第6話:実は既婚者なオタクくん

 翌朝の朝食は、ご飯と味噌汁とめざし。

 シンプルなメニューだったけど、味噌汁は汁より具が多いくらいに具沢山で、オタクくんのお母さんがどれだけオタクくんの帰還を喜んでいるのかが伝わってきた。


「朝からみんなでこんなに贅沢なものを食べて、冬の蓄えがなくなったりしないのです?」


 荒廃した異世界の魔法少女ミリアは、不安に揺れる瞳でオタクくんを見るけど、オタクくんはめざしに夢中で聞いていない。


 不安そうなミリアに、オタクくんのお母さんはにっこりと笑ってみせた。


「なくならないからたくさん食べてね」


 そう言ってオタクくんのお母さんが指差したキッチンには、山積みのめざし。


「朝市で買い占めてきた。食べきれなかった分は持ってけ」


 オタクくんのお父さんはぶっきらぼうにそう言うと、すでに食べ終えた食器を持って席を立った。


「父さんと母さんはこれからお前を火葬して、葬式も済ませてくる。その間の留守番を頼みたいんだが……聞いてないな」

 

 お前を火葬、とかいう生涯二度と聞かないであろう言葉も無視して、オタクくんはめざしを齧っていた。

 ……どんだけめざし好きなんだこの馬鹿は。


「それじゃ、ちょっと行ってくるわね。食器は流しに置いておいてくれたらいいから」


「あっはい。オタクは俺たちで見ときますんで」


 結局、出かけていくオタクくんのご両親を送り出したのは阿部くんだった。


 私は、オタクくんにはバチが当たるべきだと思った。

 オタクくんのお父さんとお母さんは死んだ息子が帰ってきた嬉しさで大抵のことは許せるんだろうけど、さすがに失礼というか親不孝が過ぎる。



 朝食後、私はオタクくんを散歩に誘った。

 いつまでこの世界にいるのかわからないオタクくんとの関係を、自覚してしまった気持ちを、清算するために。


「……懐かしいな、この道」


 歩き回って30分くらいで、オタクくんはしみじみとそう言った。


「でしょ?」


 笑って見せながら、内心私はほっとしてた。

 もし、オタクくんがこの道を忘れていたら、と思うと、少しだけ怖かったんだ。


「このへんだったっけ」


 私は、一つの防波堤の前で足を止めた。


「このへんだったかなあ……」


 真似するように言いながら、オタクくんは曖昧に微笑む。


「俺が春日井に振られたの」


 曖昧な笑顔とは裏腹に、オタクくんは私の意図を間違いなく理解していた。


「うん。少なくともおととい、まだ生きてるオタクくんは、私にとって恋愛対象にはならない人だった」


 分かってくれているなら遠慮はいらない。

 私は、言い残すことが、思い残すことがないように、全て吐き出す。


「好きなもののことになると気持ち悪いくらい早口になるし、空気読めないことばっかりするし……眺めてて楽しい珍獣ではあったけど、好きになれる人じゃなかった」


 でも……と、私は続ける。


「オタクくんはその珍獣ムーブで、命を捨ててまで、私を守ってくれた。告白をOKしたならまだ、できたばかりの恋人だからわかるけど、オタクくんを振った私を、それでも、女の子にドロップキックしてみたかったとかいう意味不明な動機で、助けてくれた」


 オタクくんは戸惑うように私を見ている。

 私はそんなオタクくんに半歩近づき、下からその顔を覗き込む。


「昨日の夜、もう会えないと思ったオタクくんともう一度話せたとき、ね」


 半歩下がろうとするオタクくんの手を握る。


「オタクくんのこと、好きに、なっちゃった」


 オタクくんは、困ったように苦笑して、私の手を振り払った。


「そいつは嬉しいけど、2日で変わる答えってのは、ちょっと信用できないかもなあ」


 当然と言えば当然の答えだった。

 振った二日後にすり寄ってくる女、なんて、普通ならなんかもう明らかに裏があるとしか思えないタイプだ。


 それでも、やっぱり私は振られたんだという実感が、胸につかえる。


「まあ、そうだよね」


 軽く笑ったつもりだったけど、うまくできているだろうか。

 そんな不安は、5秒で消し飛んだ。


「あと、今の俺は既婚者だし。浮気ダメゼッタイ」

「ファッ!?」


 既婚者? オタクくんが既婚者?

 異世界で散々無自覚に女たらしなことしてたらしいとは聞いてたけど、誰かの気持ちを受け入れたってこと!?


 そしてオタクくんは、人生に一片の悔いはないと宣言する某拳王のような、拳を空に突き上げたポーズで宣言する。


「ミリアたんは俺の嫁!」

「そのセリフがマジで嫁なパターン初めて見たんだけど!?」


 相変わらず空気読めない、すがすがしいほどの珍獣っぷり。

 それを見ていると、振られたことすらどうでもよくなってきた。


 ……こうやって、異世界で50人近い女の子をたらし込んだんだな、オタクくんは。



 それから、私達はあの日と同じ道を歩き、オタクくんが死んだ事故現場に向かい、道端に手向けられた花に目を止めた。


「ここだね、オタクくんが死んだ場所」


 最後の思い出を語り合おうとして振り返った私は、そこで、オタクくんがしゃがみ込んで地面を調べていることに気が付いた。


「何だこれ……風化具合からすると……俺が死んだ直後か? あのババア……!」


 オタクくんは何かを確信した様子で立ち上がった。


「何かあったの?」


 私に訊ねられて初めて、オタクくんは私と一緒にいたことを思い出したように頷いた。


「ああ。異世界で倒したはずの怨敵が、ここに何か細工しようとした形跡がある。俺が10年後じゃなくこの時代に引き込まれたのは、奴がいるからってことみたいだ」


 舌打ちするオタクくんに、誰かが拍手を送る。


「御名答。さすがは私を倒した男ね」


 横の路地から、一人の女性が手を叩きながら姿を現す。

 魔女帽子をかぶった露出狂、もしくは、露出度の高いボンテージを身にまとった魔女、そんな見た目の、妖艶な女性。


「てめえ! 魔女ヴァルプルギス!」


 オタクくんは即座に身構えた。

 怨敵、というのは、魔女ヴァルプルギスというらしいあの女性のことみたい。


「そう威嚇しなくても、何もしないわ」


 艶やかに微笑む魔女ヴァルプルギス。


「信用できるかヴォケ! 喰らえ男女平等キック!」


 その顔面に、オタクくんのドロップキックが突き刺さった。

 ……いくら何でもやりすぎな気がする。


「ちょっと! 何もしないって言ってるじゃない! 暴力反対!」


 思いっきり蹴られたのに、魔女ヴァルプルギスの顔は無傷だった。

 どうやら、普通の人間とは強度が全然違うみたい。

 人の形をしたバケモノとかそういう存在なのかもしれない。


「異世界をガッタガタに荒廃させた元凶が言っても説得力絶無だボケが! この世界で何をやらかす気だクソババア!」


 聞く耳を持たないオタクくんに、魔女ヴァルプルギスは諦めたようにため息をついた。


「二日前の、あなたがここで死ぬ運命を覆せれば、と、思ったのだけど。時間の修正力が強すぎて無理だったわ」


 その言葉に、私の頭に一つの単語が浮かぶ


「親殺しのパラドックス……」


 何かの原因を消し去るために過去を変えようとすることはできない。

 過去を変えようとする行動の原因がなくなれば、過去を変えようとすること自体ができなくなるから。

 大雑把に言えば、そんな矛盾の話。

 時間移動が現実のものにならない限り、考える必要もないはずのそれ。


 でも、現に時間移動をしているオタクくんが目の前にいる以上、それはもう、絵空事ではなかった。


「あら、聡明なお嬢さんね。その通りよ。ご褒美に魔法少女にしてあげましょうか?」


 慇懃無礼、という言葉が脳裏をよぎる微笑みで私を見る魔女ヴァルプルギスの左腕が、何の前触れもなく爆散した。


「春日井に手を出してみろ、テメエをネギトロめいた肉塊に変えてやる」


 それは、一瞬で魔女ヴァルプルギスの隣に移動していたオタクくんの仕業だった。

 オタクくんは、心底、怒っている。

 私のために怒っている。


 振られた直後なのに、私は、妙にそれが嬉しかった。


「あらあら。気が多いこと。でも大丈夫よ。あの子の悪意は、実りが薄い。悪意を主食にする私の好みではないわ」


 そう言って、一瞬で左腕を修復した魔女ヴァルプルギス……人の形をしたバケモノは、陽炎のように消えていった。


「現代ダンジョン、だったかしら。面白い娯楽書を見つけたから、それを再現して遊ぶだけよ。際限のない欲望が生む悪意ほどおいしいものはないもの」


 去り際に、とんでもない犯行予告を残して。

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2026年1月11日 07:00
2026年1月12日 07:00
2026年1月13日 07:00

【男女平等キック】私を助けて死んだオタクくんが葬式の最中に魔法少女連れて異世界から帰ってきた件【あと現代ダンジョン】 七篠透 @7shino10ru

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