第4話:なんだか一途なオタクくん

 帰り道、異世界から帰ってきたオタクくんの話が落ち着いてくると、自然と話の重心は移っていく。

 なにしろ、とびっきり美少女な魔法少女が二人も、オタクくんを追いかけて異世界からこっちの世界に来ているのだ。

 男子は鼻の下を伸ばすし、女子はコイバナの気配を感じ取る。


「ミリアちゃんは、オタクのこと好きなの?」


 遠慮なくぶっこんでいくスタイルの阿部くんにはちょっと、尊敬すら覚える。


「はい! できることなら亜空間に監禁して二人きりの永遠を過ごしたいのです!」


 元気に答える黒髪の魔法少女ミリア。

 ぱっと見の印象は元気で明るくて可愛いのに言ってることが闇属性すぎて落差で風邪ひきそう。


「ははは、愛情がすげえや。アリアちゃんは?」


 ちょっとひきつった笑顔で、阿部くんが銀髪の魔法少女アリアに水を向けると、アリアはすっと目を逸らした。


「ぼ、ボクは別に……」


 あ、これ典型的なツンデレだ。

 私にも一発でわかるその反応に、しかしオタクくんは呆れたようにあくびをするだけ。


「好きでもない相手にキスを迫るのはやめとけー。尻軽女だと思われるぞ」

「この唐変木!」


 直後、銀髪の魔法少女アリアのマジカルステッキがオタクくんの脳天を直撃した。


「今のはオタクくんが悪い」

「だな」


「ひどない? 俺、暴力振るわれてる側ぞ?」


 私と伊達くんの追撃にオタクくんは涙目で抗議するが、誰もオタクくんの味方はしない。

 今のは誰がどう見てもオタクくんに非があるからだ。


「クロウ、ルーベンブルグ公国は一夫多妻制なのです」


 満面の笑顔で言う魔法少女ミリアに、多分他意はない。

 さっきの監禁うんぬんを聞いてもそう思えるくらいには、ミリアの声は明るかった。


「やだよあの国税金高いもん」


 オタクくんの答えはなんとも現実的だった。

 税金を払ったことがない高校生男子なら、絶対に一夫多妻の方を喜ぶのに、オタクくんは税金を嫌がった。


「そこは甲斐性の見せどころじゃないのかい?」

「甲斐性? ねぇよんなもん」


 銀髪の魔法少女アリアへの対応も、けんもほろろ。


 オタクくんは、死んでからの数日、本人にとっては10年の時間の中で、すっかり大人になってしまっている。

 10年異世界で生きて、税金でも、それ以外でも、相当苦労したんだろうなぁ。


 その割に、オタクくんの外見はあまり変わってなかった。

 ほんのちょっと、記憶の中より背が伸びてるな、くらいの変化しかない。


「オタクくん、10年経ってるって割に見た目変わってなくない?」


 私が尋ねると、オタクくんは苦笑した。


「不老のスキル取ってて、俺もミリアもアリアも年齢は18歳で止まってるんだ。職業に年齢制限があってさ。代わりに、子供が作れなくなっちゃうんだけど……」


 ……なんか異世界の闇事情が見え隠れする答えだった。

 まあ、不老不死の人が無限に子供を作ってその子供の何割かがまた不老不死になるとかいう地獄絵図にならないという意味では、まっとうな世界法則なのかもしれない。


「魔法少女は、19歳で強制転職なのさ。その時点で、魔法少女として習得したスキルは全部使えなくなる」


 具体的な数字や不都合は銀髪の魔法少女アリアが補足してくれる。

 それもまあ、わからんでもない。

 45歳の魔法少女とか、うわキツにも程があるわけで。


 でもスキル剥奪は普通にキツい。

 ゲームでもキツいんだからリアル異世界生活してたらもっとキツいに決まってる。


「じゃあ、オタクくんの職業も?」


 訊ねると、オタクくんは笑って首を横に振った。


「んや。俺は、ミリアと同じ時間を生きたかったからってだけ」


 なんかものすごく愛情深い理由だった。


 それをさらっと言うあたりは、オタクくんらしい。


 ちょっとだけ、胸の奥がちくりと痛む。

 ……なんでだろ。


「……オタク、ちょっといいか」


 伊達くんが、オタクくんに手招きする。


「おん?」


 そして何か、ヒソヒソとひと言ふた言耳打ちし……。


「んなわけねーだろ。俺、死ぬ2時間前に春日井に振られてるし」


 けらけらと笑うオタクくんの答えに、伊達くんが何を言ったのかを大体察した。


 それが当たってるのかは、わからない。


 馬鹿で空気読めなくて痛々しいオタクくんが恋愛対象とかマジありえないと思ってたけど。

 命がけで守られて死別して、ありえない再会をして感情がぐちゃぐちゃになって。

 そして、その間に別の女の子と仲良くなってることが妙に気に食わない。


 死なれたから始まった恋だと言われれば、そんな気も、する。


 でも、もしそうなら私は、一度振った男の子を好きになって、しかも告白する前に振られたってことになる。


 なんか、惨めな気分だ。


 オタクくんの家に着いたら、ゲームでボッコボコにしてやるんだから。



 ……ゲームは、私たちのボロ負けだった。


 オタクくんは勘が鈍ってると言いながら、ほぼ確実に読み合いに勝つようになってて、対戦らしい対戦が成立しなかった。


「前触れもなく音速で殴ってくるようなバケモノに慣れすぎた……! 動体視力が憎い!」


 コントローラーを放り出して嘆き悲しむオタクくんの姿に、私たちはオタクくんがどんな地獄を生き延びてきたのかを思い知らされた。

 生き延びるための反応速度と引き換えに、オタクくんはもう二度とゲームを楽しめない身体になっている。

 そのことが、よほどショックだったらしい。


「……なんか動きがカクカクしててスローモーなのです。動き方も全く同じですし……」

「攻撃が全部スキル頼りな駆け出し冒険者みたいで見切るのが簡単過ぎるな……これ、本当に楽しいのかい?」


 ゲームというものを初めて見る、オタクくんと同じくらい強いらしい魔法少女2人の感想も、冷ややかなもの。


「楽しいんだ……楽しかったんだ……」


 オタクくんは、心底悲しそうに泣いていた。

 さっきまでのお通夜で色んな人がそうだったように、声を押し殺して泣いていた。


 オタクくんにとって、ゲームというのはそれくらい大切なものだったんだろう。

 まさか泣くほどとは思ってなかったけど。


「つーかさ、前触れもなく音速で殴ってくるバケモノってなに? 異世界が修羅環境過ぎてビビるんだけど」


「向こうの世界の高レベル格闘家全般。ちなみに旅してると月に一度は山賊としてエンカウントする」


 伊達くんが話を変え、オタクくんは半泣きでそれに応える。


「うへぇ…それ絶対死ぬやつじゃん。オタクよく生きてたな」


 阿部くんが顔をしかめると、オタクくんはゲーム機を前に困惑している黒髪の魔法少女ミリアに目を向けた。


「ミリアがいてくれたからな」


 その気負いも衒いもない、しみじみと感謝をかみしめるような口調は、オタクくんが魔法少女ミリアと積み重ねてきた時間の重さを感じさせた。

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