第2話 ~26歳

 僕は高校を三重で、大学を千葉で過ごした。

 本当は高校卒業後、地元に戻るつもりをしてけれど、行かせてほしいと親に頼み込んだ。

 父さんは、すぐにでも漁を手伝ってほしいみたいだったけど、母さんが説得してくれて、大学に行かせてもらえることになった。

「太洋が珍しく勉強したいって言ってるんやから、行かせてあげよう」と。


 僕は心の中で二人に謝った。

 僕は勉強がしたいから、大学に行くんじゃなかった。

 関東に行けば、涼花のいる所に近づけるから。

 アイドルになった涼花は、恋愛禁止。だから会うつもりはない。

 僕はアイドルになった涼花を推すために、大学進学を決めた。

 アルバイトをして、稼いだお金は円盤購入と、ライブ参戦と、グッズに使う。

 高校時代は自由になるお金がなかったから、ささやかな応援しかできなかった。

 これからはがっつり推す。中学時代、夢を叶えた涼花を、心から祝ってやれなかったから、一生推すことを自分に誓った。


 涼花の所属するアイドルグループは、8人編成。歌って踊って、時にコントみたいなお芝居もする。

 ついさっきまでかわいく、かっこよく踊っていた女の子たちが、笑いを誘う演技をする。そのギャップが受けていて、ライブ会場が小箱から大箱へと、ゆっくりながらも確実に認知度は広がっていった。


 ツアーが発表されるとすべての場所を申し込み、当たったところに行くから遠征費はかなりの出費だけど、年々チケットは取りづらくなっていく。

 みんなかわいくて個性がある中、涼花はグループで四番目あたりの人気。

 一番人気はイメージカラー赤を担当するメンバーだ。歌もダンスも芝居も上手で、機転が利く、司会もこなす、と完璧な女の子。

 メンバーからの信頼も厚い人格者のようで、その子を中心にグループがまとまっていた。


 僕は涼花を推すにあたり、ひとつだけルールを決めていた。

 握手会には行かない。

 推しと握手をするために円盤を買い、列をなす。

 目に見えて人気がわかる握手会だけど、知り合いの僕が顔を出すのはきっと涼花の邪魔になる。

 動揺させたり、気が緩むようなことになってはいけない。涼花はお芝居があまり上手じゃないから、ファンに勘付かれてはいけない。

 それに僕の気持ちも、今はファンの気持ちでいられているけど、対面してしまうと恋心が噴出して収まりがつかなくなるんじゃないかと心配している。

 絶対に守るラインは越えてしまわないようにしながら、涼花を推すと決めた。


 推し事とアルバイトに精を出し過ぎて一年留年してしまったけど、再び親に頭を下げて、なんとか五年で大学を卒業した。

 本土で就職したかったけど、島で漁業を継ぐと約束して大学に行かせてもらったから、卒業後は島に戻った。

 1Kのボロアパートは涼花のグッズや大量の円盤ですぐにいっぱいになったから、コンテナを借りていた。

 帰島を決めたとき、それらをどうするか悩んだけど、手放すのは惜しくて。コンテナを買ってうちの敷地に置いてもらった。

 涼花の物を捨てろとは親も言いづらかったようで、許してくれた。

 社会人になったことで今までと同じ頻度でライブに行くことはできなくなったけど、通販でグッズを購入していたから、コンテナの中は涼花グッズが増え続けていった。


 グループのデビューから10年。半年にわたる長いツアーをアリーナで終えたあと、お知らせ配信があるとの情報があって、僕はパソコンの前で待機していた。

 ふりふりスカートの上にツアーTシャツを着たメンバーが画面に映ると、チャット欄が高速で流れだした。

 ツアーの円盤の発売決定、ベストアルバムの発売決定、グループの写真集の発売決定など販促の報告が続き、会場もチャット欄もどよめく。


 そんな中、僕は涼花の異変に気がついた。

 みんなと同じように、笑顔で手を振って声援に応えているけど、表情に違和感があった。

 配信だからこそ、涼花が緊張していることに気がついた。

 赤のリボンをつけたリーダーが、最後に涼花から大切な報告があると告げ、白いリボンの涼花が一歩前に出た。


「私、市多良木涼花は、半年後の誕生日をもって、グループから卒業します!」

 会場が静かになり、チャット欄も止まった。

「同時に引退し、フツーの女の子に戻ります! 今までたくさんの応援を、ありがとうございました!」

 涼花が言い終えると、頭を下げた。

 止まっていた時間が動いた。

 会場は悲しみの声が溢れる。

 チャット欄は高速過ぎて読めない。

 メンバーが手を振りながら、ステージ袖にはけていく。


 黒になったパソコン画面に自分の顔が映った。泣いている僕の顔が。

 推しの卒業。そして引退。

 あんなに憧れて、独学でダンスや歌を勉強していた涼花。

 夢を叶え、堂々とステージに立つ姿は美しく、ファンに勇気を与えてきた。

 その涼花が、10年でアイドルを辞める!?

 驚きと、ショックと、戸惑いで、ただただパニックになった。

 これが、推しは推せるときに推せ、というやつだ。ぼんやりした頭に浮かんだ言葉を噛みしめた。


 しばらくして、涼花の引退後結婚説が浮上したけれど、噂はすぐに立ち消えた。

 グループにスキャンダルは一度もなかったからだろう。

 卒業ライブのチケットは無事に当選した。

 ケガや体調に気をつけて仕事に励み、前々日に島を離れて本土に向かった。

 ライブ会場は、涼花のイメージカラーである、白で彩られていた。

 すべての曲で涼花はセンターを務める編成に変更されていた。

 白以外のサイリウムを振るKYなファンは一人もおらず、まさに涼花のためのライブだった。

 最後まで泣かずステージを終えた涼花の姿は神々しかった。

 アンコールの後、メンバーひとりひとりと抱き合い、花束を渡され、涼花は泣いた。

 泣きながら、ファンに笑顔で手を振って、ステージを降りた。


 僕も呆然としながら、島に戻ってきた。

 アイドル涼花のいない日々は、味気なかった。

 腑抜けになった僕は、仕事でもちょいちょいミスをし、父さんに叱られた。

 これから涼花はどうするんだろう。

 おじさんに訊けば連絡先はわかるだろうけど、僕はそれをしなかった。

 アイドル活動を自分で終わらせると決めた涼花が、これからどういう人生を歩むのかは、涼花次第だから。

 涼花の人生に僕や島が必要だったら帰ってくるだろうし、どこかで別の夢を追うのかもしれない。

 喪失感を抱えていた僕の心も、徐々に癒え、以前の日常が戻ってきた。


「太洋ー!」

 その日、仕事から帰ってきた僕の耳に、聞き覚えのある声が届いた。

 その人は、僕らの思い出の桟橋で、手を振っていた。白いワンピース姿がまぶしい。

「ただいまー!」

 僕がびっくりして立ち尽つくしていると、彼女から走ってきてくれた。

「久しぶり。元気だった?」

 島にいた頃の涼花が、思い出された。

 変わっていない。すごし大人になったけど、変わらずかわいい涼花が目の前に立っていた。


「お、かえり」

「太洋、すごく大きくなってる。私とほとんど身長変わらなかったのに、すっごくたくましくなった。腕太ーい」

 毎日の仕事で自然と筋肉がついた。ひょろひょろだった僕はいない。

「つつくな。こそばいやろ」

 涼花が腕をつんつん突ついてくる。手を取ってやめさせた。

 女の子らしい、細くて頼りない指。

 はっとして、すぐに手を離した。


「どないしたんや。仕事は、休みなんか」

 訊ねると、

「引退したの。アイドルは10年だけって決めてたから」

 涼花の口から驚くべき言葉が出た。

「10年だけって、初めて聞いたわ」

「うん。言ってなかったもん」

 にこっと笑いながら言われても。


「これからどうするねん。ここは仕事ないぞ」

「うん。知ってる。次の夢を叶えるために、帰ってきたんだよ」

「次の夢?」

 それも初耳だった。

「私、お嫁さんになるのが、夢なの」

「は? 結婚するんか? 相手は?」

 噂になった結婚説は、真実だったのか!?

 ぎょっとして、矢継ぎ早に質問を重ねる。

「探して欲しい人がいるんだよね。太洋のよく知っている人」

 僕の質問に答えず、涼花がいたずらっぽい目で僕の顔を覗きこんでくる。

 僕は弄ばれてんのか。おもしろくなくて、

「他の奴当たってくれ」

 と僕は背を向けた。


 途端、どんと背中に勢いよくぶつかられた。

 体の前に、涼花の腕が回っている。

「探している人、太洋っていうねん」

 僕が無言でいると、涼花は言葉を続けた。

「見送ってくれた日、私を好きだって言ってくれて、嬉しかった。あの言葉のお陰で、つらいときもがんばれた」


「言い寄る業界人いてたんとちゃうんか」

 平静を装いながら、僕の心臓はどぎまぎしていた。あの日の言葉が、涼花に届いていたとは、思ってなかった。

「いたけど、私には太洋がおったから」

「芝居、違うよな」

「私、芝居下手やねん」

「知ってる」

 僕はよく知ってる。涼花が芝居が苦手だってこと。


 体を動かすと、涼花の腕がゆるんだ。

 涼花に向き直る。

「僕には推しのアイドルがおったんや。涼花っていう、かわいい子。引退してもうて、心に穴が空いてた」

「私が、その穴埋めてあげる」

 僕らは見つめ合った。

 熱く、その熱で体を焼かれそうになるくらいに、熱く見つめ合った。


「涼花、僕だけのアイドルになってくれ」

「推し変は、許さへんよ」

「一生、涼花を推すって決めてたんや」

 僕らは指を絡め、誓い合った。

 その時、ブッブーとクラクションが鳴らされた。

 続けて、声が飛んできた。

『あんたらー、そんなとこでイチャついてんと、はよ帰ってきー。ご飯作って待ってるからなー」

 祝われるはずのプロポーズの場は、母さんによって台無しにされた(笑)。

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大好きな幼馴染が、アイドルになる日 衿乃 光希 @erino-mitsuki

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