結婚式の記憶

 私が結婚する頃には、とうにホテルや結婚式場でするのが一般的になって、華やかな演出などもよく話題になったりしましたけれど、自宅でしていた頃の記憶が少しだけ残っています。


 自宅での結婚式の日には、子どもは外で遊んでいろと追い出されるのが普通でしたけれど、時に頼まれて参加する場合がありました。

 それは「雄蝶雌蝶おちょうめちょう」と言われる役で、男の子と女の子二人で三三九度のお酒を注ぐ係でした。


 私が幼なじみの男の子と頼まれた一度目の時は、七五三の晴れ着を着たので、おそらく小学校1年生か2年生くらいのことだと思います。ご近所の結婚式でした。


 前後のことは忘れてしまいましたが、当家の会場へ連れて行かれた時のことは印象的で、今もはっきり思い出せます。


 農家の家は襖や障子を取り外してしまうと一つの大きな部屋になります。そこに座布団を並べて数十人ほどの正装の人たちがずらりと並んでいました。よく昔のドラマや時代劇の婚礼シーンに出て来るのを想像していただければ近いと思います。


 一番奥まったところ、床の間の前には新郎新婦と仲人夫婦が座っています。

 雌蝶雄蝶の私たちは二人でお酒が入ったやかんのような容器(銚子ちょうし)を持ち、重ねた杯を置いた三宝を持った世話人の人に連れられて、参列者ひとりひとりにお酒を注いでまわりました。


 三回で丁度良い量のお酒を杯に注ぐのは意外に難しいのです。リハーサルなしでぶっつけ本番でしたから、こぼさないように、たくさん注ぎすぎなように、子どもながらに緊張しました。


 最後に仲人さんふたりと、主役の新郎新婦です。無事に役目を終えた時はほっとしました。その後は親に連れられて帰ったので、宴会のようすはわかりません。


 小学校6年生の頃にも、今度は私の叔父(父の一番下の弟)の結婚式に、幼なじみの男の子と雄蝶雌蝶をしました。

 その時、私はワンピースでしたけれど、幼なじみは中学校で着る学生服でしたから進学する直前だったのだろうと思います。


 その時は自宅ではなくて、近くの寿司屋さんの宴会場でした。手順は最初の時と同じでしたが、当時のことは実はあまりよく覚えていません。ただ、印象的だったのが、新郎新婦の前に飾ってあったものでした。


 確かお盆の上に大きなこいが向き合わせで置かれていて、パクパク口を開けて動いていたように覚えています。

 子ども心には気味が悪かったのですが、後で知ったところによると「鯉の腹合わせ」という結婚式の縁起ものだったようです。

 大きな川や湖が近くにある地域なのでたいじゃなくて淡水魚だったのかもしれませんね。


 鯛と言えば、当時の引き出物には「折り詰め」が普通でした。近年は衛生上の理由もあって弱りやすい折り詰めは無くなっているかと思いますけれど、お祝いの膳には持ち帰り用の折り詰めと赤飯が定番でした。


 折り詰めは塩焼きした鯛が尾頭おかしら付きでまるごと一匹入り、松竹梅の形の蒲鉾かまぼこなどの練り物や羊羹ようかん金団きんとんなどが詰められていました。確か鶴と亀をかたどった餅菓子もあったかと思います。


 やがて塩焼きの鯛は、(おそらく経済上の理由で)蒲鉾の鯛に変わり、さらに鯛の形の塩竃しおがまのお菓子や鯛形の容器に入った砂糖などに変化して行きました。


時代によってお祝いの形も習慣も変わりますが、子どもの成長を喜ぶ気持ち、新しい夫婦の門出を祝う気持ちは変わりませんね。

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雄蝶雌蝶(おちょうめちょう) 仲津麻子 @kukiha

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