後編

 善知ぜんちは、和尚おしょうさまにあまやかされているだけあって、ずいぶんとわがままなネコでした。三日月みかづきがくろうしてネズミをとってくると、「うげっ」と顔をしかめたのです。


「オイラはネズミがきらいなんだ。すがたもみたくない。これは、いらない」


 それなら、と三日月は、トカゲやミミズをとってきました。でも、善知は、「これも、みためがむり!」とうけつけません。


 いったいなにがきにいるのかしらん、となやんだあげく、ミンミンとうるさくなきはじめていたセミをお寺にもっていきました。すると、善知はようやくこれを食べ、「うん。このパリパリとしたしょっかんは、とてもきにいった。これがもっと食べたい」といいました。というわけで、三日月は、夏のあいだ、セミをおいかけまわすことになりました。


 三日月は、じぶんがとってきたセミを、はじめてできた友だちがよろこんで食べてくれるのをうれしがりました。むちゅうで善知のためのセミをさがし、じぶんの食事のことはわすれてしまうのでした。そのため、三日月は、ちょっとずつやせていきました。


 善知は、セミをもらっても、とくにお礼はいいません。いつも、三日月のことをバカあつかいします。でも、セミがなかなかつかまらず、三日月がくるのがおくれた日などは、あの夏椿なつつばきの木のうえに、おもい体をなんぎそうにうごかしてのぼり、三日月のすがたがみえるのを心ぼそげにまつこともあるのでした。そして、三日月があらわれると、「やい、今日はおそかったじゃないか」と、すこしはしゃいだ声でいうのでした。


 夏がおわりにさしかかり、そろそろセミがいなくなるころになると、三日月は「セミのかわりに、善知になにをもっていこう」とかんがえるようになりました。


 でも、そんな日々は、秋のおとずれとともに、とつぜんおわったのです。お寺が、火事になったのでした。まつっていた仏像ぶつぞうはぶじでしたが、おどうが半分ほどやけてしまいました。


「きっと、あのでぶネコが、ろうそくをたおしたんだ。そうにちがいない」


 そうおもいこんだ和尚さまは、あれだけ善知をかわいがっていたのに、怒りにわれをわすれて、善知をお寺からおいだしました。善知は、すてネコになったのです。


「オイラは、なにもしていない。なんで、こんなしうちをうけなきゃいけないんだ」


 しんじていたいぬしにうらぎられ、善知はショックをうけました。


 オイラはどうせ運動がにがてだ、えものをかることなんてできない、このままなにも食わずに死んでやる――やけになった善知は、そうかんがえました。お寺からすこしはなれた、小高い丘にあるカエデの大木の下にすわりこんで、まんじりともうごかなくなったのです。


 心配したのは三日月です。「キミはかしこいネコなんだ。じぶんから死ぬなんて、バカなことをやっちゃいけないよ」と、善知をせっとくしました。けれど、がんこな善知は、えものをかろうとしません。


「しかたがない。いままでどおり、ボクがごはんをさがしてきてあげる。もう好ききらいしちゃいけないよ」


 三日月は、バッタやコオロギをとってきては、丘をかけあがって善知にとどけました。


 さいしょは、いくらもっていっても、手をつけようとしませんでしたが、善知はもともと食いしんぼうなネコだったので、せつないほどお腹がすいていて、目の前にごはんがあったら、死んでやろうという決心もゆらぎだしたようでした。ムスッとした顔をしながらも、ごはんを食べるようになりました。


 虫などのえものがすがたをみせなくなる冬になると、三日月は、鳥をおいかけたり、モグラの巣穴をさがしたり、がんばりました。でも、善知に食べさせるぶんしかえものがとれず、じぶんは食べなかったので、三日月はますますやせていきました。


「もういいよ、三日月。オイラみたいなウソつきは、たすけてもらうかちがない。ほんとうのことをいうと、オイラは、ネコが人間に生まれかわるほうほうなんてしらないんだ」


 春がすぐそこまできた、ある日のこと。げっそりとやせ、ふらふらの足どりの三日月をみかねて、善知はとうとうこくはくしました。


「オイラは、ノラだったころから……飼いネコになったあとも……ずっとずっと友だちがいなくてさ。だから、オイラのところに毎日あそびにきてくれる友だちがほしくて、あんなウソをついたんだ。あんたは、オイラにだまされていたんだよ。だから、オイラをみすててくれ。じぶんのえものだけとってくれ」


 そのこくはくをきいても、三日月は怒るふうもなく、ほほえんでいました。


「ボクは、キミに生きてほしいから、ここにくることをやめないよ。たとえだまされていたのだとしても、キミのことばは、ボクの心をなぐさめてくれたんだもの。お母さんは、もしかしたら生まれかわっていて、どこかで幸せにくらしているかもしれないって」


「そのはなしは、もうよせよ。人間なんて、ちっともりっぱじゃない。生まれかわりのはなしも、きっと和尚のデタラメにちがいないんだ。だって、和尚は、オイラにぬれぎぬをきせて、寺からほうりだしたんだもの。人間は、怒りんぼうで、わがままで、ぜんぜんやさしくない。ただしい生き物じゃなかったんだ」


「そうだねぇ。でも、それって、ボクたちネコといっしょということだよね。ネコも、なわばりあらそいをしたり、よわいネコをいじめたりするもの。人間もネコも同じなら、ボクは人間のきもちが理解できるようなきがするよ。たぶん、和尚さまは、つまらないやつあたりをキミにしたことを、いつか後悔こうかいするはずだ。そして、キミをさがすはずだよ。ボクたちネコは、悪いことをしたら反省はんせいできないほど、おろかじゃないもの。人間だって反省するよ、きっと。だからね、和尚さまがキミをむかえにくるまで、生きていてあげてほしいんだ。悪いことをしたあと、あいてにあやまれないって、とってもつらいことなんだよ」


 そういうと、三日月はまたごはんをさがしにいくのでした。


 三日月が車にひかれたのは、それから数日あとのことです。







 六度目の春がおとずれたその日。


 四、五才の女の子が、家のまどから、裏庭うらにわにさきだしていた菜の花を、うっとりとした顔でみていました。


 そこに、一匹のぶちネコが、まよいこんできました。ネコは、けがをしているのか、左のうしろ足をひきずっています。


 女の子は、「ネコちゃんだ!」とさけぶと、宝石のようにきれいなこはく色のひとみをかがやかせ、外にとびだしました。そのネコは――車とぶつかったあとの三日月でした。


 三日月は、もう、あんまり目がみえていません。でも、あのなつかしい菜の花がぼんやりとひとみにうつり、「ああ。あの人間の男の人は、すこしだけ菜の花をのこしておいてくれたんだ」とうれしくなりました。ここは、もとは空き地だったばしょでした。


「ネコちゃん、菜の花がきれいだねぇ。こんなにもたくさん、なかよくさいているよ」


 女の子は、はずんだ声で、三日月にはなしかけました。


 三日月は、よろよろと女の子にあゆみよると、どことなくなつかしくてやさしいふんいきをまとった、その人間の子供の足に、ほおずりをしました。そして、よわよわしくミャーウとないたのです。


「そうだねぇ。きれいだねぇ。ボク、この花が好き」


 そういったのでした。


 ネコのことばが、女の子にはわかったのでしょうか。女の子は、ウフッと笑うと、三日月のあたまをよしよしとなでました。


「おや、ミイちゃん。そのネコさんは、ケガをしているよ。お家でねかせてあげようね」


 女の子のおばあさんが、裏庭にでてきて、そういいました。あの日、息子といっしょに空き地の前にいたお年よりでした。おばあさんは、このネコはもうダメだとわかっていましたが、せめてあたたかい家のなかで死なせてあげよう、とかんがえたのでした。


 その夜。三日月は、窓辺まどべによこたわり、女の子といっしょに、満月にてらされた菜の花をいつまでもながめていました。


 三日月が死んだのは、翌日よくじつ、お日さまが顔をだしたすぐあとのことです。


 女の子は、お父さんに、「菜の花がさいている裏庭に、ネコちゃんのおはかをつくってあげて」とたのみました。父親が三日月をうめたのは、ぐうぜんでしたが、母ネコがうめられたばしょのすぐちかくでした。







 ……それから十年がたちました。


 うつくしい少女に成長したあの女の子は、今年もきれいにさいた裏庭の菜の花を、目をほそめてみつめていました。


 そこに、でっぷりと太ったネコが、よぼよぼの足どりでやってきました。すっかり年老としおいた善知でした。


「あら。また菜の花をみにきたの。お寺の和尚さんが心配するわよ」


 少女にそういわれると、善知はニャアとかるくあいさつをして、友だちがねむる菜の花ばたけの前にすわりこみました。


ほとけさま、おねがいです。三日月が、人間に生まれかわれますように。じぶんの母親に、また産んでもらえますように。そして、たったの一年も母ネコといられなかったあいつが、何十年も母親と生きて、親孝行ができますように……)


 善知の目から、なみだがこぼれおちます。


 春のやわらかな風は、この年もかわらず、菜の花をやさしくゆらしていました。





              おしまい

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菜の花にねむる 青星明良 @naduki-akira

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