第21話 客が離れない理由
三上は、後輩を会社の事務所に呼び出した。
扉が閉まるのを待ってから、切り出す。
「タイに行く前に、知っておいてもらうことがある」
後輩は姿勢を正した。
「うちの商売は、大きく分けて二つだ。
小麦粉や肥料の輸出と、女性向けのエステ」
机の引き出しから、一枚のカードを取り出す。
エステの会員券だった。
後輩は思わず声を上げる。
「これ、知ってます。もう会員募集締め切ってて、入れないやつですよね」
「そうだ。既存の客が、定期的に通える数に絞ってる」
「肌が本当に変わるって、噂になってますよ」
三上は頷いた。
「ああ。だから次の話をする」
今度は、小さな瓶を机の上に置く。
中身は透明で、特別なものには見えない。
後輩は首をかしげた。
「化粧水、ですよね?」
「見た目はな。これを塗るか、飲むと、噂の効果が出る」
後輩は一瞬黙り込んだ。
「……それ、アウトじゃないですか」
「完全に。法律上はどっちもできない」
そう言ってから、三上は異世界のこと、渡航のこと、ポーションの由来について、一通り話した。
後輩はすぐには反応しなかった。
受け入れるまでに、時間が必要だった。
だが、目の前で異世界への渡航とアイテムボックスを見せられると、否定のしようがなくなった。
「……なるほど」
納得というより、整理した、という声だった。
三上は話を切り上げる。
「このあと、マニュアルを一通り読んでから、施術を受けてきてくれ」
後輩は少し驚いた顔をした。
「いいんですか」
「仕事だ。
タイでは、女性専用エステを回って、オペレーションを資料にまとめてもらう」
後輩は一度だけ深く頷いた。
「分かりました」
そう言って立ち上がり、待合室の方へ向かう。
足取りは、どこか軽かった。
施術を終えた後輩は、しばらく無言で椅子に座っていた。
鏡を見るでもなく、立ち上がりもしない。
やがて、息をひとつ吐いてから言った。
「……これ、客は離れないですね」
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働きたくなかった派遣中年が、異世界スキルで現代ビジネスを回してしまう話 三上 恒一 @imomanjiu
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