第3話:ハズレスキルでチートなオタクくん

  自分の葬式の最中に異世界から魔法少女を連れて帰ってきたオタクくんは、ひとしきり笑った後、遺影の自分と棺桶の自分を見て、頭を抱えた。


「しかしまいったな……葬式やってるってことは死亡届も出てるだろうし……よりによってその最中に飛び込んだとなると、騒ぎになるのは確実か……」


 軽い調子で言ってるけど、極めて深刻な問題だ。

 オタクくんは死んでるし、遺体もそこにある。

 経緯はどうあれ、復活しました、なんて、この世界で一番売れた本に書かれてる世界で一番広まってる宗教に真っ向から中指立てて殴りかかってるような状況なのは間違いない。


 なんなら、斎場の入り口では現在進行形で、突入してきた警官を相手に「いやあれ息子の幽霊なんで。幽霊が出てみんなパニックになっただけなんで。息子の両脇にいるのは息子を迎えに来た天使なんで。いやマジで」なんて、オタクくんのお父さんが支離滅裂で意味不明な説得を頑張っているというカオスな光景が繰り広げられている。


「……いいこと思いついた。白いハンカチとかない?」


 ろくでもないことを思いついた時の笑顔でそう言って、私を降ろしたオタクくんは周囲のクラスメイトを見渡した。


「あるぜ」

「サンキュ」


 阿部くんが差し出した白いハンカチを受け取り、オタクくんはそれを三角に折ってからくるくると巻く。

 少しだけ三角の先端が飛び出した紐状になったハンカチを、オタクくんはハチマキのように頭に結んだ。


「これなら幽霊で通るだろ」

「アホか!」


 阿部くんが、どこからともなく取り出したハリセンでオタクくんの頭をしばいた。


「そんな血色良くて足もある幽霊いてたまるかボケ!」


 空手部の伊達くんがオタクくんの脛にローキックを叩き込む。


「痛い痛い。やめろって」


 笑いながら、オタクくんは軽く伊達くんの肩を押す。

 それだけで、オタクくんよりふた周り大きい伊達くんがたたらを踏んだ。


「え、オタクめっちゃ力強くなってね?」


 阿部くんが、目を輝かせた。


「異世界のチートってやつ? どんなのもらったんだよ!」


 突き飛ばされた伊達くんもウッキウキでオタクくんに詰め寄る。

 直後、オタクくんが生き生きと目を見開いた。


「その話したくてしょうがなかったんだよ! 聞いてくれ! クソみてーなハズレスキルだったんだ。人助けして感謝されるとスキルポイントが貰えるってやつでさ……」


 オタクくんは大仰な身振りで自分のスキルがゴミだと熱弁しはじめた。


 でも、私含めたクラスメイトの反応は、死んだ魚のような目で話を聞き流すだけ。

 後味悪いのが嫌だとかいう自分の気持ちだけで無限に人助けできるオタクくんにはうってつけのスキルだとしか思えない。


「ないよりましなのです!」

「そのスキルで累計いくらのスキルポイントを得たか数えてみるがいい!」


 案の定、魔法少女二人のマジカルステッキがオタクくんの後頭部に突き刺さる。

 それでも、オタクくんはくじけない。


「クソ難しいうえに報酬もカスな冒険者ギルドのクエストこなして、依頼主からもありがとうございますーとか言われてるのに1ポイントとかでさ……。渋すぎるんだよマジで」


 なるほど、それは確かに納得できないかもしれない。

 異世界の人は仕事だったら人助けだと思わない、みたいなひどい民族性だったりするのだろうか。

 などと、想像を膨らませた直後。


「そのくせよくわからんタイミングで身に覚えのない謎のポイントが大量に振り込まれるホラー効果付き。ひどくね?」


 オタクくんの言葉に、私達はがくっと脱力した。


 要するに、オタクくんは自分がした人助けを認識していないだけ。

 身に覚えのない大量のポイントって、つまりそういうことだ。


 どうせ、後味悪いとか、やってみたかったシチュエーションとか、そんな自分勝手な理由でやったことに、救われた人がたくさんいるんだろう。

 この馬鹿は、異世界でも、面白全部で、あちこちの誰かを救ってきたんだ。


「そりゃひどいな。うん。今夜は俺達とスマ〇ラでもやって気分転換しようぜ」


 阿部くんが雑に同意して、雑に話題を変えた。

 これ以上不毛な話を続けさせないためにはちょうどいい方法だったのかもしれない。


「お、いいな。ゲームなんて10年ぶりだ」


 そしてオタクくんは、楽しそうに阿部くんの提案に乗った。


「ゲームってなんなのです?」


 黒髪の魔法少女ミリアが興味深そうにオタクくんの袖を引く。


「超楽しい娯楽。アリアとミリアもやろうぜ!」


 オタクくんはきらっきらの笑顔で二人の魔法少女の肩を抱く。

 というか、男子同士ではしゃぐときのようなテンションで肩を組む。


「はわわ……」

「急に肩を抱くな! ときめくだろ!」


 魔法少女たちは顔を真っ赤にしてるけど、オタクくんは気づいている様子がない。

 どうやら、朴念仁なのは異世界に行っても変わっていないようだ。


 もう、オタクくんが肩を組む相手は私じゃないんだな、なんて、ちょっと寂しくもなったけど。


「私も行くー!」


 今は、楽しむ時だ。

 私もオタクくんに後ろから飛び掛かり、首に抱き着いた。


「10年のブランクがあるなら俺でも勝てるんじゃね?」


 あまりゲームが上手じゃなかった伊達くんも、今日くらいは参加するみたい。


「伊達、汚えぞテメエ!」


 楽しそうにはしゃぐ私たちのもとに、オタクくんのお父さんがそっと歩み寄ってきた。


「それなら、うちにおいで。もう一度、九郎が友達と遊んでいる姿を目に焼き付けておきたい」


 その嬉しそうな、でもどこか寂しそうな声に、『目に焼き付ける』という言葉に、私は実感した。

 オタクくんはもう、この世界の人じゃない。

 オタクくんの帰る場所は、この世界じゃないんだ。


「あー、ごめん、父さん。自分の葬式だと思ってなかったから泡食っちまったけど……その、ただいま」


 それでも、オタクくんは、オタクくんのお父さんにただいまと言った。

 幽霊ごっこじみた三角布を額につけたまま。


「おかえり。それと……」


 穏やかな声でオタクくんのお父さんはオタクくんの頭を撫で、そして。


「親より先に死ぬやつがあるかこの親不孝者!」


 凄まじい勢いのげんこつをオタクくんの脳天に叩き込んだ。

 首に抱き着いてた私の視界にも星が飛ぶくらいの凄まじいげんこつだった。


「先に帰って友達と遊んできなさい。父さんと母さんはコンビニを回って、お菓子とジュースを買って帰るから」


 そのまま送り出された私達は、オタクくんの家に向かって、夜の道を歩き出した。


「ねぇ、オタクくん」


 歩きながら、私はオタクくんに訊ねる。


「オタクくんは、いつまでこっちの世界にいられるの?」


 オタクくんは笑ったまま、困ったように頬をかいた。


「どうだろうな。わかんね」


 オタクくんは答えてくれなかったけど、それは、すぐには異世界に帰らない、という意味でもあった。

 今は、それで良しとしよう。

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