~!


「ぐ、ぐ……具体的には、どんなふうに祝ってくれるんですか……?」


『クソが!!』


「ひっひいいいいっ!?」


 ダメだったわ。やっぱ誤魔化せなかったわ。ばっちり聞かれてたわ。

 私の反応でまたビビられてはいるけど、こういうこっちゃないのよね。私にもね、こう、怨霊としての矜持があるっていうかね。沽券こけんにもかかわるっていうね。


 まあ他にも怨霊やら悪霊やらいるのかなんて知らないし、私もどうしてこうなっちゃったのかなんて、今や覚えてないんだけども。


 とはいえ……とはいえ、だ。実際に怨霊こんなになっちゃった、そんな私にしか分からないんだけど、奇妙な確信がある。



 怨霊である私が、誰かを、何かを、してしまうと。

 私は怨霊としての自分を、保てなくなり――してしまうのだ。



 きっと私には、何か大きな未練があったのだろう。こうして怨霊になんてなってしまうくらいだし。その未練を遂げない内に、成仏なんてしていられない。


 まあどんな未練なのかとかも、さっぱり覚えてないんだけど。

 えっ、じゃあ別に成仏してもいいじゃん、って? フフッ、無責任なこと言うなよ呪うぞ貴様。


 さて、そんなこんなで絶好調に脳内一人会議を繰り広げていた私に――腰抜かし系男子生徒が、更に言ってきた。


「ご、ごくりっ……そ、それで……どう祝って……?」

『貴様ッ……!!』


 こいつ、ホントさっきからこいつ。腰抜かしてるクセして、意外な粘り腰を見せてくるぞこいつ。

 ていうか私が、言い間違えたからって、そんな喜んでお祝いするように見えるか? 怨霊ぞ? われ、怨霊ぞ?


 いやそもそも、私が言い間違えちゃった原因ッ……これ! 教室の黒板にデッカく書かれてる、これ!


〝祝!〟って、おまえ……〝祝!〟ってぇ! おまえぇ!!


 誰だこれ書いたの! 怨霊とは知らずとも、幽霊が出るって噂の廃教室だっただろ、ここ! 面食らったわ、霊なのに私!


 ……いやでも、まさか。まさか、と思いながら、私は目の前の男子生徒に問いかけた。


『ねえ。……まさか、まさかとは思うんだけど……この〝祝!〟って書いたの、アンタ?』


「! は、はいっ、心をこめて書かせて頂きました!」


『貴様ァ……!!』


「ひっ、ひええええっ!?」


 犯人は目の前にいた。このやろうだった。所々が朽ちたおどろおどろしい廃教室の黒板に、こんなゴキゲンな祝福をデッカく書いてくれやがった張本人だった。


 くそっ、こいつのせいで、私は成仏にかかわるような危険な言い間違いを! おのれ、許せな……はっ!


 この怨み、はらさで……お・く・べ・き・か~……!

 なんてちょっと、怨霊っぽくない? フフッ、巻き返せるか私~!?


「そ、それで、あの……祝ってほしいんですけど……」

『ちょおま』


 なんだこいつ、怨霊対策本部特別第一課の回し者か? いやそんなのあるなんて聞いたこともないけど、私という怨霊が存在すると実感している今、あってもおかしくないって思うっちゃうな。


 いやでも、だとすれば、私はめられている? こいつは私を成仏させるために、ここへ来たっていうの?


 くっ、ビビり散らして腰を抜かしているフリして、なんて策士ッ……でも私だって、やられっぱなしではいられない。

 怨霊としての恐ろしさ、見せつけてやるっ!


『貴様、舐めるなよ……その顔、覚えたからなァァァ……!』


「! あ、あ……ありがとうございまァす!」


『なんで喜んでるんだよ。そういう趣味かよ。変態かよ』


 なんか除霊とかって雰囲気じゃない気もするけど、これが演技なら大した役者だ。怖くなってきた。こちとら怨霊だっていうのに。


 なんかもう頭痛がしてきた。霊体なのに、頭痛とかあるんだな……と、こめかみを押さえて物思いに耽っていた私に、男子生徒は更に一言。


「あっそういえば俺、第一志望だった医大に合格したんです!」


『えっそうなの? 医大ってすご~っ、わぁ~おめで……ってウオオオ何を言わそうとしてんだテメェェェ! あ、あぶなっ、ちょ見てよコレ……コレぇ! 若干、成仏しかかってる! ただでさえ透けてる体、ちょっとホワァ~って消えかかっとる! 幽霊ってこんな風に成仏するんだな~って初めて知ったわ~ってやかましいわ!』


「え、そ、そんな……祝ってくれるって言ったのに、祝ってくれないんですか!?」


『逆に聞きますけど私みたいな怨霊にそんな祝ってほしいですぅ!?』


「はい!!!」


『なんでぇ……??』


 私の疑問の呟きは、心からのものだった。くわばら、くわばら……ってウオオまた成仏しかけた! あぶなっ、思ってるだけでも当たり判定!? 不便だな怨霊、弱点だらけだぞコレ!


 なんかもう、私の目の前にいる男子生徒のほうが、よっぽど怖い存在に思えてならない。

 だが、それでも……それでも、だ。私は怨霊として、負けてなどいられない。こんな良く分からない性癖のドツボみたいなやつに、負けてなんていられないのだ。


 だからこそ私は堂々と、おまえなんて祝ってやるつもりはない、と震える口で言ってやる!


『べ、べつにっ……アンタなんて、祝ってやるつもりないんだからねっ!!』


 ああ、なんか変なツンデレみたいになってしまった……もうダメだ……。

 瀬戸際はとっくに超えた、彼岸ひがん此岸しがんの狭間でぶちかましてしまった怪演かいえんに、我ながら絶望してしまう。


 こんなザマでは、こんなアグレッシブな性癖の持ち主を怖がらせるなんて、できっこない……そう思っていたのだけれど。


「そ、そんな……祝ってくれない、なんて……そんな……」

『……えっ』


 男子生徒は、なぜか絶望に打ちひしがれていた。

 大いに項垂うなだれる彼に、私はおずおずと尋ねる。


『あ、あのぉ~……そ、そんなに私に、祝ってほしいの?』


「……は、はい、だって……俺、そのために勉強とか、頑張ってきたから……」


『! ふぅ~ん……ふぅん、そぉ……そうなの……』


 これは良いことを聞いた――私が祝いさえしなければ、どうもこの男子生徒は、絶望してしまうらしい。

 ならば、祝ってなどやるものか。そんなことしたら成仏しちゃうし、そもそも私は怨霊なのだ、何かを祝福するような存在ではありえない。


 だからこそ、言ってやる。〝おまえを祝ってなんかやらない〟と、はっきりさせてやる。

 思い切り〝ざまあみろ!〟と言い放って、絶望させて――



『――――おめでと』



 ――自然と、私が発していたのは、そんなの言葉だった。

 あーあ、と思う。言ったそばから、幽体である私の体は、少しずつ消え始めていた。どうやらこれで、終わりらしい。


 きっと何か、未練があったはずで、だから怨霊になんてなったはずなのに。

 ……まさか、誰かをお祝いしたかった、だとか、そんなことが心残りだったなんて、思わないけれど。


 ただ、この見覚えもない男子生徒の顔を見ていると、なぜか言葉が勝手に出てきた。

 まあ私、生前のことなんて、何も覚えていないから。未練が何なのかなんて、分からないんだけどね。


 そう考えれば、長々とこの世に居座るより、良い機会だったのかもしれない。そういえば私が怨霊として現れる直前、彼は何か言っていた気がする。


 ああそうだ、おあつらえ向きに……今日は、の日だったらしい。


 私みたいな怨霊のお祝いでも嬉しかったのか、ちょっと引くほど号泣し、けれど嬉しそうに笑っている男子生徒の顔を見て。


 なぜだかとした気持ちになって――


 私は、成仏した。



 ~ The End ~

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