第2話 思いがけない告白を

「朱莉ってば!」


 体を揺すられ、ハッとなる。


 ボンヤリしていた意識が覚醒し、目のまえの少女の顔と、教室の喧騒が耳に入ってくる。


 それで、いまが放課後ということを思い出す。


「もう、話聞いてる?」


 髪を肩まで伸ばした穂乃果ほのかは呆れたように言った。



「ごめんごめん。ちょっとボーッとしてた」


「もう、ちゃんと聞いてよ。明里あかり朱莉」


「うるさい。フルネームで呼ぶな」


 我ながらふざけた名前だ。


 明里って苗字の子に、普通〝朱莉〟ってつけるだろうか。娘がかわいくないのか。



「またバイト?」


「まあね。母子家庭は辛いんだから」


「重っ。私が幼馴染じゃなかったら引いてるよその言葉」


「だよね。気をつける」


 夫婦共働きのこのご時世、ひとり親家庭のうちは当然貧乏で、お母さん一人の収入に頼るのはちょっと申し訳ない。


 いちおう、親子二人が暮らしていけるくらいの収入はあるみたいだけど、それは朝早くから夜遅くまで、週に六日も働いているからだ。だから私はバイトをして、その半分を家に入れている。


 勉強はそのあとになるわけだから、当然私の就寝時間は後ろ倒しになる。要するに、睡眠時間が足りていないのだ。



「じゃあ、今日もバイト?」


「うん。今日も付き合えそうにない。ほんとごめん」


 手を合わせて謝る。ここ最近バイトが忙しくて、ろくに穂乃果と遊べていなかった。


「べつに謝ってもらうことはないけど。私も部活あるし。でも、あんまり構ってくれないと、ほかの子に乗り換えちゃうぞ~」


「変な言いかたするな。勘違いされるでしょ」


「でもさ、バイトしすぎじゃない? そんなのキツイの?」


「正直それほどでもないんだけど……自分に使う分は自分で稼がなきゃだし」



 自分で言うのもなんだけど、オシャレには結構気を遣っている。


 私服もそうだけど、制服も自分ではかわいく着ているつもりだ。それに髪を染めてゆるくウェーブさせているから、美容院代もバカにならない。


「パトロンでもいれば楽なんだけどな~」


 って、そんなこと言っていられないんだった。今日はバイトのまえに日直もあるんだ。



「ごめん。私そろそろ行かなきゃ」


「大変だねー。たまには休めば? おばさんだってムリしないでって言ってるんでしょ?」


 口調は軽いけど、私を心配してくれているのが分かる。その心遣いがありがたかった。


「まあね。でも私がやりたくてやってることだから」


「真面目だなー。じゃ、私になにかできることがあったら言ってよ。なんなら今日の日直変わろうか?」


「いいよ。気持ちだけ受け取っとく」


「そう言うと思った。いつもそうだもん」


 今度は不満そうに唇を尖らせる穂乃果。


 人に私の都合を押しつけるというのは、どうしても引け目を感じてしまう。私の性には合っていないのだ。



「じゃあ、天上院てんじょういんさんにお願いしてみるとか」


「え、なんで?」


「だってあの人、よくそういうの引き受けてるじゃん」


「押しつけられてるだけでしょ……」


 天上院美月。


 彼女は私たちのクラスメイトで、大人しい性格の女子だ。


 長い黒髪が特徴的で、いつも教室の隅の席で本を読んでいる。一見目立たない生徒だが、見た目が美人なので結構目立つ。


 しかし、その大人しい性格がたたってか、よく面倒ごとを押しつけられている子だ。



「いいよ、べつに。どっちにしろムリだし」


「どうして?」


「その天上院といっしょに日直だから」


「あ、ほんとだ」


 妙に納得した様子の穂乃果の視線のさき、そこではすでに、天上院が日直の仕事を始めていた。


 私は穂乃果との会話を中断し、私は慌てて彼女に駆け寄る。



「ごめん、一人でやらせちゃって! すぐに私もやるから!」


「気にしないで。用事があるならさきに帰ったら? 私やっておくから」


「そういうわけにはいかないでしょ。二人でやったほうがはやく終わるしさ」


 ていうか、やるなら声かけてくれればいいのに。どうして一人で始めたんだろう。


 そんなことを考えつつも仕事を進め、穂乃果を含めたクラスメイトたちはみんな帰宅し、残るは日誌をつけるのみとなった。


 とはいえ、それは天上院がやっているから、手持無沙汰な私は乱れた机を整頓している。



「明里さん、あとは私がやっておくから帰ってもいいよ」


「いいってば。どうしてそんなに帰らせたがるの? ひょっとして私邪魔?」


 ていうか、天上院て私の名前知ってたんだ。


 いつも周囲に興味ないみたいな顔してるから、てっきり知らないものと思ってた。



「そういうわけじゃないけど、いつもみんな私に任せて帰っちゃうから。明里さんも友達と約束あるんじゃない?」


「平気。最近バイトが忙しくて、遊ぶどころじゃないから」


「うちの学校、バイト禁止じゃなかった」


「許可は貰ってるよ。うち母子家庭だから、特別にね」


 おっと、ちょっとしゃべりすぎたかな。


 疲れているから、だれかに話を聞いてほしかったのかも。


 なんだか空気が重くなったような気が。誤魔化さなきゃ。



「でも普通のバイトじゃあんまり稼げなくてさー。いっそパパ活でもしようかな、って思ってるんだよねー」


 もちろん冗談だけど。ただ思いついたことを口にしただけだ。


 ツッコミ待ちだったのだけど、いつまで経ってもなにも言ってこない。余計に変な空気にしてしまっただろうか、と思っていると、


「じゃあ、してみようよ、パパ活」


「へ? いやいや、冗談だよ。私そんなことしないから」


「私の彼女になってよ」


「……は?」



 わけが分からなかった。


 いつの間にか天上院は私の目のまえまで来ていて、その瞬間、私の視界は塞がれた。


 そして、唇になにかが押し付けられている。すこし暖かくて、やわらかな感触……


 キスされたのだと気づいた瞬間、私は天上院を突き飛ばしていた。


 数歩後ろに下がっただけでとくにバランスを崩すこともなく、彼女は平然としていた。



「な、なにを……」


 混乱から言葉が出てこない。


 そんな私のことなどお構いなしに、天上院は私になにかを差し出してくる。



 目が点になった。


 それは、十枚の一万円札。


 何度見ても、それが変わることはない。



「これあげるから、私の彼女になってよ」


 ……本当に、わけが分からなかった。

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