雄蝶雌蝶(おちょうめちょう)

仲津麻子

七五三の記憶

 七五三や結婚式など人生のお祝いごと、今は式場を使うのが普通だと思いますが、昭和の中頃まではまだ自宅ですることが多くありました。


 私の故郷は農村地帯なので、冠婚葬祭の時に協力しあう「つぼ」といわれるおつき合いの単位がありました。


 遠い私の七五三の記憶ですが、確か三日間続きました。

 前日に各家から夫婦二人ずつが集まって餅つきをします。翌日の式で振る舞う餅の他に、鏡餅くらいの大きな紅白の餅をたくさんついて、それをご近所や近隣のおつき合いのある各家に配るのです。


 当時は自転車やバイクはありましたが、まだ自動車は少なかったと思います。餅はリヤカーに乗せて男の人たちが牽いて各家に配ったと記憶しています。


 式当日は、晴れ着を着せてもらった当人は、写真屋さんで記念写真を撮ったり、神社へお参りに行ったり、あちこち連れ回されますが、自宅では仕出しに加えて坪の女性たちが料理を作ってくれて、招いたお客様と坪のご夫婦がそろって座敷に並んでお祝いの宴会です。確か近所の子どもたちも招かれてお汁粉が振る舞われました。


 そして、その翌日は片づけです。やはり坪の人が来て手伝ってくれるのです。

 お勤めしていたらとても三日間も協力できないと思いますが、当時はまだ専業農家の家がほとんどだったのでできたことかと思います。


 当時は各家で大がかりな人寄せがありましたから、どの家にも大きな鍋釜や数十人分の食器が物置に仕舞われていたものです。


 ただし、七五三を大々的にするのは長男、長女だけのことでした。次男次女以降はお宮参りして家族でお祝いくらいで簡単に済ませることが多かったと思います。


 妹が小学校高学年くらいになった頃のこと。私には記念写真が残っているのに、妹にはなかったため、『私にはない』と嘆いたことがあって、親があわててお正月に晴れ着を用意して写真を撮ったことを思い出しました。

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