大好きな幼馴染が、アイドルになる日
衿乃 光希
第1話 15歳ー中学三年生
僕は瀬戸内海にある小さな島に住んでいる。
子供は僕と、
学校はひとつしかなくて、小学校から中学校まで同じ校舎で学ぶ。
僕たちは同い年。だから、幼馴染になるのは必然だ。
おまけに母親同士が同級生で仲が良かったから、涼花と僕はきょうだいのように育った。
その関係は、おばちゃんが死んでしまってからも、続いている。
「太洋。海行こー」
涼花に誘われて、僕らは学校帰りや暇をしているとき、よく海に遊びに行った。
島には子どもが遊ぶところがない。ゲーセンも動物園も遊園地もない。
海岸線沿いに道路の端をぷらぷらと歩いて、砂浜のある所で波打ち際まで降り、裸足で海に入ったり、海に突き出た桟橋で釣りをしたり、浅瀬で泳いだり。
だから僕らは水泳が得意だ。学校にプールはないけど。
涼花は死んだおばちゃんによく似た、丸い大きな目を三日月みたいに細めて笑う。
こんがりと日に焼けた僕と違って、色白で、リボンやフリルのついた服がよく似合う。
ほんの少しだけ茶色の柔らかい髪をハーフアップに、前髪は眉毛にかかるぐらいをキープしている。
おっちゃんが島で一軒しかない美容室の美容師で、爽やかイケメンだった。
おばちゃんがこの島の出身で、高校時に島を出て、美容師になった。数年後、おっちゃんを連れて島に帰ってきて、涼花が生まれた。
母さんが言っていた。
「美容師なんてちゃらちゃらしてる人ばっかりやって思ってたけど、あんな爽やかなイケメンもおるんやなあ」って。
島に住んでる人は大半が漁師だから、おっちゃんのイケメンっぷりは、ちょっとした騒ぎになったらしい。
おばちゃんが病気で本土に入院したときは、涼花はうちで預かった。
僕らが8歳の頃。
風呂は一緒に入らなかったけど、同じ部屋で寝泊りしていたこともある。
「私な、アイドルになりたいねん」
涼花は口癖のように言っていた。
音楽番組が大好きで、リアタイしているのに録画をして、録画した番組を何度も見ていた。
歌や振り付けを覚えて、僕によく見せてくれた。
僕が「すごいなあ。歌いながら踊るなんて、そんな難しいこと、ようできるなあ」と褒めたら、嬉しそうな顔をした後、表情を引き締めた。
「ダメ出しもして。褒められてばっかりやと、上達せえへんやん」と、なぜか僕がダメ出しされた。
小学校五年のとき、涼花は初めてアイドルオーディションに応募した。
おっちゃんに髪を整えてもらって、美容室の白壁の前で撮影した写真を送った。
書類審査が通ったら、本土に行って面接があるらしい。面接が通ったら、レッスンを受けて、合格者が決まるんだと、緊張気味に教えてくれた。
そのオーディションは、残念ながら書類で落ちた。
「最初から受かると思ってへんよ」
涼花は落ち込むことなく、オーディションの情報を探しながら、歌やダンスのレッスン動画を観て、勉強していた。
今年受けたオーディションで、涼花は最終選考まで駒を進めた。
夏休みは本土で集中的にレッスンを受け、見事合格した。
「8人グループのひとりに選ばれた」と涼花は興奮して僕に伝えてきた。
その様子を、僕は寂しい思いで見つめていた。
涼花が島を離れてしまう。
僕も中学を卒業したら本土の高校に行くけど、涼花は東京の芸能科のある高校に行く。僕は関東の水産科のある高校に行く。
もう涼花に会えない。
その頃には、涼花への初恋を自覚していた僕は、寂しい気持ちが強くて、素直に祝ってやれなかった。
涼花が小さい頃から望んでいたこと。夢が叶った。
だからお祝いしてやらないといけないのに。
胸がちくちくと痛んで、一緒に喜んでやれなかった。
だからといって、恋心を打ち明ける勇気はなくて。
僕はどこかで願っていた。
どうしてこれまでみたいに、落ちてくれなかったのかなと。
僕はサイテーの人間だ。
好きな子の願いが叶わないように祈るなんて。
自分の嫌なところを自覚してからは、涼花から距離を取った。
「太洋、最近なんか冷たいやん」
涼花は中学を卒業するまで島で過ごし、週末だけ本土にレッスンに通う生活を始めた。
平日もすぐに帰宅して、レッスン動画で練習をしているらしいけど、僕はもうダンスの練習に付き合うのはやめていた。
一緒に帰るのも。
「涼花はアイドルになるねんから、僕みたいなんと一緒におったらあかん。田舎臭いのん移る」
そう言って突き放すと、涼花はひどく傷ついたような表情で、悲しげに眉を下げていた。
僕は卒業するまでほとんど接点を持たないようにして日々を過ごした。
「太洋。私、卒業式の次の日、引っ越すから」
授業が終わって、そそくさと帰ろうとしていた僕の背中に、涼花の声がかかった。
僕は無視した。
見送る気はなかった。
本土に向かう連絡船が出るのは正午。
涼花はそれに乗って、島を出てしまう。
ちくしょう。
ちくしょう、ちくしょう、ちくしょう。
ずっと一緒だと思っていたのに。
当日、雨で船が欠航すればいいのに。
そしたら、涼花は思い直すかもしれないじゃないか。
やっぱり島から出たくないって。僕と一緒にいるって。
そんな僕の望みは叶わない。
当日、空は晴れ渡り、風はほぼなく、海は穏やかだった。
僕は時計を見る。
11:30
今出れば、間に合う。
行くべきか、行かざるべきか。
イライラしていると、
「太洋!」
突然、ガラっと戸が開いた。
「掃除するから、出て」
母さんだった。
「いらん。自分でするから」
「あんた口ばっかりで、ぜんぜんせえへんやないの。邪魔やから、はよ出て!」
追い立てられて家を出た僕は、結局港に向かった。
島にひとつだけある港には、小さな連絡船が停泊していた。
旅行者なんて来る島じゃないから、使うのは、本土に用事のある島の人だけ。
涼花の姿はすぐにわかった。
白のダッフルコートを着て、おっちゃんと話している。
キャリーバッグが横に置いてあって、僕の心臓がきゅうと締め付けられる。
本当に行ってしまう。
もう、二度と会えないかもしれない。
僕はスマホを持っていない。小さな島では、必要ないから。
涼花は本土に通うようになってからスマホを持ったけど、連絡先は教えてもらわなかった。
話をするなら、今しかない。
それなのに、僕の足は縫い付けられたみたいに、動かない。
涼花がキャリーバッグに手をかけた。
おっちゃんに手を振って、連絡船に乗り込む。
他の利用者はすでに乗り込んでいて、最後だった涼花を乗せると、ゆっくりと岸から離れた。
最後尾の手すりにつかまり、おっちゃんに手を振っていた涼花が、手を止めた。
僕を見ている。
港から離れたところにいる僕を、涼花は見つけてくれた。
手を口に当て、何か言っている。
「太洋ー! 頑張ってくるからー! 見ててねー!」
かすかに、涼花の言葉が届いた。
僕は弾かれたように走り出した。
島から離れて、沖に向かう船を追って、海岸線を全速力で走る。
「涼花ー!」
息を吸い、必死で大声を出した。
涼花は両手で大きく手を振る。
「頑張ってこいよー!」
涼花が耳に手を当てる。
僕の声は、届かないのかもしれない。
「応援してるからー!」
僕は足を止め、声を張り上げた。
「涼花が好きだー!」
涼花の姿が、小さくなる。
どんどん遠ざかっていく。
僕は船が見えなくなるまで、見送った。
2話 ~26歳につづく
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