第五話 帰れない場所
若穂へ続く道は、途中で塞がれていた。
赤色灯が回り、簡易的なバリケードが置かれている。
警察車両と、見慣れない車両。
制服の色が違う人間が混じっていた。
「……入れないな。」
祐一が、低く言った。
雄和は返事をしなかった。
返す言葉が、見つからなかった。
遠くに見えるはずの町並みは、もうなかった。
代わりに、灰色の地面と、歪んだ影。
あの花の根元は、ここからでも見えた。
夜空に突き刺さるように立ち上がる、赤黒い影。
「戻ろう。」
祐一が言った。
「今日は無理だ。」
「……ああ。」
それでも、雄和の足は動かなかった。
⸻
翌朝、ニュースは若穂の話題で埋め尽くされていた。
原因不明の巨大植物
住民の安否不明
立ち入り禁止区域に指定
言葉だけが、画面の上を流れていく。
映像は、遠景ばかりだった。
雄和は、母に電話をかけた。
繋がらない。
父にも、かけた。
同じだった。
携帯を置いたあと、しばらく動けなかった。
「……大丈夫だ。」
誰に向けた言葉なのか、自分でもわからなかった。
⸻
昼過ぎ、雄和は自転車に乗った。
躊躇いは、いくらでもあった。
だが、行かない理由は、一つもなかった。
規制線を越えることはできなかった。
だが、遠回りなら、道は残っている。
地元慣れしていなければその場所までは、気が回らないだろうと思った。
若穂に近づくにつれ、空気の質が変わった。
音が、ない。
風の音も、虫の声も。
地面は灰色に変わり、タイヤが踏み締めるたびに、わずかに沈む。
崩れやすい。
長居してはいけないと、本能が告げていた。
⸻
実家があった場所に着いたとき、雄和は立ち尽くした。
そこに、家はなかった。
柱は折れ、屋根は崩れ、庭だった場所は黒く変色している。
見覚えのある形だけが、かろうじて残っていた。
「……。」
声が、出なかった。
焼け焦げた匂い。
だが、火事のそれとは違う。
炭のようで、土のようで、どこか甘い。
足元で、何かが崩れた。
灰だ。
触れた瞬間、形を失う。
「……母さん。」
名前を呼んだ。
返事は、なかった。
瓦礫の下に、何かが見えた。
エプロンの端。
黒く変色した、腕。
雄和は、近づこうとして、膝をついた。
力が、入らなかった。
「……やめろ。」
自分に向けた言葉だった。
だが、視線は逸らせなかった。
鉄片の下敷きになった、遺体。
顔は、判別できない。
それでも、分かってしまう。
形。
服。
そこにあるはずのもの。
「……母さん。」
呼びかける声が、震えた。
次の瞬間、何かが崩れ落ちた。
送電塔の残骸。
音もなく、重く。
雄和は、後ずさった。
逃げることしか、できなかった。
⸻
夕方、電話が来た。
祐一だった。
声が、いつもより低い。
「……雄和。」
それだけで、嫌な予感がした。彼もあの時、心配を隠しきれず、一人でに現場を見に行ったのだろう。
「俺も、見てきたよ。」
「……そうか。」
「でもな。」
間が、空いた。
「じいちゃん、だめだった。」
それ以上、言葉は続かなかった。
俺もだ。という言葉が喉で詰まった。
雄和は、何も言えなかった。
⸻
夜。
部屋に戻ると、花は静かに佇んでいた。
何も変わらないように見える。
だが、雄和には分かった。
大きくなっている。
確実に。
「……お前が。」
声は、怒りでも、悲しみでもなかった。
ただ、空虚だった。
花弁が、わずかに揺れた。
応えたようにも、否定したようにも見えた。
雄和は、花から目を離さなかった。
もう、戻れる場所はない。
それだけは、はっきりしていた。
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悲願の花弁――それは、世界が壊れる前に拾われた花。 SeptArc @SeptArc
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